掌編小説/獅子落とし
二階建て屋根裏部屋つきの館は十部屋ばかりある。一階の広間奥にある階段を下りてゆくと、一階・オーク材の分厚い板の扉が立ちはだかる。ふつうは閉じているのだが、よくみれば、労部屋の食器口のような小窓をみいだせる。灰色猫な俺なら悠にくぐれる専用口。そこをくぐると、石壁の奥に高窓のある、十六フィーサー(五メートル)弱ばかりの部屋がある。
壁際には、羊皮紙でつづった本を並べた書棚、大机の上には、鍋だの乳棒だのといった実験器具が並べてある。このうち、一際目につくのが、人頭大のガラス瓶で、コルクで栓をしていた。
床に描いてあるのは五芳星。わずかな光しか差し込まない部屋で、俺は、床の五芳星の上で、リズミカルに跳んだ。鋭角の稜を時計回り、あるいはその逆、そしてエクトプラズム声帯による発声をおこなう。
するとだ、瓶のなかに、ブロンズのような肌の色をした禿げた小人があぐらをかいた格好で姿を現す。最初はぼんやりと、消えたり現れたりを繰り返していたのが、だんだんと固定化されてゆくわけだ。瓶の中のそいつは、鼠みたいな尻尾が生えていて、口は魚のようで、牙が生えていた。しかしきわめつけは両腕が蝙蝠のような翼になっているというところだ。
悪魔は、魔道士が召喚して飼いならし、使魔にすることが多い。その使魔は、魔道士の〝パシリ〟で、上級悪魔を飼いならすことは困難だが、低級悪魔は比較的調伏させやすい。呪術により、使魔を捕らえる専用の罠を〝獅子落とし〟というのだが、俺は、それを使魔のたまり場になることが多い街道の十字路に仕掛ける。それを瓶につめて、とっておくのだ。なにをするかだって?
〝禿げ蝙蝠〟が罵った。
「おい、魔道士。まぐれで俺を捕まえたからといって得意になるなよ。瓶からだしてみろ。すぐにおまえを頭の先から食ってやる」
ほう。勇ましいことだな。俺は瓶のコルク栓に目をやった。
ポン、と音を立てて栓が宙に飛ぶ。
するとだ。したりと笑った悪魔が、「馬鹿め。ほんとうに開けおった」といって瓶の口から這い出してくるや、ビュンビュン空中を飛び回り、「仕返しだ」と俺の頭上から首筋を狙って、爪の一撃をくらわせようとした。
俺は床に付してやり過ごす。
次に同じ動きを奴は背中側からやった。
伏した格好の俺は背後から跳躍し、奴の翼の上からのしかかるように、叩き落して組み伏せた。
「えっ。俺を使魔にするんじゃないのか?」
奴が悲鳴を上げた。
「翼をむしるなあああ」
恐怖に歪んだ顔。
「な、なにをする気だ」
食糧。
「貴様にとって、お、俺は鼠か小鳥か?」
そんなところだ。
「ギャァァァ、尻尾を噛み切るな」
のたうちまわる。
「なんでもする、助けてくれえええ」
おまえは食物連鎖の底辺にいる。運命というものだ。
「た、頼むううう。一思いに殺してくれえぇぇぇ」
ぞぶり。
「ギャァァァ」
ぞぶり。
「ギャァァァ。ざ、残酷過ぎる」
本性というものだ。諦めるがいい。
「おまえ、何者だ」
俺かい? 猫だよ
了
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ノート2014/校正20160516




