寝落ちいいわけ小説/オッドアイの竜は眠らない「灰色の英雄」
シンジクウにも古い神殿があり、一般巡礼者はここで礼拝を済ませる。この門前町から奥にゆくのは求道者のほかは、冒険者の名を借りた盗賊となる。シンジクウの家は地面を方形に掘り下げ、階段で下りてゆき、壁四面を今度は横に掘って部屋をつくる。そういう穴居住宅が百戸ばかりあり、岩塊をくり抜いた神殿を取り囲んで、ちょっとした門前町をなしている。修道院付属の宿舎も同じ造りになっている。若い修道士に手当をうけていた。
「騎士殿、歩けるようになりましたね」
「王子を救いにゆかねば……」
私の寝台の横には、世捨て人のような長い髭の男がいて、黙って、私と修道士の話をきいていた。私が、長剣を杖にして、脚を引きずりながらまた出かけようとしたとき、足元にあった鞄をよこした。
「この鞄をもってゆきなさい。役に立つ」
鞄を開けると、焼パンとチーズといった食糧、そして「それ」が入っていた。私は彼の厚意を素直に受けることにした。
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大陸のどまんなかあたりに中つ谷がある。かつて大陸全土を収めていたという帝国都城であったという遺跡があるところだ。周囲は広大な砂漠となっており、巡礼者たちを悩ませていた。都城遺跡はトキオスという。オッドアイのドラゴンが守護している。遺跡を傷つけたり、財宝を盗もうとしたりでもしなければ、巡礼者たちを襲うことはない。しかし絶世の美少年だけは別だった。
私・騎士スイーツマンは、老王から王子の武者修行の供をせよと命じられ巡礼地を巡っていた。失礼ながら歴代国王は不細工だ。ドラゴンの好みではない。しかし老王が娶った現在のお妃様は絶世の美女で、王子は当然のように稀にみる秀麗な容姿をなさっていた。祈祷の壁に手形をつけて立ち去ろうとしたとき、十八歳くらいの少年に化けた彼が現れ王子をさらい蹂躙している。これで何度目になるだろう、竜に敗れた私は他の巡礼者たちに救われ、中つ谷入り口のオアシスで巡礼者宿があるシンジクウに担ぎ込まれたのだった。
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駱駝に揺られ、溶岩の絶壁に囲まれた谷間の砂漠をゆき、数日いったとこにあるオアシスが目的地トキオスだ。泉が湧き小川が流れ、その奥に干し煉瓦を積んだ極めて高い城壁がみえる。城門は開いている。いったい奴は何日ぶっ続けて王子を蹂躙しているのだろうか。疲れ切ってもなお、まだあどけない顔をした華奢な四肢の王子は素っ裸にされあえいでいた。
眼帯の少年が、痴態をみせつけ不敵な笑みを浮かべた。罠だとは判っていた。しかし、私は怒りを押さえることができず、長剣を引き抜き、駱駝を突撃させたのだった。
「王子を返せ」
少年は嘲笑した。
「またやられにきたのか? しかしウザい。そろそろ飽きてきた」
少年は裸の王子を城門の壁に突き飛ばし眼帯を外す。右眼は黒。そして外した左眼から青の瞳が現れる。瞳には星形をした魔法陣のような模様がみえた。
刹那、少年の頭がドラゴンへと変化し、駱駝上の私に襲い掛かってきた。
駄目だ。喰われる。
そのときだ、世捨て人から借りた鞄が開いて、灰色の「それ」が飛びだし、奴に躍りかかった。
――昇転爪。
あまりの速さになにがどうなったのかは判らない。全身灰色の毛で覆われた「それ」の爪はふだんは隠してあるのだが、敵を仕留めるときに飛びだたせるのだ。ナイフ並みの切れ味で、三つもあるから、引っ掻かれると、案外酷いダメージを受けることになる。
竜の返り血を全身に浴びた「それ」が、すたっ、と着地し、わずかに砂埃をあげる。
少年の姿に戻った竜は、顔面を深く抉られて地面をのたうちまわっていた。その隙に失神している王子を駱駝の背にのせる。「それ」が世捨て人の鞄にまた飛び込んだ。四肢で疾走する「それ」の長い耳と尻尾がみえた。
トキオスを背にして駱駝がかけている。声がきこえた。童女のものだ。
「竜さん、近頃、いい気になっていたから……」
「てへ……」
「無理しちゃってさ」
オッドアイのドラゴンはトキオスを守護しているというのだが、噂話をまとめてみると、そうではなく、トキオスの女王ミカドを守護しているのだ。あの童女こそがミカドなのだろう。
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シンジクウの修道院宿舎で、私は重態となっている王子を担ぎこみ、修道士に手当をしてもらった。そして、まだそこにいた世捨て人に例の鞄を返したのである。
「無敵の竜に一撃を喰らわせ、全身に返り血まで浴びている。ドラゴンスレーヤーになった。そいつは不死身の肉体と通力を得たんだ」
私が興奮気味にいうと、若い修道士をはじめ、他の宿客たちも沸き立った。だが、世捨て人は、ふっ、と笑ったっきり、部屋をでていった。ある巡礼者の話によれば、岩山をくり抜いた神殿のほうに歩いてゆき、そこで煙のように消えてしまったのだという。
健康を回復した王子と供の私が、王国に帰還するとき、そこを詣でた。くり抜いた内壁は巨大なドームになっていて、そこにはおびただしい神々と天使の浮彫が施されている。だが、私は恩人といえる「それ」がどこにあるのかすぐ判った。
王子が司祭にきいた。
「なんという神ですか?」
司祭は「白虎」と答え、浮彫を「竜虎相対」を表しているとも解説していたのだが、いや、違う。実をいうと私は、オッドアイのドラゴンがつちをつけた瞬間、咽喉を介さぬ方法で、英雄たる「それ」と竜の両者が会話していたのをきいている。
竜が、おまえは何者だ? と訊ねたとき、耳をたてた「それ」が答えた。
――俺かい? 猫だよ。
帰還した王子が国王になった。大陸の西の果てからきたという僧侶から、猫がいるという話をきいた若い王は使節を遣わした。使節は多くの国を通り抜けて、苦労の末にどうにか、つがいの猫を連れ帰った。するとつがいの猫は子孫を増やし、国中の家々で飼われ、穀物倉を荒す鼠を退治し、鼠がもたらす病害を防ぐようになったのだ。人々は「英雄」と呼んで彼らを大切に扱った。
実をいうと、西の果てゆきの使節百名を率いていたのは私なのだが、その冒険は、また別の物語である(※また寝落ちしてしまった。毎度、睡魔戦です。ぺこ)。
. 了
ノート20130721




