寝落ちいいわけ小説/オッドアイの竜は眠らない 『素敵な書きこみ』
私・騎士スイーツマンは、王子の修行の御供をして、怪物が跋扈する街道をすり抜け大陸の各遺跡を巡っていた。最大の難所が中つ谷だ。これまで、通過儀礼を済ませてきた歴代国王は醜男だらけだったが、その王子は、お妃似の美少年だった。私は危惧していた。そう、中つ谷にある遺跡・トキオスを守護する竜は、衆道の趣味があったのだ。 そして……。
一面は白い雪だ。しかし一歩、また一歩踏みしてゆかねばならない。王子はあの城門のむこうにいる。私がここでまごついている間にも、悪い竜が人間に化け王子をすっ裸にして、あ~んなことや、こ~んなことをして、蹂躙しているに違いない。前回の戦いで敗退した私は巡礼者たちによって、中つ谷の入口にある旅人の宿に送り届けられた。
「――王子、いま参りますぞ!」
一の道標通過。なにやら書きこまれている。
「くるくるが得意技。僕は主人様とのお散歩が大好きなんだワン♫ あ、紫陽花がさいてまちゅ~。カタツムリさんがもぞもぞ……どこにゆくのかな。わわわ、きゃあ、猫たんだ。こわ~、にげろ~。あ、こんなところに素敵な洋菓子店。入ってみたのだワン。なんとお茶が飲めるんだって。テーブルと椅子。あ、御主人様のお友達・パリエさんがいたあっ♡ 美人なんだワン。この日はアプリコットティーで優雅なティータイム。きゃあ……」
ついつい読みいってしまった。そういえば、家には犬がおったな。
二の道標通過。忘れ去られた古い神の彫刻がある。しかししっかりと看板が立っていて、書き込みがされている。
「ホキャードロス島へゆこう! ここには君たちが知らない素敵なファンタジーが待っている。白銀のゲレンデ、お洒落な街並み、百年前に建てられた時計塔、路面電車、赤煉瓦倉庫が建ち並ぶ運河。そこには出会いが待っているかもね。ところで、イラストのこれ、俺の彼女。眼のところにぼかしいれたのは、プライバシーだから勘弁な。でも鼻筋とか口許から美人って判るだろ? この網タイツがまた堪んないんだよな……」
また読みいってしまった。
い、いかん。陽が暮れてしまう。
三の道標通過。またなんか書いてある。
「ずっか~ん。おっはっはよ~ん♡ ねえねえ、そこの君、僕とお喋りしない? 僕・ミナコだよおっと。体育会女子な~のだ~。童貞君、いらっしゃい。御姐さんが教育して、あ・げ・る♡」
なっ、なんなのだ。この生々しい挿絵は。思わず三十分も眺めてしまったではないか。こんな風紀を乱す書きこみがあるから、巡礼者たちは途中で挫折してしまうのではないか。
吹雪がだんだん厳しくなってきた。
あ、温泉だ。
頭にウサ耳バンドを付けた裸の美女二人が、温泉につかっている。手持ち看板には、温泉の効能、由来なんあかが書いてあるに違いない。
「よ、読みたい~。あの看板を読んでみたい~」
私は腰まで積もった雪を掻き分け、温泉ギャルのいる露天風呂まで突き進み、ついにそこで息絶えた。消えゆく意識の中で、王子が、少年に化けたオッドアイのドラゴンに、蹂躙され、声をあげているのがきこえる。――王子、無念でございます。
ところ変わって、トキオスの魔宮殿だ。
「あ、ミカド……」
「竜さん、まだやってたのね?」童女の声。トキオスの女王だ。
「てへ♪」
「エッチ!」
がくっ。
また寝落ちしてしまった。明日は頑張ろう。
了
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ノート20130/05




