寝落ちいいわけ小説/オッドアイの竜は眠らない 『睡魔戦』
私・騎士スイーツマンは、若君の修行の旅の供に選ばれ、諸国の聖地を巡礼していた。灰色オークが出没するオッサンカ寺院、屍鬼の出るというキョトン城跡。わが祖国ケーク王国の王位継承者は、そういった危険地帯をすり抜けて度胸をつけ、王太子となり、やがて国王になるのが習わしだった。
最大の難所が、あの、中つ谷だった。
中つ谷は、砂漠地帯で、切り立った岩崖に囲まれたところにある。崖と崖との間に、狭い回廊があり、そこを通り抜けると急に開けた平場となる。砂地だ。そこから、ど真ん中に進むと、城壁に囲まれた超古代都市トキオスが現れる。城門をくぐり、宮殿内部に行って、インクをつけた手で手形を押してこなくてはならい。
「スイーツマン、ついに来たな。案外楽勝ではないか」
「そ、そうですな――」
私は王子をみた。
一つ危惧することがある。トキオスの守護者たる金銀妖瞳の竜は、美少年を好むというではないか。歴代国王は不細工だった。しかし、王子の母君たる王妃は、絶世の美女の誉れが高く、王子自身もかなりのイケメン少年だったのだ。
道はまだ遠い。トキオスまであと一日かかる。私たちは、涼しくなる夜を待って動くことにした。
そして夜がきた――
私たちが、巡礼街道を歩いていると、どこからともなく、甘い香りが漂ってくる。そして短調な音楽が流れてくるような感覚を覚える。いかん。歩いているというのに、眠たくなってきた。
「スイーツマン、どうした?」
「いえ、なんでも……」
なんでもないというわけがない。振りむいた王子の背後に続く道の途中に小川が流れていて、名も知らぬ花が咲いている。小川の手前にだ、羊の群れがいて、王宮のあるむこう岸に一頭、また一頭と、ぴょこん、ぴょこん、跳ねて渡っているのがみえる。しかもだ、子守唄のような童女のあどけない声がするではないか。
「王子、なにか歌声のようなものが聴こえませんか?」
「聴こえぬが。空耳ではないのか?」
色白碧眼、黄金の髪、肌は白く四肢が長い。一見すれば女子のようにもみえる。
「あとひといきだ。来いよ、スイーツマン」
無邪気にはしゃぐ王子が、羊の群れのいる浅瀬を、ぴょん、と跳びはね、向こう岸に着地した。その間も私は、無意識のうちに、童女の歌声にあわせて、羊の数を数えてしまっていたのである。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……。
ぴょん、ぴょん、ぴょん……。
そして私の使命は、志半ばにして、突如終わることになるのだ。
童女の歌声とは別に、若者の声がした。
――莫迦な冒険者どもめ。なんの口実をつけてもしょせんは遺跡荒らしだ。この俺が、教育的指導を施してやる。どうだ、睡魔を召喚した。騎士とやら、眠いだろう。さあ、起き上がってみろ。
私は王子を追いかけた。しかし、身体が重たい。まぶたがだんだん閉じてゆく。
ああ、なんということだ。先をゆく王子が素っ裸にされて、背の高い、十八くらいの、金銀妖瞳の少年に蹂躙され、あえいでおられるではないか。そうか、少年はドラゴンの化身だ。彼が召喚した睡魔とは、あの羊たちのことだったのだ。駄目だ、眠い。
ヒュルルル……。
ばたむ。
消えゆく意識の中で、童女の声がした。恐らくはミカド。オッドアイのドラゴンに護られながら、トキオスの宮殿に住まう永遠の生命をもつという女王だ。黄金の髪で碧眼をした陶器人形みたいな美少女だときく……。
「竜さん、また変な事していたわね」
「睡魔戦です」
「エッチ」
「てへ」
最近巡回で寝落ちしてばかりです。
すいませんです(奄美・スイーツマン)。
了
ノート20130619




