読書/北杜夫 『どくとるマンボウ航海記』
作家北杜夫は精神科医である。父親が歌人斉藤茂吉、兄はエッセイストの斉藤茂太という医療と文学にゆかりの深い家系に生まれた。
昔日の医療はドイツ語ベースであったのでドイツものに関わりがあるのだろうか、ナチス・ドイツの「夜と霧作戦」にちなんだ『夜と霧の隅で』で第43回芥川賞を受賞し、栄光の香りを残したまま作家はなんと、ドイツに向かう水産庁調査船照洋丸(600t)の船医募集に応じて渡航した。1958年から1959年のことだ。当時は一般人の旅行は認可されていなかったのだ。
航海は、マラッカ海峡、インド洋・スエズ運河・地中海・ジブラルタル海峡・そしてハンブルクに至るもので、動機、海と船の日常、寄港地での見聞録がユーモラスに綴られている。私は、「パリの床屋教授殿」という、プロテスタントじみた職人意識の強い、老理髪師に髪を引っ掻き回される体験談が最も好きだ。
作家はエッセイの中で自身を「どくとるマンボウ」と自称している。ご承知のようにマンボウは、大きな魚で、海面を漂っていて、身体からでる分泌物が薬になるらしく、病を得た小魚たちが寄ってくるので、別名を「海の病院船」という。食べたことがあるが不味かった。鮮度が落ちていたのかもしれない。白身である。ブックカバーには、「海に漂う怠け者」と記されているが、船医を意味するのだろう。
中学・高校時代、このシリーズが好きで、本著のほかに、『青春記』・『昆虫記』を読んでいる。ついでに彼の親友たち、阿川弘之・遠藤周作との対談集も読んだことがある。いずれもくだけた話で少年期の私にはとっつきやすかった(ノート2012)。
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引用参考文献
北杜夫 『どくとるマンボウ航海記』中央公論社 1960年




