読書/ダン・ブラウン 『天使と悪魔』
イタリアローマ市内にある教皇宮殿バチカンはそのまま都市国家になっている。かつて私は宮殿を外周したことがあり、国境は幅の狭いアスファルトの路地だったことを記憶している。小説の舞台はそこだった。後作が社会現象となった『ダ・ヴィンチ・コード』。
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物語では、イルミナーティーを名乗る「敵」組織の刺客が暗躍する。この組織は、キリスト教に迫害された中世の科学者たちが創設した秘密結社で、ルネッサンス期の科学者・建築家も会員だったという設定である。
欧州原子核研究機構というのがあり、そこに所属するレオナルド・ヴェトラが変死した。イルミナーティーが放った刺客に殺害されたのだ。宗教象徴学研究第一人者主人公ロバート・ラングドンは、所長マクシミリアン・コーラーに招聘されて、死体の胸に押された焼印の紋章について意見を求められたのが物語の始まりだ。レオナルド・ヴェトラは科学者であり、司祭で、科学とキリスト教の融合を目指していた。彼が養女であるヴィットリア・ヴェトラとともに研究していたのは、「反物質」。その純粋抽出に成功していたのだ。カプセルの中を真空にし、高性能電池を使用し「反物質」粒子を宙に浮かせている。刺客はそれを奪って逃走。バチカンの何処かに隠した。カプセルの電池切れが、反物質の起爆スイッチとなる。「スイッチ」が入るのは数日後だ。
同じころ、教皇選挙「コンクラーベ」が行われていた。前教皇が暗殺されたため、有力枢機卿四人が候補になっていた。刺客は、なんと、彼らをまとめて誘拐し、バチカン内にある象徴的な施設で次々と殺害してゆく。犯行予告までだしていたのだ。その電話を受け取ったのが、前教皇侍従カメルレンゴだった。
主人公は、相棒になったヴィットリアとともに、枢機卿と反物質カプセルの奪還のための捜索にでた。
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物語自体はありふれたサスペンスである。小説主人公は推理をするのだが、枢機卿は刺客に全滅させられてしまう。意外な黒幕が最後に浮上し、大衆から教皇に切望されるのだが、自らの誤りを悟って自死してしまう。根本的な問題解決というものをしていないのが主人公のインパクトを弱めている。(ハードボイルドの苦味的要素だけれど…) 刺客との対決においても、主人公本人が倒したのではなく、相棒のヴィットリア女史だ。
いったい、本作の何が人気を呼んだのだろう? 思うに物語を盛り上げたのはムードではなかろうか。詳細に取材されたルネッサンス期のバチカン美術、同時代の著名人たちのエピソードが随所に盛られていて、作品世界の主要モチーフとなり、はらはらどきどき、のサスペンスにマッチしたからであろう。
ノート20120810、校正20170331




