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読書/小川洋子 『博士の愛した数式』

● 小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社 2003年)

 この小説の読者で、映画『レインマン』を観た人の誰もが口にするように、私も読後に同じ類似性を感じた。『レインマン』は、トム・クルーズ演ずる経営がかんばしくないロサンゼルスの高級車販売店経営者の弟が、施設に預けられ幼児期以来接触がなく忘れていた、ダスティン・ホフマン演ずる自閉症の兄に再会したことで始まる内容だ。きっかけとなったのは、資産家である父親が死んで、実質、財産のすべてが兄のところにゆくことになり、それを横取りするため、兄を連れてロサンゼルスに帰ろうとしたからだ。帰路、弟は、カジノに寄ったりして、兄の数学的才能を発見し、兄弟愛を深めてゆくのだが、弁護士が現れ、父親の遺言にもあるように、兄君は施設で暮らすのが一番良いのだ、といって二人を引き離すという筋だ。


 さて、ここから本題。

 『博士の愛した数式』はプラトニックラブである。メイクラブどころかキスシーンさえない。舞台は一九九二年三月に始まる。主人公「私」は、家政婦紹介組合から派遣されてきたシングルマザーだ。高校生の時に、恋仲名になった大学生に孕まされ、捨てられたのだ。子供を育てつつ、派遣された先は、資産家未亡人と義理の弟が住む屋敷で、その弟にあたる人物・天才数学者である博士の世話をするのが役目だった。

 博士は屋敷の離れに住んでいる。一九七五年に交通事故を受け、記憶はそこで停止するように定まってしまった。それから、彼は、新しく記憶することを八十分しか持続できなくなったのだ。人付き合いが苦手で、何を話して良いか分からなくなったとき、言葉のかわりに数字を持ち出すのが癖だ。ヒロイン「私」の先任家政婦たちは、そこに戸惑って、辞めて行った。

 ヒロインの誕生日二月二十日(二二〇)と、博士が大学時代に超越数論に関する論文で学長賞を獲った時に貰った腕時計の文字盤の裏の番号二八四は、友愛数の関係にあるといわれて、心の距離が、ぐっ、と近くなる。物語のテーマでもある。

 博士の兄は、資産家で事故で障害を負った弟の世話を妻に託して他界していた。義姉はどうも博士を愛しているらしい。ほのかな思いを寄せる、ヒロイン「私」とは恋敵の関係になってくる。

 博士がヒロイン「私」と話をしているとき、彼女には幼い子供がおり、一人で留守番をしていることを気の毒に感じて、離れに連れてくるように申しでた。子供は、頭が扁平で、博士にいわせれば、数学記号・ルートをイメージさせ、少年をルートと呼ぶことになる。博士の記憶は、すぐに失われてしまう。それでも博士はメモをみたりしながら、ヒロイン「私」や、ルートを思い出しつつ、母子と交流を深めていく。博士は、私生児であるルートの父親代わりとなり、数学の魅力を少年に教えてゆく。

 物語には二つの山場がある。未亡人との約束を破って、博士をこっそり、野球観戦に連れ出すこと、数学雑誌の懸賞に応募した博士が一等賞になったお祝いに、母子が、江夏の関連グッズを探すというエピソードだ。

 第一の山場は、博士が登板することを期待していた江夏は、博士が記憶を失う、物語の十七年前に引退した投手だ。母子は思案して博士にこう説明した。江夏は昨日との巨人戦で先発したのでベンチ入りしているということにしての観戦だった、ということにしたのだ。博士はその点で残念だったろうけれども、ともかく、生でみる阪神戦にご満悦だった。しかし、帰宅すると疲れて寝込む羽目になった。そのためヒロイン「私」は、雇い主である彼の義妹の不興を買うことになる。解雇させられかけたヒロインだが、どうにか説得して、博士との交流を保つことができる。

 第二の山場、数学雑誌の懸賞に応募した博士が一等賞になったお祝いに、母子が、江夏の関連グッズを探すというエピソードは、苦難をきわめた、十七年前に引退した選のプレミアム仕様の野球カードを探すために、街中のカードショップを訪ねて回るというものだ。どうにかそれを手に入れて、博士の祝賀パーティーをした翌日が、母子と博士別れの時となった。博士の記憶持続時間が、年をとったせいか、それまでの八十分を切って、どんどん、短くなってきたのだ。義妹は博士を医療施設に入れる。

 その後も、母子は、たまに博士のいる療養所を訪ねた。博士による導きか、ルートは、中学校の数学の教師になった。博士が亡くなる直前、最後の面会でも、子供のときと同様に、扁平なルートの頭を撫でて終わる。


 この本というのは、社長夫妻の蔵書で、理科大・数学科卒の会社後輩に貸しやったのだけれども、ホラー系小説『ミスト』の英字版にはまっていた彼は、けっきょく、読まなかった。代わりに、出張先で相部屋になった私が読ませてもらった次第(ノート2012)。

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