第四章・その一
システムの異変に対応を余儀なくされるテストプレイヤー・カズンのとった行動とは?
第四章・脱出不能の罠!?
「くそっ、何がおかしいんだよ…!」
自分のメニュー・ウィンドウで色々調べていたものの、原因がつかめない様子のカズンは力なく跪くとひたすらに地面を叩き続けていた。そう…だよね、彼もゲーム開発者の一人、責任者の一人だもん。もともと責任感の強い人だったから、今はすっごく苦しいはず…
「…元気出して、きっと何とかなるから…」
私はやさしく肩に手をかけ、そっと囁きかける。こんな時こそ誰かが力になってあげなきゃだもん。
もちろん私だって怖い。重大事故っていってるくらいだから、笑って済ませられるレベルじゃないよね? どんな事故だったのかわかんないけど、これから先私は、カズンは、そしてきららやネストたちは…みんなはどうなるんだろ…
想像するだけでも気が狂いそうになるもん。
「そだよ、運営も原因調査中なんでしょ? だからすぐに元通りになるでしょ♪」
少し蒼白な顔はしてるけど、いつもの気丈さで…いや、気丈なふりをしてきららも言ってくれてるよ?
「…いや、そんな簡単な問題じゃ済まされないんだ、じつはゲーム中のプレイヤーが何人か原因不明のショック死を起こしたって話だから…」
体を起こしたカズンは、静かにそう言った。
続けて
「まだゲーム中のどういう操作、どういう処理が原因なのか特定できてないからログオフ操作を見合わせてるんだ。その辺は確かにうちの運営が色々調べてるんだけど…」
「なんで? なんでショック死なんて起きたのよ…!?」
もちろんゲームとはいえ武器を使う擬似体感システムだから、実際にプレイヤーかが痛みを感じたりキャラクターが死んだりは理解できるけど、プレイヤーが死ぬなんてあっちゃいけない話なんじゃ・・・!?
「このゲームの処理ってかなり複雑になっててね、ビーコムでダメージとかの判定をしてそのパターンデータをVSESに送信、VSESがカマロンにそのまま転送すると向こうは信号処理サーバのデータと照合して擬似神経信号に変換、VSESに返信して初めてプレイヤーが痛みを感じる、っていうものなんだけど、話から分かるようにうちとカマロンのサーバとは間接的にしかネットワークが繋がってないんだ…」
「…なにそれ…?」
妙に深い解説をするカズンに、私は内容がよく飲み込めずつい聞き直す。
「ま、通訳がいないと対話も出来ない関係、というやつだね、うちからカマロンの情報を知るのはほぼ絶望的って話さ」
「…言ってる意味はわかるけど、なんとかならないの…?」
きららも心配そうに続きを求める。
「無理だろうなぁ、カマロン自体が保安上の理由とかで、それ以外のネットワーク回線は開かないって言うからね。確かにすごくデリケートなものを扱うシステムだから、神経質になるのもわかるけど…」
「そうなんだ…」
歯切れの悪い説明では、私もきららもイマイチ納得できないんだけど…
「だから現状は『何もしない、させない』という消極的な方法しか取れないんだよ。事故の原因が特定できるまでは何があってもね。ただ、その原因の特定ができるかどうか…」
「そうだねぇ、カマロンが協力的でなかったら原因探しも苦労しそうだねぇ…」
言葉を濁したカズンに、やはり不安を隠せない私。
「カマロンは提携開始からあまり協力的じゃなかったからね、今回も素直に情報提供してくれるかどうか…」
カズンばいいつつ、がっくりと方を落とす。
「それじゃ、何も打つ手はないの…?」
いつもは能天気なきららも、やはりどこか不安そう。
「打つ手はあるけど、でも、君たちまで危険に巻き込むわけには行かないしなぁ…」
躊躇し続けるカズン、どうやらその方法にはすごい危険がからむみたい。
「でも、何もしなかったら前には進めないよ? 私たちならダイジョブ! ね、えっちゃん!」
カズンの苦悩を察したきららは、力強い声で激励する。もちろん、私も・・・そだね! 強く頷いてみせる。
「わかった! それじゃ、VSES経由でカマロンサーバへのハッキングを試みるから。ちょうどゲーム内なら常時リンクがあるし、保険のためにいくつかアクセス端末も設定されているからね。ただし…あいつらがそれに気づいたら何か一波乱あるかも知れない。それでもいいかい?」
「もちろん♪」
「カズンが一緒なら、ダイジョブ!」
気合の入った声で念押しするカズンに、きららと私は、同じく気合の入った返事を返す。
「けど、アクセス端末って、どこにあるの?」
「あ・・・!」
きららの鋭い突っ込みは、カズンの気合を根本からへし折ってました。
・・・
「確か、各マップのランドマークポイントに相互アクセス端末が設定されていたはず…」
散々悩んだカズンのそのセリフに、私はピンッ! と思い当たるものが頭に浮かんだ。
「森のハズレに小さな丘があったよね? そこにある大きな木って、その…ランド…なんとか?」
「…!! ランドマークポイント♪」
ぱっとカズンの表情が明るいものに変わった。私も少しくらいなら役に立てるのね。
「とにかくそこに向かおう! 早く事態を把握しなくちゃね!」
言うなりきびすを返して前進を続けるカズン。けど…もうけっこう暗くなってて、周りの様子もよくわかんないんですけど…
「とにかく、森くらいは抜けなきゃ身動き取れないよね!」
空元気のきららもカズンに負けじと足早に歩き始め…
「ううっ、がんばる…シクシク」
ヘトヘトの私も気力を振り絞ってその後に続く。実際には一時間もかかってないんだろうけど、日のとっぷり暮れた頃、もう永遠とも思えていた森の景色がふっ、と切れた。
とりあえず…みんな何とか無事みたいね。カズンがさっきのラージ・コングとの戦いで少し怪我してたみたいだけど、すぐにハイ・ポーション使って治療したからダイジョブでしょ。
「さすがにこれじゃ、前進は無理そうだなぁ…」
闇で限りなく見通しの悪くなった景色に、気追い込んでいたカズンもさすがに音を上げ、
「野営しかなさそうだな」とぼそり。
無言のまま私たち三人はその場に座り込む。
「やっぱ夜は冷え込むんだろな…」
僅かながらも寒さを次第に増していく風に肩をすくませながら、次の不安を漏らす私。少なくとも私は野宿出来るようなアイテムは持ってないし…
「そうだな、火でも起こして温まるか」
自分のポーチをまさぐりながら、ため息混じりに言うカズン。私ときららの驚きの目線はそんなカズンに…
「何でそんなのまで持ってるのよっ!?」
見事に私ときららのセリフがハモってたりして。
「いざということもあるから、いつも野宿くらいは予想してるさ」
サラっと言いつつ着火セットを取り出すカズン。
道中地道に集めていたらしい枯れ枝をポーチから取り出し、その一部を取り分けて着火セットと名付けられた一対の火打ち石を打ち鳴らす。
ぼっ!
すぐさま取り分けた枯れ枝に火が着き、メラメラと燃えはじめる。
「ゲームだから火を着けるのは簡単だな…」
カズンの講釈によると、ホントは藁などの上で何度も火打ち石を打ち、小さな種火を作って…ってなんかそれ、聞くだけでも面倒なんですけど!?
「あとは交代で少しずつ木を足して行くとしよう」
これまたしっかり集めていた太い枝を大量に取り出し、少し火の中に放り込む。
「よく燃えるねぇ…」
素直にきららも感心してる。けどやっぱ夜は火があるだけでもホッとするね♪
「それじゃ、この辺で腹ごしらえしない?」
私はポーチからバスケットを取り出し、サンドイッチの包みを…
「また変なのじゃないだろうね?」
「えっちゃん、いつもゲテモノ入れてばかりいるから…」
みんなに渡そうとしたら、みんなジト目で私を見てる。ううっ、私って、そんな信用ないんだ…
「た、たぶん今日はダイジョブ! とにかく、食べよ♪」
無理やりみんなに押し付けて、包みを開けると…
う、うん、見た目は普通っぽいよね? スライスした生のお肉とか、葉野菜とかが挟まってるだけだもん。
まぁ…紫色のネバネバ液体と、赤い液体がなんか不気味ではあるけど、匂いもそんな…違和感も…あれ?
…
ぱくり…
「はうぅぅぅぅ…ぺっぺっ!」
毒見役にされた私をじと~、っと横目て見てる二人、もちろん二人のサンドイッチは全くの手付かず。ううっ、これでも毎日ちょっとずつ勉強してるのに。そして、ダメ料理人レベル八までは行ったのに…
「…お前、味見してるか?」
カズンが蔑むような目線で見ながら聞いてくるけど
「してないよ?」
けろっと答える私。まぁ、見た目でこんなもんでしょ、とテキトーに具と調味料入れてるだけだもん。
「味見くらいしろよ~!」
「せめて食べれる料理作ってよ~!」
「はうぅぅぅ…」
いつものこととはいえ、またも二人に釘を差されちゃった私、でも…ついつい忘れちゃうのよね、味見って。調味料なんていつも感覚で入れてるし…え、それがダメなんだって!?
…しくしく…
「と、とにかく二時間交代で木を焼べて行こうか、最初は僕、次がきらら、最後がエステル、と、この順で…」
「りょーかいっ♪」
というわけで、夜中は交代で火の番をすることに。
「…えっちゃん!」
「…むにゃ…なにぃ…?」
きららが私の肩を揺さぶるのを感じて寝ぼけたまま起き上がる私。
「次、えっちゃんの番だよ?」
「ふにゅうぅ……」
まだ私の頭は眠ったままで…
「あと任せたからしっかりねっ!」
「ほぇ?」
「だから火の番!」
「う、うん…」
そして、ダイジョブかな? という疑問符を残しつつきららは横に。そして…
「…寒うっ!」
変に冷え込むのでびっくりして跳び起きると、焚火はほとんど消えかけてて…
「やばっ!」
焦った私はぽんぽんと幾つも太い枝を放り込んじゃってた。
ゴオオオッ!
いきなりすごい勢いで焚火は燃えはじめ…
「あちちっ!」
「熱いよぉ…!」
周囲の草にまで燃え移ったせいで二人がびっくりして飛び起きちゃった!
「えと、ゴメン、火が消えかけてたから慌てちゃった♪」
ポリポリ頭をかきながら照れ笑いの私に対し…
「笑い事じゃないっ!」
二人の怒りが炸裂したのは…はい、自業自得ですぅ…
朝、さすがに昨夜ろくなものを食べてない私たちはかなり飢えてて…
仕方ないから何か焼いて食べようって話に。
「昨夜のお詫びに何か作るです…」
しゅんとしながら私は提案、すると二人は頭をぶんぶん振りながら、
「もう結構ですっ!」
…強い口調で拒否されちゃった…
結局担当は変に生活力のあるカズン、ってことに。まぁ現実でもアパートで一人暮らししてるもんね。
カズンは昨日片手間に討伐したグレートボアの肉を取り出して、これまた用意周到な巨大な鉄串と一対の支柱、つまり焼肉セットを取り出し、肉を鉄串で貫くと焚火の残り火を使って慣れた手つきで肉を焼き始めた。
程なく香ばしい肉汁を滴らせた、程よいキツネ色の肉の塊が三つ焼き上がる。
「野生動物の肉だから固くて食べにくいかもな」
言いつつ一つずつをみんなに配り、小瓶に詰めた白い粉を振りかけていく。
「なにそれ?」
「ま、何も聞かずに食べてみなよ」
聞いてはみたものの、ニヤついているばかりで答えないカズンに、仕方なく肉を一口。
「…これ、塩?」
「ゲーム内では(クラウドの粉)っていうけどね♪」
「程よい焼き加減だね♪ おいしい!」
きららの言う通り絶妙な火の通り加減で思ったほど固くもないし、じわっと染み出る肉汁とクラウドの粉とのマッチングもなかなかいいかも♪
これ、私が焼いたら…どうなってたかなぁ・・・
「腹ごしらえ完了!」
「ごちそうさま♪」
カズンときららも満足そう、私はちょっと妬けてるけど…
「さて、行くとするか!」
「おおっ!」
カズンの掛け声に続き、私たちの掛け声が辺りにこだましていた。
その頃…
私たちの知らないごく近くで、二人の人影が動いていた。
「まったく、心配して来てみたらまたこれかよ…」
呆れ果てたように呟いたのはすらりとした長身の若い男、濃いブルーの服にごく軽い鎧を身につけ、背中には太い大剣を背負っている。
「俺にゃ、興味ないことだべ」
まるで他人事のように言う目の下にくまのある男は、大剣を背負った男よりさらに高い。細見ながらがっしりした体格を、濃灰色のだぶだぶとした個性的な衣服…まるで忍者装束のようなもので包んでいる。腰に帯びているのは小太刀のみ。
「とりあえずは無事みたいだな。なんかシステムの方も異常が出てるみたいだし、この前みたいなことがあったらって心配したんだがね」
「ま、こんだけ場数踏みゃ大丈夫だべ」
ほっとため息をつきながら安堵する大剣の男に対し、忍者装束はあくまで素っ気ない。ただ今回の三人がやろうとしていることには、どうやら幾分関心があるようだが。
「それじゃ、グレイさんよ、後を任せていいか? 俺も団長としての立場があって長く本部を空けられないんでね」
大剣の男は静かに立ち上がると、忍者装束にそれだけ言って立ち去る。
残された忍者装束は、
「ま、死なねぇ程度に泳がせとくべ」
と誰に言うともなくその場を後にした。
次回、鋭利な頭脳のカズンが見えない敵の正体を求めて核心へと迫る!
真実は見えてくるのか!?