第八章・その五
龍たちとの戦いもとうとう佳境へと突入!
僅かな希望を胸に戦い、散っていく仲間たち、彼らの遺志を継いで戦う彼女たちに勝利の女神は…?
龍の第二波が私たちを襲った頃には、既に死傷者が続出していた。
手足を食いちぎられた人、踏み潰された人、焼かれた人、無残な状態で倒れているプレイヤーが多くて、もう周囲は予断を許さない状況で。
「負傷者の救護を早くっ!」
「救護のメンバーを守るんだ!」
貧弱な武器しか持ってない初心者ハンターの多くが救護に走り回っていたけど、龍たちはそれにも襲い掛かってくる。もう周囲は凄惨そのものといった有様。
その中を手空きのグループが必死に駆けまわり、龍の前進を食い止めようと楯を振りかざしていて、龍たちはその隙間を縫うかのように城壁へと迫る。
そんな龍たちを城壁の弓使いたちが果敢に狙い撃ち、少しでも城に近づけまいと奮闘しているけど…
そしてついに、私たちやプラチナソルチームにも水龍が突進してきた。
「いっくぞぉっ、キャノン砲!」
ヒロロが叫び、眼前に迫った水龍に小脇の筒を構える。それは赤い光を放ち始めたかと思うと…
…どうぅぅん!
巨大な爆発音とともに、巨大な火弾を撃ち出した!
ゴウッ!
それは水龍の顔面で炸裂し、龍が大きく怯んだところをランス隊列が押し止める。
「うおりゃあっ!」
ノマドとプラムの双剣コンビが飛び出し、龍の左右脇腹に激しい斬撃を浴びせはじめた。
龍水流を吐きながらは激しく脚を振り回す。それを機敏にひょいひょいとかわしつつ、ノマドは次々と龍の脇腹を斬り裂いていく。
一方プラムは力で押し切るタイプのようで、襲い来る脚を片っ端から斬り裂き、ついにその一本を切り落としてしまう。そして龍の顔面にはヒロロが張り付き、キャノン砲を派手に撃ち続けている。
「ほえぇ…」
「こっちにも来るぞっ!」
前を見るのも忘れてノマドたちの活躍を見ていた私に、ネストが鋭く叫んだ。
水龍は私たちを避けるかのように右に向きを変えようとする、それに合わせて前衛のカズンたち楯を持つメンバーが正面に立ち塞がる。
「押せぇっ!」
ネストが叫び、カズンたちが水龍に正面から突っ込んだ。
けど、前衛の少ない私たちじゃどうしても非力らしく、龍はゆっくりとだけど私たちを力で押し返してくる。
「行くぞっ! 水龍の足を止めるんだ!」
掛け声とともにネストが飛び出し、私ときららがあとに続いた。
ネストは最上段に構えて気を溜め込んた大剣ごと高くジャンプし、着地の勢いに任せて下方に一気に振り抜く。
ズバッ!
一発で水龍の左前脚が千切れ飛び、その前進が止まる。
「俺の番だ!」
すかさずダイゴが叫び、カズンたちが左右に別れた。
背中にかかるまで振り上げていたダイゴのハンマーが赤い光に包まれ、それを背中に受けながらダイゴが重装備とも思えない速度で水龍の顔面に迫ると、空中前転をするかの勢いで渾身の力を込めたハンマーを一気に振り下ろした。
ぐわしゃっ!
激しい音とともに、まともに頭蓋を凹ませた龍が気絶し、私たちは一気に反撃に出る。
「えーいっ!」
パワーアシストの赤い光を双剣に発生させながら突進する私と、白い光を発生させて脚の隙間に踏み込むきらら、頭部には楯を持つメンバーが次々と斬撃を繰り出し、ダイゴとネストが次の渾身の一撃を繰り出すべく上段で力を溜め込んでいる。
ざくっ!
もがいていた龍の後ろ足が私を襲い、太ももを切り裂く。それほど深い傷じゃないけど、やっぱり痛いものは痛い。
きららは相変わらずダンスのような華麗な動きで水龍の脚攻撃を軽々とかわし、胴に的確な突きを繰り出している。
「まるで妖精だねぇ」
誰かがきららを見て呟いた。
「ああ、『紅色の妖精』、といったとこだねぇ」
ほんと女の私から見てもその立ち回りは優雅で神秘的って感じ。妖精って形容もあながち大げさじゃないかも。
それに比べて猪突猛進の私は…いたたっ、今度は腕に爪の一撃受けちゃった。
思った以上の深傷に怯んだところに、水龍の次の一撃が迫り…
ざくっ!
私は胴を深々と割られて倒れていた。胴鎧がかなりダメージ受け止めてくれてたみたいだけど、それがなかったら私、死んでたかも…
「…大丈夫ですか? しっかりしてっ!」
目を開けたらそこには黒髪にそばかすの目立つ少女がいた。心配そうに私の顔色をうかがいつつ、もたつきながらも手早くハイ・ポーションを私に振りかけてくれる。この人って、あの…酒場のウェイトレスさん…?
じわじわと痛みは引くものの、傷は思ったより深いらしくて完治には程遠くて
「いたた…私、もう、ダメかも…」
あまりの激痛に、ついつい弱音を吐いちゃう私。黒髪の少女は傷がふさがってないことに気づいて次のハイ・ポーションを取り出している。
私もしっかりしなきゃ…
半ば薄れた意識を取り戻そうと頭を振り、上半身を起こそうとする。彼女はすでに手足の傷にもハイ・ポーションをかけてくれてたみたいで、そっちの痛みは程なく落ち着いたんだけど…
次のハイ・ポーションを私の胴に振りかけていた少女の後ろから何かが迫る!
「危ないっ!」
「えっ?」
私の声も間に合わず、近くに来ていた地龍の前脚が少女を弾き飛ばす。少女は右腕を吹き飛ばされて…
「しっかりしてっ! すぐ見てあげるから!」
私は急いでリペア・ポーションを出し、彼女の腕をつなぎとめるようにかけてあげたけど、ショックが大きかったのか彼女は気を失ったまま…
「やばっ!」
急いで彼女を抱えた私は、比較的仲間の多い場所、龍の迫っていない場所に彼女を引きずって行く。途中でそれに気づいた救護のプレイヤーが手伝ってくれて、意外と手早く彼女の移送はすんだんだけど…
立ち上がるなり私は元のゴッドハンドチームに合流し、瀕死となっていた龍にとどめを刺そうと集中攻撃を繰り出す。
程なく龍は絶命したけど、みんなのダメージも小さくないみたい。ネストも腕に深い傷を負っていたし、ダイゴは足、カズンは頭と大なり小なりみんなが血を流してる。
「次来るぞっ!」
龍の絶命に気の緩んだ仲間たちに、ネストの喝が飛ぶ。
「おおっ!」
慌てて態勢を整えようとするものの、すでに右側面に回ってた龍は前衛の端にいたランス使いにまともに食らいつき…次の瞬間、そのプレイヤーは霧と化していた。
「怯むな! 前衛押せっ!」
態勢の整わないままバラバラに龍を押すメンバーたち、龍も態勢が整っていないとはいえ、この状況は明らかに私たちが不利だよぉ!
「俺が牽制する、その隙にガード態勢を整えろっ!」
叫ぶやいなやネストが飛び出し、なおも右に回り込もうとする龍の足に斬りかかる。
足の付根の半ばまでを斬られ、暴れる龍。そしてその爪がメンバーの態勢を確認していたネストに!
ズバァッ!
ネストの右肩から左脇腹までを龍の爪が深々と斬り裂いた。ネストは紙切れのように一瞬宙を舞い…そして…霧に…
「ネストっ!」
なんとか態勢を整えた前衛が見守る中、その霧はすぐに風に飲み込まれてた。
「うおおぉぉぉぉぉっっっ!」
いきなり叫びだしたダイゴが、前衛を押しのけるように飛び出し、龍の頭に挑みかかる。けど動きが止まってるわけじゃない龍はダイゴの渾身の一撃をわずかにかわして、顔を半分に潰されながらもダイゴに噛みつく。
共倒れとなったダイゴと龍、ダイゴは脇腹を深く噛み砕かれ、龍は苦痛にのたうち回る。
「きらら、私たちも!」
私はきららと息を合わせて龍の側面に。
傷が痛むのか先ほどまでの軽快さはないけど、それでも果敢に龍の側面に踏み込むきららと、相変わらず強引に脇腹に食いつく私。ツインカリバーンの切れ味は凄まじく、二人の連続攻撃で龍の胴が真二つに千切れ飛ぶ。そして、短い悲鳴を上げて龍は力尽きた。
「ダイゴは!?」
ダイゴを探すため私はキョロキョロ、けど、それらしい影は見当たらず…
力なく立ち尽くしているカズンたち前衛陣のみ…
「…死んだ…」
心底悔しそうに呟くカズン。そのカズンも右腕に深傷を受け、愛用の片手剣はぶら下がっているだけの状態で…
「まだ次が来てるよおっ!」
きららの叫び声に慌ててカズンたち前衛が態勢を整えようとするけど、もうカズンだけじゃなく全員がズタズタのボロボロ状態。とでも戦える状態じゃないよぉ…
とはいえ、どうやらビーコム、カマロンともサーバが限界に近いらしく、景色にひどいブロックノイズが走ったり、傷を受けているのに痛くなかったりというバグが多発し始めてる。まだ城内へは龍は入ってないみたいだし、なんとかこのまま…
でも、頼みの綱だったネストとダイゴはもういなくて…
「えっちゃんっ!」
呆然としてる私に、きららの鋭い喝! あ、そうだった、今は私がしっかりしなきゃ!
ボロボロの前衛が風龍の出鼻を止めようと躍起になってるけど、すでに片手を切った前衛じゃとてもじゃないけど龍は止められない。ここは無茶してでも私たちが前進を止めなきゃ、カズンたち前衛陣もやられちゃう!
「えーいっ!」
きららとともに私は再びサイドアタック、回避のため空中前転しつつ龍の後ろ足を斬り落とすきららに負けまいと私は龍の脇腹に体重ごとツインカリバーンを突き込む。
深々と刺さった剣先を、わざと傷口を広げるように斬り下げると龍は弱々しく悶えはじめ、断末魔の呻きを上げ始める。やったね! とガッツポーズを見せるきららの背中に、残された龍の前脚が迫り…
「きゃうっ!」
短い悲鳴を上げたのち、きららは風の中に消えて…
「いやあぁぁっ! きららぁっ!」
悲鳴を上げつつ私は龍の背中に幾度もツインカリバーンを突き立てていく。龍が絶命してることも忘れて…
「エステル! 次来るよっ!」
カズンの言葉に私はやっと我に返り、次の龍へと向かうけど…
「カズンっ!」
明らかに無茶だよ! という態勢のまま炎龍を真正面から受け止めたカズンは、チームの前衛を弾き飛ばしながら突き進む龍の下敷きになり…
その脚の下でキラキラと輝く霧となって消えてました。
…まだ龍の半分近くが生きているのに、プレイヤーたちの陣形はすでにバラバラ、もう明らかに半分以上が消えてるみたい。私達の隣にいたノマドのチームも影も形もないし、クラトス聖騎士隊も半数以上がいなくなってるし、これじゃ、絶対勝てるわけ無いよぉ!
「誰か! 誰か龍を止めてくれっ!」
その時、城壁の弓隊から幾つもの悲鳴が!
見ると弓隊の集中攻撃も意に介さない炎龍が、ぐいぐいと平地を突き進むかのように城壁をよじ登ってる。地上のメンバーたちは他の龍を止めるので精一杯だし、これを見過ごしたら私たちは…
「…もう許さないからっ!」
全身に気をため、私は城壁を這い登る炎龍にに猛然と突進する。いつしか私の体はスピードとパワー、両方のアシストを降る発動させた余波で眩しいほどに強いピンクの光りに包まれていく。
「弓隊、撃つな!」
弓隊のリーダーが叫び、一瞬の静寂がよぎる。ほどなく矢の雨は止み、私の前に広い道が開かれる。
「やあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
龍の尻尾と脚が何度か私の体をかすめたけど、私はそれも構わず草原を駆け抜け、高く飛び上がって龍の尻尾の上に着地した。そのまま急勾配となっている背中を頭へと走り抜け高くジャンプ、着地のタイミングに合わせて、逆手に持った双剣を体重ごと同時に頭頂に突き下ろした!
ばしゃあっ!
派手に血しぶきと脳漿が四散し、瞬時に龍が絶命する。城壁から崩れ落ちるその背を一気に駆け下り、負傷者続出で城壁まで追い詰められたチームを見つけた私は、その相手、城壁の裂け目に入り込もうとしている風龍へとまっすぐに突っ込む。
「流血の姫君だっ! 撃つなっ!」
風龍を押しとどめようとしていた弓隊の別のリーダーが私に気づき、矢を撃つのを止めるのに合わせて、私は龍の左前脚を左右剣の横薙ぎで一気に切り落とす。
があぁぁっ!
痛みに悶絶した龍が悲鳴を上げ、態勢を建てなおした楯隊が素早くそれを押しとどめる。
私は龍の前進が止まったのを見定め、その背中に飛び乗るやいなや一気にその頭へと走りぬけ…
同じく頭頂に双剣を体重ごと深々と突き下ろした!
そして…世界がブラックアウトした…
戦いが終わり、彼女を待っていたのは?
感動の最終話です!