第八章・その四
プローニャの街には「彼ら」がいた。
彼らはそこで何を見、何を考え、何を決行するのでしょうか?
プローニャはある意味静かだった。
黄色の重装鎧に紫のマントという、お世辞にもセンスのいい装備とはいえない親衛隊が、太刀や大剣、双剣といった思い思いの武器を持って街中を巡回していく。
街のあちこちには同じく様々な武器を手にしたプレイヤーの小集団が鳴りを潜め、親衛隊が通りすぎるのを待っている。
「ったく、いつまで続くんだよこの状態、誰かノワール卿の親衛隊ぶっ潰す奴いないのかよ!」
一人が愚痴ると、それは一緒にいたみんなに伝染し
「ほんと誰か正面から戦う勇気のあるやつ、出てこないものかねぇ」
「あいつらやたら強いもんな、俺らじゃてんで歯が立たねぇ」
最後に愚痴った一人が、何かに気づいてふっと振り返った。
「お前たちここで何をしている!」
そこにいたのは黄色い鎧と紫のマントの一団、そう、ノワール卿の親衛隊だ。
「逃げろっ!」
一人が叫び、一同は慌ててその場を去ろうとしたが、中の一人が親衛隊の一員が放った居合い抜きに胴を斬り上げられ
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
長い悲鳴を上げた後に、霧となって消滅した。
このゲームの「死」とは、キャラクターの装備、アイテム、その他財産を含む、アカウントそのものの抹消である。本来の仕様ならば再度ログインして改めてアカウントを作ればゲーム内に新たなキャラクターを作ることができていたのだが、今はログオフ処理そのものが止められているので、目覚めることのない眠りというある種の監獄に閉じ込められることとなるのだ。
「助けてくれぇっ!」
腰を抜かした一人が半泣きで懇願するが、それも容赦なく切り捨てられる。
数瞬後には、その一団は全員が文字通り消されていた。
「ったく、ひどいことしやがる!」
一足遅れてその場にたどり着いた男が、悔しそうに罵りの声を上げる。
黒いゴシック風のスタイルにツインカリバーンという、ごくごく軽い装備のその男は、若いと呼ぶにはやや歳をとっているかな、という容貌。そう、クラトスから今ここにたどり着いたばかりのザクスである。
「これ以上被害者を出す訳にはいかないね」
頑丈そうな防具を要所要所のみに着けたアギトが、ごくごく冷静に答える。
「アギトさんよ、ここからどう動く? いくらあんたが強いからって、無計画に動いたんじゃ埒が明かないぜ?」
「そうだね、反乱軍をまとめて一気に押し出すか、敵の懐深くに潜入して中央を叩くか、そこが問題だ」
二人はしばし考え込み
「ザクス、君は敵の動きを探ってくれ。私が反乱軍を敵の弱点に集めておいて、そこから中央突破を図るようにしよう」
「よっしゃ、便りにしてるぜ、アギトの旦那!」
打ち合わせが終わるとすぐに、二人は行動を開始する。アギトは街の外周方向に、ザクスは逆に中心部に。
「反乱軍はいないか? 私はアギト、クラトスの大剣使いだ!」
親衛隊がいないのを確認して、アギトは少し声を殺して周囲に呼びかける。
「…アギトって、あの…『光の先駆者』のアギトさんでっか!?」
「ほぉ、『光の先駆者』とはえらく大層な名前を付けられたねぇ」
ひょっこり顔を出した男に声をかけられ、アギトは少し苦笑する。
「やっぱり『光の先駆者』のアギトさんだ! こっちだ、プローニャ解放軍本部まで案内するよ」
言うなりその小男は足早に路地へと向かう。アギトも遅れないように素早く移動する。
間もなくごくごく目立たない路地裏の小さな建物に入った二人は、そこにいた数人と顔を合わせることになった。
「リーダー、こちらが『光の先駆者』のアギトさんでさぁ」
「おおっ、あのアギトさんですか! ようこそ解放軍本部へ、私がリーダーのシュヴァルツ、そしてこれが補佐のヴァイスにフィルディナンドです。あなたがいると皆も勇気倍増です!」
リーダーは嬉しそうにアギトに手を差し出す。アギトはしっかりとその手を握り返し
「仲間が親衛隊の手薄な部分を調べています。さあ、ここで一気に反撃して奴らを追い払いましょう」
「それはまた唐突ですね、何かあったのですか?」
アギトの提案に怪訝な表情を見せるシュヴァルツ、無理もない。こちらには四元龍迎撃戦の話なとひとつも届いてないのだ。
「今クラトスではビーコム主導でプレイヤー救出作戦である『四元龍迎撃戦』が始まっています。ビーコムとかマロンのサーバー同士による根競べですが、ここでカマロンのサーバーを追い詰めなければ我々は二度と現実に戻ることができなくなります」
「では勝てばどうなると?」
「カマロンサーバをダウンさせることが出来れば、プレイヤー全員が安全にログオフできるそうです、ですからここで五感処理機能を提供するカマロンサーバにより多くの負担をかけ、同時に事件の首謀者達を締め出す必要があるのです」
「なるほど、全員が安全にログオフできるのであれば、この戦いに十分意義がある、行きましょう! さっそくみんなに連絡を取ります!」
ただちにリーダーと補佐たちは仲間へメール連絡を取り、全員に動員を始める。
思い思いの雑多な装備を着けたプローニャ解放軍、総勢千人余りがさほどの間も置かずに集結した。
「では行きましょう、我らのすべてからの開放のために!」
「おおっ!」
アギトの宣言に、解放軍兵士全員が潜めた声で喚声を上げる。
進撃が始まった。間もなくザクスが合流し、敵の隙間を縫うように町の中央にある宮殿へと向かう。
「ここから先はもう力技しかないぜ、親衛隊がうじゃうじゃいる」
「では私が先頭に立とう、みんなは後ろに続いて道を切り開いてくれ」
ザクス、アギトの言葉に、兵士たちは武器をしっかりと構え直す。
「行くぞっ!」
「おりゃあぁぁぁぁっ!」
アギトの突撃に送れまいと、解放軍兵士も走る。
一瞬怯んだ親衛隊に、素早く抜き放ったアギトの大剣、カリバーンブレードが白い閃光とともに振り下ろされる。
ざっ!
そのあまりの切れ味の良さに、斬られたことすらわからないまま親衛隊員はそこから消えた。続けて深く踏み込んだアギトの横一閃が三人の親衛隊員を真二つに絶ち割る。
「襲撃だ!」
残る親衛隊員が絶叫し、周囲が慌ただしくなるが構わず、さらにグイグイと踏み込みつつもアギトの剣が縦に、横にと振り払われ、そのたびに二人、三人と親衛隊員が断末魔の悲鳴を上げる。
「行けえっ!」
リーダーの合図のもとに解放軍が一斉に突進を始めた。勢いに任せて親衛隊の一団を蹴散らし、宮殿の門へと殺到する。
皆の足がそこで止まった。
城門は堅く閉じられ、ずらりとその前を数百もの親衛隊兵士が守っていたのだ。
「私が道を作りましょう。楯を持つ方がその道を確保し、ハンマー使いの方が中央突破、城門を叩き割ります。いいですね!」
「それじゃ、俺は援護に回るぜ!」
アギトの指示に、大型の楯を持つ兵士たちがすぐ集まり、続いてハンマーの一団が後ろにつく。
ザクスは太い弓と矢を取り出すと、キリキリと渾身の力を込めてそれを引き絞る。
ゴウッ!
暴風とも思える風を帯びて矢は太く赤い光の帯を残して鋭く飛ぶ。親衛隊のリーダーめがけて。
ざっ! という音がしたかと思うと、そこに親衛隊リーダーの首はなかった。胴はそのまま残され、首だけが千切れ飛んだのだ。そして間もなく、首と体は霧となって消えた。
親衛隊員たちが浮き足立つ。そこへ俊足のアギトが突進、横ダメに構えていた大剣を水平に振るう。
ズバッ! という音とともに、五人の親衛隊員が霧となった。続けて深く踏み込み、さらに横一閃、複数の親衛隊員を消し去る。その様はまさに、「光の先駆者」のごとく素早く、流麗で、それでいて淀み一つない。あるのは赤いブースト光を帯びた大剣の残像のみ。
「道を広げろっ!」
楯を持つ兵士たちが素早くアギトの両側に並び、グイグイと親衛隊員を押し広げて行く。できた通路を複数のハンマー使いが素早く突進、門に連続で打撃を加えていく。
ギシギシという音を上げつつ崩れ始める木片と、骨組みのみを残して崩壊していく門、そして…
ばりばりっ!
豪快な音を立てて門は崩れ去り、アギトと解放軍はどっと宮殿内に流れ込んだ。
アギトたちが宮殿の門を攻めている頃。
その最上階の壁には灰色の人影が張り付いていた。
窓の外からこっそりと中の様子をうかがうと、そこには豪華絢爛な紫のローヴを纏った中年の男。
この街の今の領主であり、カマロンKSO技術主任のノワール卿、本名を「黒田」という。
ノワールのもとに、アギトたちが宮殿へ攻め込んできているとの報告が入る。
「迎撃しろ! 一人も通すな!」
ノワール卿の激が飛び、城内が慌ただしくなる。
「あと少し、あと少し頑張ればカマロンとビーコムが一つになる、そうすればわしはそこで重役の地位を得ることができるのに…」
イライラしながら次の報告を待つノワール卿の顔にくっきりと浮かぶ焦りの色。「あの方」は確かにこのゲームに大波乱を起こしさえすれば君の地位は安泰だ、と言ってくれたのに。
その中でタイミングを見定めていた灰色の人影、グレイは静かに行動を開始し…
「領主さんよ、あんたに恨みはないが…」
「な、なにやつっ!?」
うろたえるノワール卿に冷酷な眼差しのまま迫るグレイ、その瞳にはひとかけらの慈悲の光もない。
「誰か、誰かおらんかっ!?」
呼べど叫べど、解放軍の襲撃で慌ただしい城内に、ノワール卿の声に答える者はなく…
「選んだ相手が悪かったと後悔するべ!」
グレイは冷たく言い放つと目にも留まらぬ素早い動きで短剣をノワール卿の額めがけて投げつけた。
どさっ
身動ぎすることもできないままノワール卿は頭を貫かれて倒れ、そして、霧となって四散した。
そして黒田の潜伏していた片田舎の小さな医院。
そこにはすでに複数の警察官が待ち構えていた。
ビーコムのプレイヤー解放作戦と呼応して、首謀者と思しきカマロンの技術メンバーの潜伏先包囲網は確実に完成しつつある。
あとは彼らがゲームより目覚めるのを待つばかりなのだが、ゲームクリアまで決して目覚めることのない夢の中に閉じ込められている彼らがそれを知る術はすでになかった…
巨大な龍たちが街に迫る!
次々と倒れていく仲間たち、城壁を登り、街へと突入しようとする龍たち。
勝利するのはプレイヤーか? それとも龍?