第六章・その一
事件の真相を探るべく、ゲームの中と外から動き始める複数の人物。
果たしてどんな事件で、事件の裏に潜んでいるのは?
第六章・カラクリ
傭兵団ゴッドハンドが、黒ずくめたちによる襲撃を受けた頃…
ビーコム・メディアのCSOゲーム運営本部には緊急招集がかけられていた。
「事故の原因はまだ掴めないのかっ?」
「どうやらこちらとカマロンのデータ照合にバグがあるらしいということまではわかったのですが…」
プロデューサーの鋭い詰問に、デバッグ担当チーフが歯切れの悪い声で答えている。
各部門の担当官たちにも疲労の色が濃い。
「警察からの情報とこちらのプレイヤー操作履歴から、ログオフ処理中の事故死が三一名、キャラクター死亡時の転生処理中に十二名の死亡が確認されています」
「ということは、やはりログオフ処理が一番疑念が高いということか、それと転生処理…」
「転生処理はキャラクターデータを一度リセットするため、瞬間的にログオフと同様の処理が組み込まれています。となると、やはりログオフ要請コードが何らかの理由で入れ替わっているものかと」
「そうか、ではその辺のコード照合をカマロンに確認、急げ!」
ディレクターの指示の下、数人がカマロンとの折衝に入ったのだが…
「カマロンからの連絡では、担当主任プログラマー他技術者が失踪しているため照合不能、とのことです。サーバそのものもサーバ室自体が厳重にロックが掛けられていて、第三者が端末に触れることすらできないようで…」
「なんだそれはっ!?」
「ですので以前提携時に交わしたしたコード表と照合してみたらしいのですが、こちらにはバグ等は認められない、なのでこちらですべて賠償いたします、と申し出ています」
「カマロンでもひどく苦慮しているようだな…」
新しい情報からカマロンでも対応に追われていることを知り、プロデューサー以下首脳陣は一様に頭を抱えている。
「…このままでは現在ゲーム内に取り残されているプレイヤーたちの生命にも危険が及ぶ可能性が…」
「そうだな、では現在生きているログオフ信号を全て無効にして当面の犠牲者を増やさないようにするのはもちろんだが…」
ディレクターはここで言葉を切り、
「この問題は長期化しそうだな。カマロンと連絡をとって全プレイヤーを完全看護の出来る病院に移送するよう段取りを急ぐとしよう」
「わかりました、直ちにそのように手配します」
折衝担当と広報担当が急ぎプレイヤー移送の実務的段取りに入る。
「問題はどうやってプレイヤーを安全にログオフさせるか、だな…」
「主任プログラマーを見つけてカマロン側から修正はできないのですか?」
「そいつの捜査はすでに警察が動いている。だが見つからなければ我々が解決しなければならない問題だ。修正どころか確認すらできない今のカマロンには手のうちようがないだろう」
「確かに、となるとどういう手段が…?」
「そこが問題だ、いっそカマロンのサーバの電源でも切れれば片がつくんだろうがな…」
「でしょうねぇ、でもUPS(無停電電源装置)は当然設置しているでしょうし、もしかすると専用の自家発電装置を設置している可能性もありますね」
「つまり、万事休すか…」
ビーコム運営陣を長い沈黙が支配した…
一方黒づくめたちを追っていたグレイはプローニャのとある巨大な屋敷に忍び込んでいた。
彼がざっと見た限りでも黒ずくめたちは百人以上の人員を確保しているらしく、本格的な暗殺訓練を徹底的に行なっていることも確認できる。
「こいつはやばいべ…」
一人呟きながらもさらに調査をすすめるグレイ。奥まった一室に近づくと…
「なんだとっ! 取り逃がしたとは何事だっ!」
黒ずくめグループの支配者と思しき男の怒声があたりに響いた。
こちらは金糸銀糸の派手な刺繍が入った紫色の豪華なローヴを着ていて、その下にもスーツに似た紫色の着衣を着ているらしい。髪はやや長め角刈り、こわばった表情の特徴的な四〇歳前後の人物だ。背丈は並み、体格はやや太め、といったところのようだが。
「申し訳ありませんノワール卿、奴らはひどく腕が立ちまして…」
「お前ら、なんのために高い金を払っていると思っているっ! なんとしてでも始末するんだ!」
こもごも弁明しているリーダー格の黒ずくめに、問答無用とノワール卿たる人物は喝を入れる。
「あの方のためにもこの陰謀は絶対に成功させねばならんのだっ!」
ノワール卿の恫喝は続くが、それ以上の情報は得られないと悟ったグレイはその場を後にしようと移動を始め…
「侵入者だっ!」
やや離れた位置からの大声にはっとする。
天井裏の丈夫な部分を慎重に移動していたはず、よほどの探索スキルを持たなければ見つかる要素はないのだが…
不意にバタバタという足音が聞こえ、それを追う数人の足音が続いた。
「…どうやら別人だべ」
ほっとため息を漏らし、改めてその場を立ち去るグレイ。
どれくらい移動しただろうか、見ると同じ天井裏に、何やら黒いゴシック風の衣服を来た人影が。
「…敵だべか?」
にしてはえらく慎重に動いているし、第一敵ならこんな場所に隠れる理由がない。
「同業者さんみたいだな?」
黒い影は、すでにグレイに気づいていたらしく潜めた声で声をかけてくる。
「お前は何者だべ?」
慎重にグレイが声を返すと、
「俺はザクス、しがない盗賊さ。で、あんたは?」
「俺はグレイ、暗殺者だべ」
「ま、ちょっと違うが似たようなものか、ここじゃなんだからどっかで一杯ひっかけながら話そうじゃないか」
ザクスと名乗った男は、そうグレイに持ちかける。確かに裏情報の交換も悪くない、と読んだグレイはすぐに承諾し…
数時間後にとある酒場で待ち合わせることにした。
…
「にしても焦ったぜ、俺としたことがあんな奴らに見つかるなんざぁ…」
待ち合わせの時間に酒場に行くと、そこそこ美形のザクスはすでに出来上がっていて、あっけらかんとした口調でそう言ってきた。体格的には並みといったところだろうが、筋肉を帯びたがっしりした体格の男だ。歳は自分より二~三歳上の、三〇歳くらいだろうか…
「とすると、あの時の不審者とはお前だべか? にしてもよく俺だとわかったべな?」
「いやぁ、その目の下のくまが異様に目立ってたからね。で、あんたは何であそこにいたんだ?」
ぐいとグラスを傾けながら、ザクスはグレイに問いかける。あの暗闇で俺のくまに気づくとはかなりの視力の持ち主には違いないな、とグレイは相手の力量を読んだ。少なくとも自分と遜色ない腕はあるようだ。
さして広くない酒場はいかにも場末、といった風情で、薄暗い店内には安物の椅子やテーブル、そして申し訳程度の蝋燭があるのみ。大勢いる客たちもいかにも、といった人目を避けねばならない風体なものたちが多い。危ない話をするにはそこそこおあつらえ向きな雰囲気の店だ。
「ちょいと調べものだべ」
慎重に言葉を選びつつ答えるグレイ。こういう店だからといっても、敵とつながっている者がいないとも限らないのた。
「調べ物、ねぇ…」
ぼそっと吐き出すと、ザクスは続ける。
「あそこはノワール卿っていう領主の屋敷さ。といってもつい昨日NPCの領主を殺して成り上がった奴でね」
「そうだべか」
なかなかに有用な情報を持っているな、と思いつつもグレイはザクスの言葉に相槌を打つ。
「わざわざNPCの領主を殺す意味はあるんだべか?」
もちろん何でもできるゲームゆえ、領主暗殺なども実際に可能ではある。だがゲーム内で領主を殺したとしても実権を取ることは困難で、しかも実権を取ったとしてもたかがゲーム、あまり意味を持たない気もするのだが…
「それそれ、どうやらあいつ、本当にこの街の実権が掴みたいらしい。だから暗殺集団の他にも腕の立つ傭兵を集めて、親衛隊を組織しているって話だ」
「親衛隊…よくそんな奴についていく傭兵がいるっぺな?」
「そこにはいろいろ裏があるらしいぜ…」
「どんな裏だべ?」
「…さぁな、そこまでは俺もわからん、ま、また会ったときはよろしく頼むわ!」
ザクスはそこまで話すと席を立ち、ウェイトレスを呼んでチップを渡す。
「まただべ」
結局何も頼まなかったな、と思いつつ、グレイも同様に席を立つ。
「にしても…わざわざこの街の実権を掴んだノワール卿という人物、怪しいべ…」
一人色々と考え込みながら、グレイは人知れず隠れ家への道を急いだ。
敵の指導者らしい人物を突き止め、探りを入れるグレイ。
彼は何者で、いったいどこまでの秘密を持っているのでしょう。