第五章・その一
正体不明の敵から何とか逃れた主人公たち一行。
彼らを待ち受ける罠とは?
第五章・襲撃!?
森を出た私たちは、人目を避けて傭兵団本部へと戻った。
そこにいたのは見慣れた仲間二人と、そして全身を黒い服で隠した怪しい男たち五人の姿。
「クラウスっ! ディッドっ!」
団員の名前を叫びながら中へ駆け込むネスト、けど狭い建物の中で長い太刀とランスを持った二人は武器を出すこともできないまま、あっという間に小太刀で武装した黒ずくめたちにズタズタに切り裂かれて…少しの間をおいて霧となって消えちゃった…
これがプレイヤーキャラクターの死、っていうものなんだ…!
「てめぇらただで済むと思うなっ!」
激怒したネストは一瞬武器を抜きかけたものの、天井の低い建物の中で大剣は使えないとすぐ悟る。素手のまま黒ずくめにすごい速度で突進すると、パワー・ブーストの赤い光を伴った右拳をお腹を突き破るかのような勢いで繰り出した。
拳を受けた黒づくめは背後にあったテーブルごとかなりの距離があった壁に激突、霧となって消えて…
残る黒ずくめたちは、何やら花火のようなものを投げ捨てるなり窓や裏口から逃走しちゃった。
「逃げろっ!」
ネストの叫びに私たちは慌てて建物から飛び出すと、次の瞬間、
どうぅぅぅぅんっ!
すごい音とともに本部が爆発、見るも無残な姿になっちゃってた。
「やろおっ、なんて真似しやがるっ!」
廃墟となった本部の姿に歯ぎしりしながら、なおも怒りを隠せないネスト。
そういえばNPCのおかみさんと給仕の女の子はどうなったんだろ? なんて変なこと想像しちゃってる私がいたりして。
「もうこの街にはいられそうにないね…」
冷静に状況を判断したカズンは静かに呟く。同時にそっと相槌を打つネストたち。
「ここは危険すぎる、とにかく隣街で態勢を立て直すとしよう」
ネストの決断に、私ははっとお仕事と自分の受けていたクエストのことに気づく。
「私は団員じゃないから関係ないよね? お花屋に戻らなきゃ…」
立ち上がり、花屋に行こうとする私の手をつかむネストと、すごい速度で鼻先を飛び過ぎる何か。
「悪いがお前さんもしっかり巻き込まれちまってるよ」
肩をすくめながら、半ば諦めムードで言うネスト。通り過ぎた何かが短剣だというのがすぐに分かって、私は思わずゾッとして…
「しくしく…」
みんなとともに物陰に隠れながら涙する私。ほんと私って、不運に愛されてるのね…
ログアウトできないことしかまだ知らないプレイヤーたちが、戸惑いを隠せないままオロオロしてる。呆然としてる人、絶叫してる人、肩を抱き合って泣いてる人…街は混乱でごった返してるの。
「とにかく早くここを離れよう!」
ネストのその掛け声に、私たちは素早く、しかし静かに裏路地を駆ける。
誰が、いつ、どこで待ち伏せしてるかわからない。そして、今も見張っている敵がいるかも知れない。その不安は私たち全員を精神的に追い詰めていく。
「このまま無事に逃がしてくれるとは思えないな」
「だろうな、あいつら、またどこかで仕掛けてくるはず」
路地を駆け抜けながらもネストとダイゴは警戒を怠らない。そして後ろを走るグレイも。
「…その先に奴らがいるみたいだべ」
グレイがそっと警告を発し…
…!
不審な足音、しっかりした足取りで、しかも何か一つの目標に向かって…って、こっちに来るっ!?
「見つかったかっ! グレイ、お前は脱出ルートを探ってくれ!」
ネストの指示に軽く頭を下げ、忍者、グレイは足音の反対方向に素早く走り去る。
「さてと、俺らであいつらの相手してみるさ!」
ハンマー使いのダイゴと目配せすると、ネストは素早く通りに飛び出した。
どうやら追手は少したじろいだみたい。小さな複数のうめき声とともに、少し乱れた足音が聞こえてくる。周囲の人たちもあわてて逃げ出してるけど。
「よぉ、おめえら! 俺達に一体何の用だ!?」
大剣を抜きつつ凄みを見せるネスト。
「エアドラゴン・バスター…!」
驚き、というより恐怖に近いうめき声もかすかに聞こえる。どうやらネストの大剣は、かなりの名剣みたいね。
その純白の大剣は人の背丈をゆうに超え、しかも刃幅は大人の肩幅ほどもある。
ゴツゴツとした荒削りな刀身とは異質の刃先は透き通るように輝き、近づいただけでバッサリと断ち切られそうな威圧感を見せる。
「こいつぁ本物だぜぇ? 試し切りしてやっからよぉ、かかってきやがれっ!!」
ぞっとするほどに凄みをきかせ、ネストはそう言うと横ダメに剣を構えて気合を入れた。
次第に剣が白い光を放ち、まばゆいばかりとなる。武器技のスピードアシストだね、でも光り方が尋常じゃないんですけど…!
「行けっ!」
相手方のリーダーらしい男の掛け声に、黒ずくめたち数人がネストに突進する。その複数の剣戟をわずかな間隔でするするとかわしたネストは、振り向きざまにその数人を横薙ぎに一気に斬り払う!
鋭い閃光が一瞬、宙を舞ったかと思うと、突進してきた男たち全員が上半身とか半身とに別れ、霧となって消える。
血の流れる暇もないほどの見事な剣さばきに、追手たちもたじろいでいるみたい。私たちも、だけど…
「ま、まさか…『見切りの猛者』のネストかっ!」
明らかな動揺が黒ずくめたちの口から漏れ、たじたじと引き下がっている。狭い建物の中ならともかく、広い通りに出れば大剣も大活躍だね♪
「まだ足りないようだな…」
ほとんど口を開かないダイゴが静かに言い、背中のハンマーを両手に掴むと、またも相手から動揺の呻きが漏れる。
「ウォータードラゴン・インパクト!」
さわやかな水色をした巨大な荒々しい球体ハンマーは、どう軽く見積もっても私の体重くらいはありそう。それをあの重装備のままで抱えて平気な顔してるダイゴさんって…
「ふんっ!」
掛け声とともにまばゆい赤に輝いたハンマーを上段に振り上げ、その巨体からは想像もできない素早さで相手めがけて突進するダイゴ。そのあまりの素早さにろくろく武器を構えることもできず動揺する黒ずくめたちの中、敵の散発的な剣戟を交わすこともせず突き進むと、その中心へ渾身の一撃を振り下ろした!
どうぅぅぅぅんっ!!
派手な地響きとともに巻き起こる轟音、そして土煙。そして、土煙が収まったあとにはまた数人の男が原型を留めないほどに潰されて、これも霧となって消えちゃった。
ううっ、これじゃ見てるこっちが気持ち悪くなりそう…
「『鋼色の鉄塊』のダイゴだっ!」
「死にたくないぃぃっ!」
算を乱して逃げ出す敵に、ほっと一息つくネストとダイゴ。そしてその圧倒的な強さに呆然としている私たち。
「ま、まぢか…よ…!」
呆然としてるカズンの前に、武器をしまったネストとダイゴが戻って来て…
「お前も女の子を守るスキルくらいは持たなきゃな♪」
なんてウインクしてみせる。
「てかよぉ、ビーコムの開発メンバーならスキルの出し方くらい知ってるだろ?」
肩をすくませながら聞くネストに、カズンは少し舌を出し…
「バグチェックとかがメインで、その辺のノウハウはさっぱり教えてもらえなかったんですよぉ…」
そういうことだったのね。
悲鳴に似たカズンのその返事に、みんなの肩をすくませた苦笑が答えてました。
何とか敵を振り切った傭兵団・ゴッドハンド。
執拗に迫る敵、彼らの逃亡劇は続きます。