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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
99/201

99

 蒼天高く雲雀が舞う。

 人の世の争い事など目にも留めず、高らかに朗らかに歌い上げる。

 風が柔らかく草原の草を押し倒す。

 長閑な日常。


 左右両翼、見事に対照的に配置された本隊が燕を迎え撃つ。

 左右のどちらにも白い鎧を着た大将がおり、大将旗を掲げている。

 本物と影を並べたのであれば、生まれもっての資質というもので微妙な差異が出るはずだ。

 王族とそうでない者の差は大きい。

 どんなに似せようとしても、洗練された仕種は真似できないものだ。

 だが、このふたりは全くそっくりであった。

 悠然とした仕種で片手を挙げ、攻撃を指示するために振り下ろす。

 見分けがつかない総大将に、燕は混乱しながら攻め込んだ。


「……来た!」

 右翼で戦況を見守っていた熾闇が、低く呟く。

 北側から蒼瑛率いる遊軍が燕の腹を抉ったのだ。

 喰らいついた遊軍は、そのまま強引に燕を分断していく。

「よし、今だ! 矢を射よ!」

 燕が乱れた瞬間を見逃さず、手にしていた乗馬鞭を振り下ろし、命じる。

 時同じくして左翼で総大将を演じる麟霞も矢を射掛けるように指示を下す。

 歴戦の強者である利将軍が麟霞の傍で見事に補佐しているお陰である。

 矢を避けるために盾を用いる燕の背後から怒号が響く。

 もう一組の遊軍が彼等の背後を突いたのだ。

 浮き足だった燕は、完全に指揮命令を失った。

 あれほど統率の取れた軍であったというのに、今はもう見る影もない。

 これがたったひとりの娘の策であるとは、燕も信じられないだろう。

 事実を知れば、屈辱に違いない。

「……予定通りだな、翡翠」

 隣に控える副官に、熾闇は声をかける。

「いえ。まだです。陣形を整えようとしている者がいる。指揮官に関する情報が少なすぎました。主将格がふたり以上いるのかもしれません」

 厳しい表情を浮かべた翡翠が、唇を噛む。

「乱戦に持ち込まれると?」

「えぇ。わたくしなら、乱戦に持ち込み、大将の隣にいる副官の首を狙います」

「副官?」

 意外そうな表情で、若者は問いかける。

「どちらが本物かわからない大将でも、副官を潰せばすぐにわかります。偽物に指示し、実際に軍を操るのは副官ですからね」

「そこまでの智将がいるというのか?」

「わたくしが護る方が偽物だと判断を下す方なら、まず、間違いないでしょう。わたくしが熾闇様の傍近く控えると、誰もが思うでしょう。だからこそ、偽物を本物らしく見せるために敢えてわたくしが傍に控えていると考える方なら、左翼を牽制しつつ右翼にいるわたくしを狙ってくるはずです。わたくしが指揮を執れなくなれば、右翼は潰れたも同然、左翼を改めて狙えばよいと、そう考えるでしょう」

「……っ! おまえはっ!」

 初めから自分自身を囮にしていたのだと知らされた熾闇は激怒する。

 どれだけ彼女という存在が大切なのかを説いたところで、翡翠は理解してくれない。

 否、充分すぎるほど理解しているが、それは、政治的、軍略的に冷静に第三者的視点に立って判断し、彼女が必要とみなした時点であえて無視してしまうのだ。

「落ち着いてください。わたくしが絡むと冷静さを欠く癖を直していただかねば困ります。今の時点で、相手の力量が全く掴めていないという点に於いて、わたくしに落ち度がございます。ですが、先程の話は、最悪の結果の内のひとつです。わたくしより上の軍師なら、間違いなく熾闇様を狙って参りましょう。また、どちらが本物かわからぬままに戦いを進める可能性もございます。わたくしを狙って来るにしろ、左翼に背を向けて無事でいられましょうか? 遊軍二軍の存在を無視できましょうか? その場合の策をすでに利将軍にも伝えております。総大将が些末事に心を乱してはなりません」

 冷静に、畳みかけられるように告げられて、熾闇は言葉に詰まる。

 言われてみれば、まさにその通りなのだ。

 翡翠は熾闇に何があろうとも冷静に対処する。

 そう望まれていることを知っているからだ。

 冷静さを失い、多くの命を犠牲にすることの恐ろしさを誰よりもわかっている。

 感情に流されてはいけない場面があることを理解しているのだ。

 たった一言、手の振りひとつで、敵と味方、多くの命を奪う立場にある者は、己の感情を殺さなくてはならない。

 最善を尽くし、最小の犠牲で済ませることを望まれているからだ。

「……すまない」

 激昂しかけた感情を無理矢理抑え、熾闇は謝る。

「起こってもいないことを憂慮し、怒っても仕方のないことだ。防ぐ手だてを考えているとわかっているのなら、尚更にな」

「そうですよ。それに、わたくしはここで討たれたりは致しません。わたくしにはまだすべき事が残っております。それを果たすまでは、死ぬわけにはまいりませんもの」

「そうだな。うん」

 ほっとして笑顔を浮かべた熾闇は、まとまりつつある燕を真っ直ぐに見つめる。

「翡翠。燕の将は、相当に優秀らしいぞ。隊列を矛型に変えた。乱戦向きの形態だ。狙ってくるな」

 第三王子に緊張の色が走る。

 闇色の瞳を敵陣に向け、その動きを見逃すまいと、睨み付けている。

「我が君、後退命令を」

「後退? 左翼もか?」

「いえ。左翼は左に移動します。誘いをかけるのですよ」

 片腕たる軍師の言葉に、その光景を脳裏に浮かべる。

 右翼が後退し、左翼が避けるように燕を通過させる。

 そうしてその半ばで左翼が燕の脇から突入し、分断する。

 後陣は、左右から遊軍が突っ込み、文字通り蹴散らすだろう。

 遊軍の兵力を減らし、ふたつに分け、本隊の兵力に厚みを持たせた理由が、今、ようやくわかる。

「そういうことか! 右翼軍、後退せよ!」

 即座に理解した王子は、後退を命じる。

 それにあわせ、左翼軍が左に移動を開始する。

 見事な連携であった。

 昨夜、基本的な策を告げた後、会議は解散になったが、利南黄と翡翠が難しい顔をして話し合っていたのは、このためのものだったのだと第三王子は思い当たった。

 常にどの様な状況になっても生き残るため、勝ち続けるために、様々な状況を思い描き、その対応策を編み上げる細かな作業に頭が下がる思いがする。

 少しでも翡翠を楽にしてやるため、熾闇は神経を研ぎ澄まし、戦況把握に務めた。

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