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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
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 南部国境から西へと驚くべき速度で踏破した王太子府軍は、領土内に侵入した燕軍を警告無しに追撃した。

 彩との戦の直後、そのまま遠距離移動をした彼等は、それまでの疲れを全く感じさせないほどの勢いで燕の進撃を阻む。

 半ば、乱戦の模様を見せながら、王太子府軍は燕を国境近くまで押し返した。


 季節は春。

 芽吹き、青々と繁る草原を挟み、睨み合うふたつの軍。

 陽が落ちると共に兵を引き上げ、野営を組む。

「……何とか、間に合ったな」

 火を囲み、ほっとしたように熾闇が呟く。

 運が良かったとしか言いようがない。

 緑波軍が北方から西方の国境警備を行っていたときにはなりを潜めていた燕が、彼等が王太子府軍と合流するために移動を開始した頃を見計らい、侵入してきたということは、以前より綿密に計画を立てていたと言うことだ。

 春になって進軍してきたことを見ても、相手は用意周到の慎重派であることは間違いない。

 彩との戦を寸前で終結し、一気に西へと駆けてきたため、燕にその情報が届く間もなく到着できたことが、今回有利に働いた。

 また、長期戦とは言いながらも、全軍総力を挙げてというわけではなかったため、兵達の疲労は常よりも軽減していたことも幸運だった。

 来るはずもない王太子府軍が突然現れたことに驚いた燕は、充分に力を発揮する間もなくズルズルと押し返されたのだ。

 だが、明日からはこうはいかないだろう。

 続けて戦うことの無謀さは、燕もよくわかっているはずだ。

 相手が自滅することを読んで、必ず持久戦にもつれ込ませるだろう。

 数日中に物資が届くことは間違いないが、持久戦にするわけにはいかない。

「ここからが、正念場だな」

「御意」

 熾闇の言葉に将軍達が短く頷く。

「翡翠、妙案はあるか?」

 誰もが聞きたい言葉を問いかける。

「遊軍を使いましょう。最初の一撃は北側からです。その後は、遊軍を率いる指揮官にお任せします」

「誰に?」

「──犀将軍にお願いいたしましょう」

 一切の表情を消し、火を見つめて軍師が囁くように告げる。

 薪の火が爆ぜ、辺りの静けさを余計に感じさせる。

 炎が生み出す陰影が、様々に揺れ、現か夢かと思いたくなる情景を紡ぎ出す。

「南から現れた軍が北側から攻撃……有り得ないことには弱いようでしたからね、燕は」

 今日の戦闘を思い出し、納得したように頷いた蒼瑛は翡翠が用意した地図を見る。

「もうひとつ、遊軍を。こちらは嵐泰殿にお願いいたします」

「遊軍をふたつだと?」

 遊撃する軍は、普通、兵力に余裕があって一軍である。

 その遊軍を二軍用意するということは、兵法の常道手段として有り得ない。

 今回の戦いにより燕の弱点を見出した翡翠が奇策を用いることを選んだのだと、誰もが悟る。

「数は二千五百騎ずつでよろしいでしょうか、両将軍?」

「多いぐらいですよ、軍師殿。お任せあれ」

「承知」

 軽口を叩く蒼瑛と、無駄を嫌う嵐泰が即座に了承する。

「本隊をふたつに分けます。一方は上将が、もう一方は利将軍にお願いいたします」

「利将軍に? 納得はいくが、それでは奇策にならぬのではないか?」

「御旗を予備のものを利将軍にお預けしましょう。麟霞様の傍にお立てになるとよろしいでしょう」

 その言葉に、一同は目を瞠る。

 第七王子麟霞は、第三王子熾闇と良く似ていると言われている。

 本人を知っていれば間違うことはないが、遠目には瓜二つで、見分けることは不可能に近いと思われている。

「影ですか……ですが、通用するでしょうか」

「利将軍には青牙殿を、上将にはわたくしが。燕は、わたくしがいる方を影と思うことでしょう。莱将軍は上将に、笙将軍は利将軍にお付きください。両翼が全く同じ動きをしなければ、意味がございません」

「……なるほど」

 ふたりの大将が指揮するふたつの軍、何時現れるかもわからぬふたつの遊軍。

 敵を惑わせ、攪乱するには充分だ。

 策のひとつとして考えつく者はいるだろうが、実行することは不可能だと誰もが思うだろう。

 だが、彼等の軍師ができると判断したのなら、可能なのだ。

 誰よりも彼女は将達の能力を把握している。

 そうして彼等は、軍師の言葉を信じている。

「では、より詳しい話を聞かせて下さい」

 青牙が一同を代表して翡翠を見つめる。

「わかりました」

 穏やかな微笑みを浮かべた軍師は、地図の上に駒を置き、彼女の考えた策を詳しく語り始めた。

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