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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
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 つかず離れずの距離を保ち、彩軍を翻弄し続ける蒼瑛と成明。

 時折、振り向きざまに矢を放ち、確実に射落としていくその妙技に、互いに互いの技量を感心しあう。

「巧いものだな、成明殿。どうだ? その技、彩に伝授してやっては」

「ご冗談を。先程の蒼瑛殿のお言葉ではありませんが、風を読めぬ輩に身に付けられようはずもないでしょう」

「はっはっはっは……おぬし、俺より毒舌だな。軍師殿がお聞きになったら、目を瞠られるぞ」

「軍師殿はご存知です! 何故、そこで引き合いに出されるのですか!?」

 純真な若者をからかい、愉しんでいた蒼瑛は、弦を引き絞り、矢を放つ。

 風下から追う彩兵の鎧の繋ぎ目へと矢が刺さり、弓勢に圧されて落馬する。

「お見事!」

「なんの、これしき。やはり、力では嵐泰には敵わぬか」

 親友の技量を良く知る青年は、少しばかり口惜しそうに呟く。

 矢を射掛ける彩の矢は、風下から風上へと向かうため、どうしても風に圧されて届かない。

 悠然と逃げるふたりにからかわれるように射掛けられ、矢は当たらず、怒りに我を忘れた彩軍は、誘われるままに奥へ奥へと兵を進める。

 この様な真似は、蒼瑛にしかできぬだろう。

 たった二騎で、大軍を相手に翻弄し、先導し続ける胆力の持ち主は、そうそういない。

 その点では、すっきりとした見かけの成明の意外なまでの剛胆さに、蒼瑛も感心していた。

「見た目は純情可憐なのだがなぁ……」

「は? どなたのことでしょうか?」

「おぬし」

「なっ!? 何故、可憐!? 某が!」

 ぼそりと漏らした蒼瑛の言葉を聞き咎めた成明は、聞き慣れない単語が自分を差すものだと知り、目を瞠る。

「軍師殿と話をするおぬしは、目許を赤く染めて、初恋に心ときめかせる乙女のようだともっぱらの評判だぞ」

「はっ!?」

 半分図星を指され、真っ赤になった成明は、蒼瑛を睨み付ける。

「まさか、そのような戯れ事を軍師殿には……」

「それこそ、まさかだ。言ったところで面白くもない。純粋な幼子に恋を語ったところで理解してはもらえぬさ」

 肩をすくめた美丈夫は、周囲に目をやり、にやりと笑う。

「さて、遊びはこれまでだ。また、あとでな」

「御武運を」

 蒼瑛の言葉に、表情を引き締めた成明は、こくりと頷くと、愛馬の胴腹に蹴りを入れ、駆ける速度を上げていく。

 本気で走り出した草原の民に、彩軍が追いつけるわけもない。

 左右に分かれて走る騎影を見失ったと彼等が戸惑ったとき、正面に颱軍が立ちはだかった。

「全軍突撃!」

 本隊を指揮する莱公丙と青牙が、手を振り下ろし、攻撃を命じる。

「……しまった! 謀られたか!?」

 たった二騎と侮り、夢中で追走していた彩は、自分達が颱国境より深く侵入してしまっていたことにようやく気付く。

「全軍! 応戦しつつ、退却」

 彩軍総大将は、咄嗟に逃げを打つ。

 国境を越えれば、颱は決して攻め入らない。

 それが、彼等にとって唯一最大の防御策であった。

 直ちに後衛まで命令が行き渡り、全速で自国へと戻ろうとしたとき、後方にも一軍が待ち受けていることに彼等は気付いた。

「……は、挟み撃ちに」

「後方の指揮官は誰だ!?」

 手薄な方を突破して逃げればよいと、もっともな判断を下した将軍達は、報告を待つ。

「こ、後方に……犀蒼瑛の姿が!」

「何っ!? 化け物か、あいつは!! 他には!?」

「二将軍を捉えた、利南黄と、嵐泰の姿も見えます!」

「……ええぃっ! 本隊を叩き潰せ! そうして、一気に王都へ上り、制圧する!」

 本国へ戻るのは難しいと判断した彩軍は、前進した。


「さすが、翡翠! 見事に読み通りだな」

 剣を振るい、辺りに赤霧を作り出しながら、第三王子熾闇が感心したように告げる。

 蒼瑛相手だとムキになって突撃してくる彩軍は、逆に利南黄や嵐泰が指揮を執ると早々に引き上げることが、再三の戦いでわかっていた。

 どうやら、利南黄や嵐泰の用兵方法が苦手なのだと知れれば、あとは非常に簡単である。

 犀蒼瑛指揮する一軍相手に蹴散らされても、以前の屈辱から逃げを打つことができない彩軍だが、痛手を受けるという点では利南黄や嵐泰と差はない。

 後方に彼等が現れれば、必然的に避けようとして前進するだろうという、翡翠にとっては実に単純明快な推測が成り立つのだ。

「何卒、油断なさいませぬよう」

 槍を手に、熾闇の左を護りながら、翡翠が無感動に告げる。

「わかっている! しかし、青牙のやつ、兵の動かし方が巧くなったなぁ。珀露を軍師につけ、総大将に任じても、そこそこの功績を上げるだろうな」

 休みなく剣を操り、周囲に目を配る総大将は、呑気に感想を述べる。

「いっそ、俺の役目を押し付けて、引退しようかなぁ、俺」

 白い鎧を目当てに次から次へと押し寄せてくる敵を薙ぎ払いながら、その脳裏に浮かぶのは『楽隠居』の文字である。

 王のため、国のための剣でありたいと誓う思いに偽りはないが、たまに平和な暮らしに憧れてしまうのは、人として当然のことかもしれない。

 のんびりと大陸を旅して、色々なことを学びたいと、漠然としたもうひとつの願いを持つ若者は、まだ十代半ばを過ぎたばかりだというのに、やけに年寄り臭い発想を浮かべることがある。

「……結構、良い考えかも」

「引退なされば、お部屋に女性が押し寄せますよ、間違いなく」

「うげっ! 即、放浪の旅だな」

「……家出の間違いではありませんか?」

 容赦なく事実を突き付けていく翡翠に、熾闇はがっくりと肩を落とす。

「物凄く嫌だけど、戦場の方が遙かにましだな。寝所に見知らぬ女性が潜り込んでいるよりは余程いい」

「苦労なさっておいでですね」

 言葉は優しげだが、同情の余地無しと言いたげな口調である。

「おまえなぁ……一回、同じ目に合ってみろ、嫌気差すぞ」

 実に嫌そうに告げているが、辺りでは悲鳴が上がり、そのつど血飛沫が上がる。

 平和そうな会話だが、これでも最前線で休みなく戦っているのだ。

「大丈夫です、似たような目に合っていますから」

「あー……巍の爺か……あれは強烈だったな。ん? 他にもあるのか?」

「不愉快なことは思い出したくないでしょう? 追求しないでください」

「…………わかった」

 無表情に答えられ、何となく怖いなぁと思った若者は、素直に頷く。

 寝所に見知らぬ女性が潜り込んでいるのは傍迷惑だが、それでも目には楽しい。

 だがしかし、寝所に見知らぬ男性が潜り込んでいたら、それだけで視覚への暴力である。絶対に見たくない。

 もちろん、綜家でそんなことは有り得ないのだが、もしそんなことになっていたら、確実に暴力行為である。

 一瞬、実に楽しくない場面を想像してしまった熾闇は、頭を左右に振り、その場面を打ち消す。

 つくづく男に生まれて良かったと、そう思ったときには、あらかたの決着はついていた。

「これで、終わりだな。後は、緑波軍に引き渡して、交渉を頼めばいいか」

 剣を振り、こびりついていた血を振り落とし、血脂を布で拭き取った熾闇は、それを鞘に収める。

「緑波軍はいつ来る?」

「間もなく到着する予定です」

 収拾をつけるように指示を出しながら、翡翠は主の問いに即座に答える。

「これで、一息つけるな」

「えぇ、そうですね」

 頷きかけた翡翠は、茜色に染まりかけた空に信じられないものを見出す。

「……上将、狼煙です。西国境より燕が侵入しました。我が軍に出動命令が下されています」

「なに!?」

 硬い声で告げる従妹の言葉に、慌てて天を振り仰いだ熾闇の表情が険しくなる。

「……翡翠、頼めるか?」

「御意」

 命令が下されたとあっては、従うほかない。

 こちらに向かっている緑波軍よりも、王太子府軍の方が機動力が遙かに上である。

 一刻も早く事態を収拾し、軍をまとめる必要があると、翡翠は伝令を呼び寄せ、矢継ぎ早に指示を出していく。

「上将! こちらの装備が足りません。短期間に燕を潰さねば、こちらが不利です。女子軍に出動を要請し、物資輸送と燕への工作を命じました」

「わかった。おまえにすべて任せる」

 誰よりも信頼する半身に頷き、熾闇は手綱を握り締める。

「一難去ってまた一難というが、難問が多すぎる!」

 苦々しく告げる若者の頭には、すでに『楽隠居』の文字は消え去っている。

 狼煙に気付いた緑波軍が、進軍の速度を上げ、予定より早く合流してくれたため、彼等は負傷者を置いて西へと急行した。


 束の間の平和を享受していた西の地に、新たな動乱が呼び起こされようとしていた。

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