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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
96/201

96

 彩の将軍達が捕らえられ、交渉のために颱からの遣いが寄越された。

 その遣いが、うら若き、見目麗しい乙女達ということに、彩は度肝を抜かれた。

 可憐な侍女の装いの娘達は、敵陣直中というのに怯えた様子も見せず、婉然と微笑んでいる。

 それもそのはず、彼女達は女子軍の中でも武勇を誇る者達なのだから。

「我が主よりの書簡、確かにお届けいたしました」

 にこやかに、淑やかに告げる娘達に、彩の武将達は困惑で眉をひそめる。

「この様な場所に女? 女官を連れて戦など、颱の王族は何を考えているのだ」

「お控えなさいませ。使者への侮辱、何人たりとも赦しませぬぞ! 我らが仕えるは王子に非ず。勝手な憶測は止めていただきたいものですわ」

 凛とした態度を崩さず、楓が彼等の言葉を封じる。

「確かに。書簡の主は、王太子府軍副将綜翡翠とある。高貴なる姫君となれば、側仕えの者が必要となろうな。さて使者殿。返答はいかが致す?」

 彩の総大将は、書簡を近くにいた将軍に手渡すと、娘達に問いかける。

「いかようにも。我らは書簡を渡すことを申しつけられたのであって、返答については何も言われてはおりませぬ。我らに言伝なさるかどうかは、ご随意に」

 にっこりと笑って答えた鈴蘭は、将軍達に視線を流す。

「どの様な返答をなさいましょうが、我が主はお伝えしたことを実行なさいます。もっとも、お留まりいただいております二将軍は、我らが心を込めてお世話させていただいておりますが、彩にお帰りになりたくないと仰っておられましたが」

 すでに捕虜となった将軍達が、颱の美姫の色香に惑い、道を失ったという噂が流れている。

 それと時同じくして、将軍達が怪我らしきものもなく捕らえられたのは、初めから颱と通じていたからだという噂も流れていた。

 これ程までに美しい侍女達の姿を目の当たりにし、色香に惑わぬと言い切れぬ者は少ないだろう。

 単なる噂と切り捨てるには、目の前の事実はあまりにも強烈すぎた。

「それでは、我らはこれにて失礼させていただきましょう」

 笑みを浮かべたまま、女子軍の主だった士官たちは、優雅に一礼をして彼等に背を向け歩き出した。


 それから数日後、国境付近に十数人の影があった。

 騎乗した者が四名、後ろ手に縛られた徒歩の者が十数名。

 犀蒼瑛と笙成明は、捕虜を返すという名目でこの場に来ているのだ。

 虜囚となった将軍達が、他の捕虜と共に自軍へ戻るために命乞いをし、兵を退き、今後二度と兵を起こさぬと条約を締結し、颱の同盟国となることを誓ったため、正式に条約を結ぶため、総大将はこの捕虜を受け取りに来るようにと翡翠が書簡で伝えたためだ。

 もちろんそれは偽りであり、彩も鵜呑みにしないことは、百も承知である。

 だが、形は重要である。

 約束通り、蒼瑛と成明が引き渡し役として、また条約締結の誓約書に署名見届け役としてこの場にいる。

 彩は裏切り者と、憎き敵将を打ち倒すために、こぞって国境を越えてくることだろう。

 当然、王太子府軍が迎え撃つことも考慮していることだろうが。

 ここで、先日の茶番が意味をなしてくる。

 何も知らぬ状態でこの場へ連れてこられたのなら、彼等はこれが罠だと即座に味方に訴えるだろう。

 だが、その自分たちも罠にかけられていると承知していたのなら、まず、我が身の弁明が先となる。

 翡翠に悪趣味と言わしめた蒼瑛の茶番が、指揮命令系統への僅かな隙を作る。

 茶番の重要性を承知していたがゆえ、翡翠も蒼瑛に付き合ったのだ。

「さて。御味方は来てくださいますかね」

 空を見上げ、雲の位置を確認した成明が、のんびりと告げる。

「来てくださるだろうよ。裏切り者は始末しないとなりませんからねぇ」

 同じくのんびりとした口調で物騒なことを答える蒼瑛。

「そのような戯れ事を信じるような我が軍だと?」

「信じるでしょうよ。人は疑いやすいもの。見たいものしか見ないもの。裏切りの証拠を挙げられ、それでも無実を信じ切れるものはそう多くはないでしょうからな」

 人の悪い笑みを浮かべた蒼瑛は、ことさら彼等をからかう。

「では、同じことをおぬし達にも言えるな。今ここで、我らがおぬし達に不利なことをあの軍師に伝えたら、何とするか?」

「どうぞ」

 くすっと笑った蒼瑛は、焦りもせずに応じる。

「できれば、華々しく信憑性がある罪状にしていただきたいものです。そうでないと、あの方は疑いすら致しませんから」

「は? なんと?」

「どんなに嘘を重ねようとも、軍師殿は真実を読み取る眼をお持ちでね、我らのことを疑うどころか、有名になったとお褒めくださるでしょうよ」

 くつくつと余裕の笑みを浮かべ、答えた青年は、困ったように肩をすくめる。

「敵の策に名を連ねてもらえるほど、有能な将となった証ですねと仰っていただけるでしょう。上将に至っては、羨ましいとすらお言葉をいただけそうです」

「貴殿の大将が、真実を見抜けるかそうでないか、楽しみですな」

 本心から楽しげに笑うふたりの将軍に、囚われの将達は奇異なものを見つめるような眼差しを向けた。


 蒼天冴え渡る中、約束の刻限より四半刻も早く、彩軍は現れた。

 ただし、条約を締結するためではなく、犀蒼瑛将軍を仕留めるためであった。

 声を届けるより早く、矢を一斉に射掛ける。

 矢雨が降り注ぐかに見えたが、風によって押し流され、見当違いの方向へと落ちていく。

 矢を射掛けられても緊張した素振りも見せなかった美丈夫は、この情景に上品に袖で口許を覆い、吹き出した。

「間抜け」

 率直すぎる感想をぼそりと口にする。

「蒼瑛殿! いくらなんでも、そこまで正直なのは失礼ですよ」

 笑いを堪え、表情を歪ませる成明が窘めるように告げるが、結果としてはどちらも失礼に変わりない。

「風向きと風速を読めず、矢を射るなど、見習いでもやらぬ失策ではないか! 間抜けが悪いなら、阿呆と呼んでやる」

「ですから、蒼瑛殿。自ら好んで敵を増やしてどうなさるおつもりですか?」

「俺が増やしているわけではなくて、勝手に増えていくだけだ。俺は何時だって俺自身に正直に生きているだけなのだぞ。それを狭量にもいちいち目くじら立てる方がおかしいのではないか。そういう考え方もあるのだと聞き流してしまえばそれまでではないか」

 あまりにも堂々とした意見に、思わず納得しかけた成明だったが、寸前の処で思い止まる。

「実際、そういう奇特な方がいらっしゃるわけないでしょう」

「いらっしゃるぞ。陛下と峰雅様と熾闇殿に綜家の方々が。あれには俺も驚いた。国の中枢があれだけ呑気で、よく大国だと体面を保てるものだと感心したぞ」

「……ですから……」

 言葉を選んでくださいと、脱力しながら成明が力無く訴える。

「しかし、まぁ、味方が居ると判っていて、矢を射掛けるとは、貴殿らの命はいらぬものと見える。裏切り者の札を貼られたか、それとも役立たずの捨て駒にされたか」

 実に楽しげに告げる蒼瑛は、彩の動きを面白そうに眺めている。

「いずれにせよ、戻ったところで歓待してはもらえぬようですな。今はひとまずこの地を去り、機会を見て汚名返上するか、捨て駒にした者達に復讐するか、それとも颱に寝返るか、貴殿らが取るべき道は少ないようですよ」

 にっと笑った蒼瑛は、佩刀していた剣を抜き、構える。

「愚かなり、彩軍よ! 約定守りし我が国に裏切りの刃、向けるは、自ら滅びを受け入れることぞ。自国の民を見捨てたおぬしらの命運は尽きた! この事、天は確かに見届けた!」

 弓を捨て、剣を振りかざし、向かってくる彩軍に、犀蒼瑛は大音声で見得を切る。

 それは、彩に対する警告ではなく、近くで窺い見る他国の間諜に聞かせるためであった。

 自国の民を護らぬ国は信用ならぬと、商隊が交易路を拓かぬように噂を流すためでもある。

 そうして、簡単に民を見捨てる軍、ひいてはそれを許す王などいらぬと、彩国内で内乱を促す火種を投げ込んだのだ。

 たった一言の正論で、幾重にも波紋を起こす蒼瑛を、翡翠が悪趣味と断じたのは当然だろう。

 大本の策を練ったのは翡翠だが、あちこちに枝葉をつけた蒼瑛が導き出す結果を正確に把握してしまう彼女こそ人間が悪いと青年は思っている。

 これから各国の間諜達が、こちらの思うままに踊ってくれることを承知して、蒼瑛は剣を振り下ろす。

 切ったのは、捕虜達を戒める縄であった。

「己が思う道を進まれよ、客人達。巻き込まれたくなければ、東を目指すとよろしいでしょう。では」

 次なる罠に誘い込むために捕虜を解放した蒼瑛達は、手綱を引き、馬首を返すと胴を蹴り、内地に向かって駆け出した。

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