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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
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94

 天幕から出てきた黒髪の軍師は、蒼天を見上げ、佇む青年の姿に足を止めた。

「成明殿」

「あ……翡翠殿」

 名を呼ばれ、驚いた様に振り返った青年は、耳を赤く染め、狼狽える。

 彼女の姿に気付かず、空を眺めていたところを見られ、恥じ入っている様子だ。

「どうなさいましたか?」

 それに気付かない振りをして、翡翠は穏やかな表情で問いかける。

「あ、いえ。上将とのお話はもう……?」

 躊躇いがちに、だが笑みを浮かべて成明は小首を傾げる。

「えぇ。終わりました。あ……そういえば、成明殿は成人の儀はどの様になさいましたか?」

 穏やかに頷きかけた翡翠は、ふと思いつきで質問してみた。

「成人の儀……ですか。ごく普通に……」

 瞬きを繰り返し、娘の言葉の意味を考えながら答えかけた青年は、僅かに表情を動かす。

「あ……あの! 私の場合、王族や大貴族の方々とは違いますので、髷を結い、加冠の儀を経た後、官位を戴き、衣装を改め、両親に報告及び感謝を伝えるという流れで終わりとなります」

「え?」

 兄達の儀式の時と段取りが違うことに気付いた翡翠は、驚いた様に成明を見る。

「違うのですか?」

「はい。王族の方々は、この後お披露目の儀式に移ります。儀式に招かれた客人の食を振る舞い、もてなし、まこと成人となった証を立てることになっておられるのでしょう? 我々にはそこまでする必要がないのです。民人に至っては、成人の儀などありません。働けるようになれば、一人前とみなされるからです」

「そう、なんですか……」

 てっきり同じなのだろうと思っていた娘は、考え込むように指先を唇にあてる。

「もしかして、上将の儀式でしょうか」

「えぇ、まぁ」

「やはり、お嫌なのですね。中には羨ましいと仰る方もいらっしゃるようですが、上将のお気持ちもわかりますよ。相手の姫君に対して、失礼ですしね」

「失礼、ですか?」

「ええ」

 僅かに嫌悪の滲んだ表情で告げる成明に、翡翠は意外そうな表情を浮かべて問う。

「閨に招かれる夜語りの姫は、側室に迎えられることはあっても、正妻には選ばれません。側室にならない方もいらっしゃいます。成人の証の為だけに、その様なことが許されてもよいのかと、私は思うのです」

「……成明殿に選ばれた姫は、お幸せですね。その様に誠実に考えていただけるなんて。そうでした、わたくしとしたことが情けない。そんなことにも気付かなかったなんて……」

 ただ子供のように嫌がる熾闇が納得するようにとしか考えていなかった翡翠は、成明が指摘した面について全く考慮していなかったのだ。

 王族の手がついたということは、その姫にとって不名誉ではない。むしろ、家同士の縁組みでは有利に働く。

 それゆえ、その件に関して選ばれることを嫌がる娘があまりいないことを承知していたため、考えつかなかったのだ。

「いえっ! その様なことは……考え方が古いのだと蒼瑛殿に笑われてしまいますが、どうしても納得がいかなかっただけです。それに、男と女性では、考え方が全く違うようですし……」

 焦って、困ったように答えた成明は、翡翠から目を逸らし、頬を染めている。

「それは、そう、ですね。嫁ぐなら、少しでも条件の良い方と思うのが普通ですもの」

「条件、ですか?」

 翡翠の言葉に成明は顔を上げる。

「あの……条件、とは?」

「えぇ、もちろん、家勢です。女は自分の子供が一番大切なのですわ。大切な子供を育てるためには、いくら名家であっても没落したところでは安心して育てられませんもの。それに、夫の寵愛を独り占めできるわけではありませんから」

「それは……ですが、あなたを妻に得られるのなら、他の女性を傍におこうなどと思うような男はおりませんよ」

 翡翠が口にしたのは一般的な考え方だとわかっていても、成明は聞き捨てならないとばかりに答える。

「人の気持ちはその人だけのもの。どなたにもわかりません。特に、人を恋うる気持ちは、見た目とは裏腹なもの。従兄上様や姉上を見て、そう思いました。恋を知らぬわたくしには理解できませぬ」

「想いは人それぞれと申しますからね。それでも、私は幸せだと思います。想う方が健やかで、微笑んでいらっしゃる。ただそれだけで、心穏やかで幸せになれます。例え、振り向いていただけなくとも、その方が幸せでいらっしゃるだけで、私は充分です」

「成明殿に想われる方はお幸せですね。わたくしにも何時かその様な方が現れるのでしょうか。わたくしを見てくださる方が……あ。申し訳ありません、こんな処でお引き留めして。それでは、また、後ほど」

 笑顔を作った娘は、青年に一礼すると、自分の天幕へと歩き出した。

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