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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
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85

 本陣の大将天幕で、翡翠からの報告を受けた熾闇は、間抜けなほど驚いた表情を浮かべていた。

「新年祭はいいとして、舞うのか、女舞を?」

「はい」

「……いいのか?」

「不本意ながら」

 思わず念を押しながら、従姉妹の表情をつぶさに観察してしまった若者は、不承不承頷く彼女に、どう対応すればよいのかわからず、困ったように眉を寄せる。

「不本意なら、舞わずとも良いのではないか?」

「不本意ですが、仕方ありませんので」

「……蒼瑛が言い出したんだな? おまえはいつも蒼瑛や嵐泰には甘い」

 彼女をこの状況に追いやった犯人に気付いた若者は、肩をすくめ、小さく笑う。

「上将には王代理のお役目をお願いいたしたく」

「仕方ない。総大将の仕事だな」

「はい」

 頷く翡翠に、熾闇の笑みが深くなる。

「王都で舞うよりは、おまえも気が楽だろう。男舞は誰にさせるんだ?」

「晴璃様がよろしいかと存じます。麟霞様が今年舞われましたから」

「そうか。蒼瑛にはおまえを不快にさせた罰を与えねばな。仮祭の指揮を奴に任せる。本来なら利将軍に頼むべきだが、言い出した責任を取ってもらわないとな」

 ささやかなお返しをしてやろうと、笑う熾闇に、翡翠も苦笑する。

「罰にはならないように思われますね」

「果たしてそうかな? 仮とは言え、ヤツのことだ、大祭と同じくしようと企むはずだ。王族の儀式に関しての知識を嵐泰から聞いていれば問題なかろうが、口が堅い男が話すわけもないからな。せいぜい苦労してもらうさ」

「……まぁ」

 我が意を得たりと説明する主に、綜家の娘はくすくすと笑い出す。

「熾闇様は、祈りの儀式で何を願われるのですか? 国の安寧と戦の勝利、そして三つ目の王個人の祈りで」

「秘密だ。俺自身のためではないが、白虎殿なら必ず聞き届けてくれるだろうことをだ」

「翡翠に教えてくださらないのですか? 我が君の願いを叶えていただけるよう、わたくしも心を込めて舞いましょうに」

 国と民のために祈る王のために、最後のひとつは王個人の願いを祈ることを許されているのだが、その願いを口にしない王子を柔らかく詰る翡翠の言葉に、熾闇が僅かに頬を染めた。

「我が君?」

「あっ! い、いや。なんでもない……」

「何を狼狽えておられるのですか? 口に出せないような願いなのですか?」

「違う! 本当に、違うからな」

「何が違うのです?」

「口に出せる願いだと言うことだ。でも、教えない」

 頬を染めながらも、少しばかりムキになって応じる熾闇に、翡翠は首を傾げる。

「本当に、ささやかな願いだ。それを願うことが、俺にとっても幸福だと感じる」

 僅かに目を細め、柔らかな笑みを浮かべて告げる若者は、確かに嬉しげにも幸せそうにも見える。

 彼のささやかな願いとは、乳兄弟が幸せになってくれること、であった。

 以前の彼なら、一緒にあることを望んでいたが、今現在の彼は、純粋に彼女の幸せだけを望んでいる。

 それが、どんな気持ちから発しているのか、まだわからないが、他のどんな感情よりも強い願いであることは確かであった。

「叶うと、よろしいですね」

「あぁ。そう思う」

 それ以上問い掛けはしなかった翡翠が、優しく微笑む。

「この戦が終われば、しばらくの間は平穏が保たれると思う。北が元通りになるためには数年掛かるだろうし、西も羌が滅んでからこちら勢いがない。南の彩がおとなしくなれば、数年間、ほんの僅かな時間かもしれないが、戦がなくなる。その間、政治的取引なんかで恒久的に平和が保てるように文官達がしてくれると助かるが」

 柔らかな表情のまま、熾闇は話す。

 床几から立ち上がり、従妹の傍へ歩み寄ると、彼女に手を差し延べ、立ち上がらせる。

「そうなれば、戦しか能のない俺はお払い箱だな。暇になる。そうしたら、陛下に願い出て、旅に出ようと思う」

「旅、ですか?」

「あぁ。他の四神国を巡ろうと思ってな。幼い頃、良く、白虎殿のお遣いで行っただろう? 他の国では滅多に戦が起こらない。何処がどう違うのか、この目で確かめたい。おまえも一緒に行くか?」

 澄んだ宝玉のような瞳を至近距離から覗き込み、熾闇は問いかける。

「はい」

「燁の李家に舞を習うのもいいだろう。淙は、楽の名手が多いと聞く。楽しみだな」

 戦のない日々、その日を夢のように願ってきた若者は、一時とは言え、その願いが叶う間の計画を語る。

 そうして、ふとある事に気付いた熾闇は、翡翠を見つめ、瞬きを繰り返すと、自分の肩の辺りと翡翠を見比べる。

「熾闇様?」

「あれ? おまえ、そんなに小さかったっけ? そんなことないよな。背、高い方だし……え? でも?」

 以前は、彼の口許辺りに翡翠の瞳があったのに、今気付いてみると、娘の視線の位置が彼の肩辺りになっていることに驚いている。

「熾闇様の背が伸びているんです。以前は蒼瑛殿と同じくらいだったでしょう? 今は、蒼瑛殿より高くなっておられますよ。気付かなかったのですか?」

 呆れたように告げる翡翠に、熾闇は素直に頷く。

「全然気付かなかった。嵐泰より、大きくなると思うか?」

「さぁ、そこまでは……」

「あ、でも、なんか、いいかも」

 ニッと悪戯っぽく笑った若者は、翡翠を抱き寄せる。

「腕の収まり具合がいいから、くっつきやすい」

「熾闇様!」

 ぎゅうっと力を入れて抱き締めてくる王子に、翡翠は藻掻いて逃れようとする。

「暴れるなって! あ、甘くていい匂いがする。それに柔らかい。あぁ、あれだ! 何かに似てると思ったら、仔猫、抱き上げたときの感触に似てるな」

「引っ掻きますよ!」

「わっ! 待て! 動くな、髪が……」

「痛っ!」

 ふざけていた熾闇だったが、肩の飾り留め具に翡翠の髪が絡まったことに気付き、大いに慌てた。

 逃れようと足掻く翡翠を抑えたときには時すでに遅し。

 均衡を崩して、ふたりとも床に座り込むハメとなった。

「上将! 何事ですか!?」

 定時の報告にやってきた笙成明が、鈍い物音に気付き、慌てて駆け込んでくる。

「上将! 軍師殿……?」

「いたたたた……あ、成明か」

 片腕で翡翠を支え、残る一方で腰をさすっていた熾闇は、走り込んできた将に声をかける。

「丁度良かった。俺のわるふざけがすぎて、翡翠の髪が俺の飾り留め具に絡まってしまったんだ。解くの、手伝ってくれ」

「……はぁ……」

 痛そうに涙目になっている翡翠と、きまり悪げに告げる熾闇を見比べ、何とも締まりのない返事をした成明は、訳も判らずに見事な黒髪を痛めないように飾り留め具から外す役目を仰せつかったのであった。

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