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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
83/201

83

 第三王子が東宮の自室に隠っていたのは、本人が思うよりも永い時間であったと、王太子府へ出てきて初めて理解した。

 記憶していた周囲の景色と、実際の景色とでは、ひとつの季節が半分近く進んでいた。

 王都に到着したのは夏の終わりと思っていたが、今はすでに秋が深い。

 暫くぶりに姿を現した主君に、将達は好意的な表情を向ける。

「大変なお立場だとは思いますが、羨ましいですな。言い寄ることなく花々が蜜を自ら与えようと寄り添うなど」

「いくらでも代わってやるぞ」

 からかう蒼瑛に、熾闇は苦笑混じりで答える。

「おや、これはありがたい申し出でございますな」

「俺としては、正直、おまえが羨ましい。おまえに蜜を与える花は、おまえ自身を見ているのだから。それなら苦労のしようもあるというものなのだろう?」

 恋愛自体を拒否しているような潔癖さを持つ熾闇とは思えない切実な言葉に、さすがの蒼瑛も虚を突かれたような表情になる。

 そんな親友をじろりと睨んだ嵐泰が、主を慰める言葉を捜す。

「苦労をなさりたい相手が現れましたかな?」

 主の鬱屈を知る利南黄が、労るように声を掛ける。

「いや。わかってはいたが、俺を俺としてではなく、ただの飾りと見る輩に望まれたところで、疎ましい以外の何ものでもないと再確認しただけだ。無頼だと思われようと、俺にはここの方が心地良い。戦場でしか生きられないのだろうな。俺は王には向かないと、夫に値しない男なのだと気付いてくれればそれで良い」

「その場凌ぎの一夜の恋には向いていると聞こえますが?」

「蒼瑛!」

 真摯な熾闇の言葉を逆手に取った蒼瑛のからかいに、嵐泰が鋭い制止の声を上げる。

「冗談の通じない男だな。一途な恋もよろしいが、相手に己の理想ばかりを押し付けるのも、どうかと思われますが」

 冷ややかに親友を一瞥した蒼瑛は、先程とは裏腹に穏やかな表情で告げる。

「……なるほどな。蒼瑛の言葉はさすがに理がある。肝に命じよう」

 再三に渡って忠告をしてくれる伊達男の言葉に苦笑を浮かべた熾闇は、素直に頷いた。

「だが、もう少しわかりやすい言葉にしてもらえると助かる。俺は、翡翠ほど頭が良くない」

「そこの朴念仁がわからなかったことに気付かれただけ、殿下は充分に賢いと思いますが。戦場では、我らが命を預けるに相応しく有能な方ですが、殿下はまだお若い。平素で人の表面を見てそれがすべてだと思われますな。命のやりとりだけが人の世の戦ではございません」

「苦手だと言うだけですまされる話ではないな。耳が痛い。そうだな、あの者達も己の戦場で戦っているのだな。得るのが俺というのでは、いささか安い戦いのような気もするが」

 肩をすくめ、苦く応じた熾闇の言葉に、嵐泰が目を伏せる。

 想いを言葉にすることが苦手な青年としては、主に対して掛ける言葉を見つけることができないでいるようだ。

 そうして、彼もまた王族であるが故に、熾闇と似たような状況に身を置いていることも事実である。

 そのことに気付いた熾闇はふと興味に駆られ、嵐泰を見上げる。

「紅牙や青牙もそうだが、嵐泰はどうやってあれを断っているんだ? おまえも王族だし、俺より随分と見目も性格も良くて、年上だ。普通、女というものはおまえのような男を好むのではないか? 蒼瑛も確かによくもてるが、夫にするなら誠実な性格のおまえの方だと翡翠が言っていたぞ」

 明らかに興味津々とした言葉を向けられ、親友に朴念仁と評される武骨な男は傍目にもわかるほど狼狽えた。

「……怖がられたことならありますが、好まれたことは……」

 言葉を濁すように告げる嵐泰の横から親友が口を挟む。

「この男を好む姫君方は、内気な方が多いようで、押し掛けるようなことはないようですが、気を利かせた身内が頼まれもしないのにしゃしゃり出るという傾向にあるようです。まぁ、この男の断り方も面白味の欠片もありませんがね」

「面白がられてたまるか! 俺はおまえの娯楽ではないぞ、蒼瑛」

「おまえをからかうのは、人生の醍醐味だ。殿下、この男は、心に想う者がおるゆえ、申し出は受けられぬと、それはもうありきたりに断っているのですよ。誠実そうに見えて、実は不実な男ですよ、その様な相手はおらぬのですから」

 あっさりと真実をばらした蒼瑛は、素早く親友の手の届かぬ場所へと逃げ延びる。

 珍しく口惜しげな表情を浮かべた嵐泰が、憮然とした顔になり押し黙る。

「なるほどな。そういう断り方もあるのだな」

 それなら相手も納得して引き下がるだろうと感心した熾闇だったが、自分にその口実が使えないことを悟ると残念そうな表情になる。

 誰もが憧れる身分が足枷になるなど、できれば知りたくなかったと思う若者であった。


 総大将が王太子府へ顔を出すようになり、王太子府軍はようやくまともに機能し始めた。

 第三王子が執務室で真面目に仕事に打ち込むようになると、煩わしいほどに面会を求める貴族の姿がぴたりと消え去った。

 長期に渡る戦が始まるかも知れないという噂が貴族達の間に広まっていったからである。

 民達には、戦が始まるという噂はいつもと同じ程度に流れていたが、期間については全く広まってはいなかった。

 戦はあくまで貴族と職業軍人の間のことであり、民人の生活には何ら影響ないように心配りすることが文官達の仕事であったからだ。

 ぞくぞくと寄せられる彩に関する情報を基に、参謀室が戦に必要な備えを試算していく。

 軍の構成と必要人員、戦の期間を想定し、それに基づいて食料などの物資の量を見積もる。

 戦が行われるか行われないか、開戦した場合、調停や勧告が受け入れられるかどうか、開戦するとしたら何時、何処で、どの様に、どれくらいの規模で行われるのかなど、ありとあらゆる場面を寄せられる情報から判断し、最悪に備えての準備が進められていく。

 参謀室が最も忙しい時期が、開戦前と収束後なのだ。

 一旦、開戦したら、その場面に応じて予め用意していた作戦を提案し、その結果をまとめていくことになる。

 その殆どの作業を翡翠一人が行うので、戦が始まってしまえば参謀室に身を置く者達は書記係の仕事しかしなくなくなるのだ。

 連日の会議を将達と行っている熾闇は、あれほど騒がしかった身辺が急に静かになったことに気付かない。

 ようやく納得いく結果を導き出した彼等は、騎兵をまとめ、国境南部に向けて出立した。

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