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白虎の宝玉  作者: 西都涼
揺籠の章
8/201

「お役目、ご苦労様でした。犀蒼瑛殿」

 王太子府にある熾闇の居室を訪れた犀蒼瑛は、麗しの碧軍師の満面ある笑顔に迎えられた。

 王宮の広場ではいまだに新年を祝う風舞が行われている。

 だが、ここには主役である白虎神と王家第三王子がしっかりとお互いを牽制し合うように睨み合って座っている。

 確か、彼の主が今年の男舞を受けていたはずだが、見事に崩された髪と衣装は、見る影もない。

「南の様子はいかがでしたか? 良い獲物が捕れたのでしょうか」

 珍しく煌びやかな軍師の正装に身を包んだ少女が、実に上機嫌にそして気さくに蒼瑛に声をかけてくる。

「はい。我が軍師殿のお姿を拝見できぬ日々は辛うございましたが、良い獲物を手に入れて参りました。あとで、正式にご報告いたしましょう」

 翡翠に負けぬくらいにこやかに、王太子府軍随一の美丈夫は笑みをたたえ、如才なく答える。

 どこかふてくされたような表情で、椅子の上に胡座をかき、頬杖を付いてあらぬ方を眺めている王子と、翡翠の傍に寝そべり、彼女の足に尾を絡めて御機嫌取りをしている白虎神の姿から、軍師が非常に怒っているのが判る。

 少女ながらに王子の右腕となり、戦場を駆ける若き軍師は、その雄壮な印象とは裏腹に非常に物静かで穏やかな性格をしている。常に冷静沈着で慈悲深い彼女は、滅多なことでは感情を乱さない。その彼女が怒っているとなると、やはり原因は傍にいる王子と神獣であろう。

 傍観者としては非常に面白い展開であるため、蒼瑛は素知らぬ振りで笑顔を浮かべている。

 このあたり、蒼瑛が他の軍で厄介者扱いされていた所以だろう。

 したたかで食えぬ性格をしているため、上司としては扱いづらいことこの上ない。

「それは、嬉しい知らせです。最近、南の治安が悪いとか……蒼瑛殿はお気付きになられましたか」

 婉然とした笑みを浮かべながら、少女は柔らかな声で尋ねる。

 会話は、蒼瑛と翡翠の間のみ成立している。

 この部屋の主たる熾闇と、守護神獣をしっかり無視し続ける綜家の娘の態度から、相当怒りが深いことを悟った男は、わずかに笑みの種類を変えながら、小さく頷く。

「夜盗が少々国境付近を彷徨いておりましたので、手慣らしに追い払っておきました。なに、大したことではございませんでした。奴等、彩へと逃げ込みましたので、念のため、彩へ使者を送り、喚起を促して参りました」

「それはよろしいことを……して、返答はいかに?」

「十分注意するとのことでした」

「それは……くっ」

 済ました顔で会話を続けていた二人は、とうとう吹き出してしまう。

 国境を越えてきた彩国軍を無頼の夜盗として迎え撃った蒼瑛は、わざわざご丁寧に使者を立て、夜盗に注意せよとの文を送ったのだから、面の皮が厚い。

 今頃、彩国では煮え湯を飲まされたような思いをしていることだろう。

「これで後顧の憂いが晴れましたな。次は奏国との会戦を待つのみ、と」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた蒼瑛が、まっすぐに翡翠を見つめる。

「いえ、まだです。羌が残っております。晋は、我が国との友好関係を望んでおり、羌はその晋と颱に挟まれています。羌が静を選ぶか、動を選ぶかにより、政局が変わるでしょう。羌の女帝は血を好むとか……愚かしいことに首を挟まねばよいのですが……」

 ふと花の容を曇らせ、哀しげな表情で告げる少女に、王子が何か言いたげに顔を向けたが、彼女は無視したままである。

 それに気をよくした白虎が、顔を上げ、慰めるように彼女の足に頭を擦り付けたが、これもまた無視される。

 ショックを受けた白虎は、せせら笑う熾闇にキッと怒りの眼差しを向ける。

 話題が話題なだけに言葉を噤んでいた蒼瑛だが、あまりにも大人気ない光景に額に手を当ててしまった。

「……翡翠殿。身分を弁えず、非常に出過ぎた真似だということは重々承知の上でございますが、なんとかなりませぬか、それ」

 主と守護神獣を指でさし、『それ』呼ばわりした男は、呆れたように肩を落とす。

 その指を視線で辿った少女は、つんと顎をあげ、知らぬ顔をする。

「わたくしにはよく見えませぬが、そこに何かありますか、蒼瑛殿」

 頑固なまでに無視を続ける少女の態度は、ある種、天晴れと言いたいところだが、これ以上はあまりにも気の毒である。

 年長という立場を利用し、蒼瑛は穏やかに声をかける。

「原因は、この方々の性格を考えれば、非常によく判りますが、元来、男というものは心許した者の前では甘えたいもの。少々のおいたは、笑ってお許しなさい。それ、熾闇殿など今にも泣きそうな顔ではありませぬか。あれは、母親に叱られた子供の顔ですよ」

「何だと! 蒼瑛!」

 蒼瑛の言葉に、ムッとした少年は、思わず声を上げたが、ちらりと向けられた翡翠の視線にすぐに大人しくなってしまう。

 その様子に、ぷっと吹き出した少女は、袂で口許を隠し、クスクスと笑い出す。

「あなたもそうですか、蒼瑛殿?」

「勿論ですとも。翡翠殿がお許し下されば、存分に甘えさせていただきたいものです」

 余裕の流し目を送り、にこやかに告げる美丈夫に、翡翠は軽やかに笑う。

 これが普通の娘であれば、頬を染め、すぐに頷くことだろうが、彼女にはそれは通用しない。

 むうっと唸る白虎と熾闇に苦笑しながら、蒼瑛は優しげな視線を翡翠に向ける。

「では、蒼瑛殿に免じて、此度は怒りを収めることに致します。二度はございませぬこと、肝に命じて下さいませ、我が君」

「……わかった」

 仕方なさそうに頷き、髪に手をやった少年は、はっとしたように手を止め、慌てて降ろす。

「ご覧になって下さいませ、蒼瑛殿。何時間もかけて整えた御髪と衣装が、ほんの数刻もしないうちにこの様な有様に……女官に申し訳が立ちませぬ。あぁ、情けない」

 わざとらしくも切なそうに、翡翠は蒼瑛に熾闇の出立を訴える。

 あの大人気ない喧嘩よりも、こちらの方が翡翠としては腹に据えかねたらしい。

「そりゃ、おまえがこいつを甘やかしすぎるからだぞ、翡翠」

 少女の怒りが溶けたのを見計らい、白虎が横から口を挟む。

「何だと! 白虎殿こそ、その姿をいいことに翡翠に甘えてばかりだろう!」

「羨ましいか?」

「…………御二方」

 早速言い争いを始めた二人に、翡翠が静かに声をかける。

「これはまた……」

 呆れたように溜息を吐く犀蒼瑛。

「気があってますな」

「でしょう? ここなら、まだしも、王太子府の外でされては、困ります」

 しみじみとした口調の軍師の言葉に、男は納得して頷く。

「蒼瑛殿、ここはそのままに、舞台の方へ参りませぬか? そろそろ燁の舞姫が舞われるはずですが」

「おお! 実はそれが目当てで急ぎ戻って参ったわけですよ、わたしは。参りましょうぞ」

 嬉々とした顔で頷く色男と促し合い、翡翠は王子達を置いて会場へと向かったのであった。



 綜家の末子が、王宮に呼ばれたのは、風舞が終わって数日が過ぎた日のことであった。

 突然の召還に、戸惑いを覚えた風でもない碧軍師は、指定された場所へ采配を手に訪れた。

「……忙しいとは知っておったが、無理な招きに応じてくれたこと、礼を申すぞ、綜翡翠」

 どっしりとした声が、労るように床の上で平伏する少女にかけられる。

「面を上げられるといい、碧軍師。王の御前であろうと、そこまで徹底して臣下の礼を取らなくても、そなたは王の血縁者。王も許されておりますよ」

 その隣からかかった柔らかな声。

 若い、だが線の細い男の声。

「左様ぞ。我が息子の乳兄弟にして、我が姪の姫。顔を上げるがよい」

 颱国王陛下から直々の声をかけられても、翡翠は頑なに臣下の礼を取り続ける。

 ひとつは、綜家の姫を母に持つ現颱国王に対して忠誠を捧げるという意味であり、王位に対して何の私心をもっておらぬことを示すことであり、そうして、軍師が軍の最高司令官に対して敬意を払っていることを顕わしていた。

「翡翠」

 なおも促され、翡翠はようやく顔を上げた。

 正面の玉座に座る王とその右手に座る第一王子。

 そのどちらも翡翠が仕える第三王子に面差しが似ている。

 名実共にこの国を治める覇気溢れた王と、病弱ながら政治面で父王を支える第一王子を翡翠はとても尊敬していた。

 決して攻めの剣を持たず、護りに徹する王と、常に民人の生活に視線を配り、城下だけではなく地方の民も安心して暮らせるように政を采配する第一王子のその連携手腕に、碧軍師と異名を持つ少女は確かな王者の証を感じ取っていた。

「我が息子の一人が、そなたに迷惑をかけたそうだな。すまぬことをした」

 どこから仕入れたのだろうか、第二王子の件を口にした王は、困ったような笑みを浮かべて姪である少女に謝る。

「あれも、素はそこまで悪くはないのだが、権力に傾きすぎる。母親の身分のせいもあるだろうが、何より、王が民の僕であることを理解しておらぬ。まったくもって、予が悪い」

「いえ。二の君様は、迷っておいでなのでしょう。一の君様のように陛下を助け、政を動かされるほどの教育をお受けになられませんでしたし、三の君様のように戦で武勲をお立てにはなれませぬゆえ。自分に何ができるか、そうお考えになられてのことでございましょう」

 ほろ苦い笑みを浮かべながら、翡翠はそう答えた。

 采軌が王位に執着する理由を彼女は知っていた。

 だが、それを本人達の前で言うわけにはいかない。

 同じ兄弟でありながら、政治、軍事に才能を発揮する兄と弟に挟まれ、中の王子が平凡だと言われ続けて育てば、多少は歪もうというものだ。

 母の身分が低いのは、彼のせいではない。

 だが、上と下の異母兄弟が手柄を立て、名を馳せれば馳せるほど、目立たないと言われる中の王子は臣下に悪し様に罵られるのだ。同じ兄弟で、ここまで平凡に良く育ったと言われ、やはり母方の血のせいだと言われれば、多少はぐれたくもなるだろう。

 白虎神に気に入られ、綜家の血を持つ秀麗な美貌の軍師を手に入れれば、そんなことは言われないだろうと、彼が考えても仕方がない。

 二人の正妃の息子達は、ある意味、非常に優秀すぎたのだ。嫉妬することが馬鹿らしくなるくらいに。

「……だとよいのだがな」

 そう、苦く切り返した王は、小さく笑った後に、本題へと入る。

「先日の彩との一戦、見事だった。犀蒼瑛を見事に使いこなしておるな」

「ありがたきお言葉に存じます」

 有能な軍師の表情に戻った翡翠は、国王の言葉に礼儀正しく、静かに応じる。

 自惚れるつもりは毛頭ない。王族だろうと、上司の態度が気に入らなければ、敵を目前にしても自分の兵士を引き連れ、あっさりと戦線離脱をするような豪傑を引き止めておけるだけの力が自分にはないことを翡翠は良く知っていた。

 犀蒼瑛が、王太子府軍の旗下にいるのは、ひとえに大将である第三王子熾闇の個性と、定石を踏みながら、時々突拍子もない作戦を立てる翡翠のその頭脳を面白がっているだけなのだ。

 何かひとつでも、彼が興醒めするようなことをすれば、間違いなく簡単に出奔することだろう。彼ほどの知恵者は、そういない。味方にすればこれ以上ないほど心強いが、敵に回せばこれほど怖い相手もいない。

 淡々と応じる翡翠に苦笑をした王は、側に控える第一王子に目配せをする。

「新年早々に、慌ただしいことだが、羌が動いた。熾闇にもすでに告げておるが、そなたに是非出陣をして欲しい。良いか?」

「畏まりました」

 国王の言葉に恭しく頷いた翡翠は、控えの小姓が長盆を掲げてきたことに気付く。

 盆の上には真新しい采配が置かれている。

 戦が起こるとき、軍師は軍配と采配を手に現地へと向かう。

 その采配で一軍を指揮する軍師は、新しい任務が決まる度に、新しい采配へと切り替えるのだ。

 そして、颱ではその采配を与えるのは、王の役目であった。

 今まで自分が持っていた采配を盆の上に置き、代わりに新しい采配を手にした翡翠は、その采配を手に、国王に一礼する。

「慎んでお受けいたします」

 ゆるりと頭を下げ、承諾した少女は、滑らかな動作で立ち上がった。

「翡翠?」

「吉報をお持ちいたします」

 そう言うと、再度、国王と第一王子に頭を下げ、少女は黒髪をなびかせて、戸口へと向かう。

 溜息が出るほど完璧な身のこなしで、少女は謁見の間を後にした。

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