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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
78/201

78

 蹄鉄が土を駆る音が大地を揺るがす。

 熱風が吹き抜け、轟音が響く。

 津波のように押し寄せる騎馬隊に、迎え撃つ柢軍。

 槍を手にした翡翠は、器用に膝で愛馬を操り、最前線へ出ると、名乗りを上げた。

「我が名は綜翡翠! 綜家の末子にて、王太子府軍副将軍及び参謀役を賜る者なり! 我を討ち果たさぬと思う者は名乗り出よ」

 威風堂々たる趣で言い放つ美貌の若武者に、柢の兵士達は息を飲む。

 そうして相手がまだうら若い乙女であり、その容で名を馳せる綜家の末姫であることに気付いた者達は、組み易と見て翡翠の許へと殺到する。

「翡翠様ぁっ!!」

 同じく槍を手にした珀露は、その敵の多さにギョッとして声を上げる。

 名を呼ばれ、肩越しに振り返った翡翠は、柔らかく微笑み返し、無造作に槍を振るった。

 と、同時にいくつもの剣や槍が空を飛び、悲鳴と血飛沫が上がる。

 翡翠が槍を振るうごとに悲鳴が上がり、血の池ができる。

 是が非でも護ると約したはずの珀露は、茫然と目を瞠るばかりである。

 始めから、その様な約束など必要ない歴戦の武将である碧将軍相手に、何とも大言壮語を吐いたものだと、珀露は自分に呆れてしまう。

 あれだけの策を練り、そしてこれ程の武術を持つ翡翠を誰が手放したいと思うだろうか。

 さすがは軍神との異名を持つ綜季籐の妹だと妙なところで納得してしまう。

「笑止! 柢の兵とはこの程度のものか!? これで我が颱の領土を狙おうとは片腹痛い。我に剣を抜かせる者もおらぬ惰弱な軍など相手にならぬ。さっさと自国へ還るがよかろう」

 凛とした声が煽る。

 たった一瞬で十数名の兵士を身動き不可能にしてしまった娘からの挑発に、彼等は簡単に乗ってしまう。

 さらに多くの兵士達が翡翠目掛けて向かっていく。

 それを阻止しようと颱の兵士達が剣を掲げる。

 その中で翡翠は見事な演舞を披露していた。

 あちらこちらからの容赦ない攻撃を、まるで型にはまった舞の所作のように受け流し、表情ひとつ変えずに槍を振るう。

 誰もが見事だと思うその槍の舞に、意識が絡め取られそうになる。

 その時、ふと翡翠が笑った。

 どこか満足そうな笑み。

 次の瞬間、狼煙のように黒い煙が柢軍の後方から上がった。

 混乱に満ちた悲鳴があちこちから上がる。

「奇襲だ!」

「後ろから、颱軍が!?」

 ありえない現状に、たちまちの内に混乱の余波が巡る。

 皮肉げな笑みを口許に刷いた娘は、槍を持っていた右手を挙げる。

「左翼軍! 前進!」

 突撃命令を出すと、右手を振り下ろす。

 その号令に歓声でもって応えた兵士達は、手綱を握り、突進した。


 嵐泰率いる分隊は、敵に気付かれぬように静かに進んでいく。

「利将軍、準備はよろしいか?」

 何度も綿密に打ち合わせ、利南黄が率いる弓騎兵達が突出する機会の話を詰める。

 王太子府軍最古参の将である利南黄相手に、全く引けを取らない存在感を醸し出す嵐泰を遠くから見つめながら麟霞は首を捻る。

 何故、翡翠は利南黄ではなく、嵐泰を分隊の将に選んだのだろうか。

 本隊の将に犀蒼瑛を選んだ為、対となる彼を据えたのだろうか。

 同じ王族とはいえ、麟霞は嵐泰とは全く面識がなかった。

 第三王子の信頼厚い青年に敵愾心を燃やしていたと言っても過言ではない。

 熾闇だけではなく、翡翠の信頼をも得ている王族の青年に、彼があまり良い感情をもてなかったのは、ある意味、子供の理論だからだろう。

 大好きな人の関心を持つ者が赦せない。

 たったそれだけで食わず嫌いを起こしてしまった麟霞を窘めてくれる者はいない。

 それゆえ、彼は冷静すぎるほど冷静な視点で嵐泰を見つめていた。

 その結果、わかったことは、嵐泰が兄達の信頼を得るに相応しい男であるということだけだ。

 欠点らしき欠点が今のところ見つからない。

 一軍を預かる将軍として、彼は充分に力を尽くしているということだ。

 面白くない気持ちを押し隠し、少年は後見役の将軍の傍に控えている。

「こちらの準備は十全だ。合図があれば、いつでも出れるぞ」

「それは頼もしい。では、火矢の準備もお願いしてよろしいか? 大弩の台車と弦を断つために、火矢がよいと思うのだが」

「確かにな。油の用意をさせよう。だが、火が草原を燃やさないか、心配だ」

 馬上で話し合うふたりの武将に、憧れの眼差しがあちらこちらから向けられる。

「大丈夫だろう。草は水を多く含む。枯れ草ならともかく、青々とした草に火を放つのは至難の業だ。火が点いたところですぐに消えるだろう」

「それもそうだな。それに、あれだけのでかぶつ相手に的を外すようなヤツは、うちにはいない」

 あっさりと応じた利南黄は、さらりと豪語する。

 上司のとんでもない言葉に、僅かに顔色を変えた麟霞だったが、将軍達の許へ急ぐ騎馬に気付き、そちらに視線を向けた。

「嵐泰様!」

 伝令兵らしき若者が、奇妙なものを差し出す。

 白梅に結びつけられた紙──結び文である。

 結び文の示すところはたったひとつ。

 戦場にあっていいものではない。

「嵐泰殿、それは……?」

 好奇心に負けた麟霞は、失礼を承知で嵐泰に問いかける。

「花枝に結び文……恋文ですか?」

「いえ。麟霞殿は、梅の故事をご存知ですか? 東の淙国であった古い話です。流刑にあった主を慕って、彼の梅の木が主の許へ一夜にして跳んできたというものです。ちなみにその梅は紅梅でしたが。その故事にちなんで、細作から主への連絡には紅梅を、その主から我々への連絡には白梅を使っています。飛び梅と、呼ばれています」

「……もしかして、翡翠殿、からですか?」

 聞くだけでもそんな風流なことをしそうな相手はひとり、ふたりしか思い浮かばない。

 その中で、最も似つかわしい人物の名を口にした麟霞であったが、嵐泰の表情からそれが正解であることを悟る。

 普段から殆ど表情を変えない男が、実に優しげな視線を手許の文へ落としていたからだ。

 ゆっくりと視線が文字を追い、小さく微笑んだ嵐泰は、読み終えた紙を小さく細切れに裂いていく。

「軍師殿からの命だ。やはり、火矢を使うようにと。予定では、あと半刻もしないうちに柢軍と遭遇するだろう。出陣の用意を」

「了解した」

 短く返事をした利南黄が、馬を操り、ゆっくりと右へ逸れていく。

「陣形を保ちながら、このまま一気に攻め入るぞ」

 そう、指示をした嵐泰は、真っ直ぐに前を見つめ、敵軍の姿を探そうと、目を凝らしたのであった。

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