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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
73/201

73

 舞姫よりも艶やかに舞う男達。

 男らしい骨太な力強さと、しなやかで清艶な表情を見せる四肢。

 武具をまるで己の身体の一部のように扱い、乱れる髪や流す視線ひとつに凄絶な色香が漂う。

 勲を讃える見事な舞は、見る者の魂すら恍惚とさせる。

 ひとつ間違えば、大惨事になるであろう激しい動きをものともせず、三人の武将は滑るような足取りで軽やかに立ち位置を入れ替え、優雅に舞う。

 楽曲のないこの舞を彼等は互いの呼吸だけで図る。

 相手の力量をしっかりと把握し、信頼していなければ、到底かなうことのない剣舞である。

 激しい動きからゆったりとした動きへと変わる。

 そうして、舞は静かに終わる。


 激しい動きの舞であったにもかかわらず、青年たちは呼吸ひとつ乱さず、己の手の中にある武具を見つめる。

 さすがにうっすらと額に光るものが浮かんでいるが、それでも全身に漲る充実感のせいか、気にした様子もない。

「……今度は、完璧と申し上げてもよさそうですね。後は衣装合わせを残すのみです」

 両手に鎖鎌を握る副将をも務める軍師が柔らかな口調で告げる。

「今回は、しっかりと呼吸を覚え込みましたので、おそらくは大丈夫でしょう。長剣が手に吸い付くような感覚というものを初めて味わいましたよ」

 王太子府軍随一の洒落者と誉れ高い犀蒼瑛が、その美貌に相応しい柔らかな笑みを浮かべて答える。

「いささか衣装合わせの方が恐ろしいと感じる程度には、感覚が身体に染みついたようです。できれば稽古の方は本番まで続けさせていただければなお一層嬉しいのだが」

 矛を手にした嵐泰も、満足げな表情で頷く。

「承知いたしました。白虎様に捧げる舞ですから、稽古は何度でも行った方がよろしいでしょう。午前中は皆様執務がございますでしょうから、午後からということで。今日はここまでに致しましょう。わたくしは殿下の許へ参りますゆえ」

 肩に掛かる黒髪を払いながら告げた翡翠は、同僚達に会釈をするとふわりと髪を揺らして出口へ向かう。

 それをうっとりとした様子で見送っているのは、嵐泰の近習となった少年、麗倫である。

 高家の跡取り息子である麗倫は、遠縁である嵐泰を頼り、行儀見習いのために出仕することになった。

 挨拶廻りで済むはずが、幸運なことに一足先に奉納舞の稽古を見ることができた少年は、そのあまりの見事さに、夢心地である。

 それゆえ、主である嵐泰が溜息をついたことにまったく気付かなかった。

「麗倫」

「……あ、はい! 兄上」

 名前を呼ばれたことにやっとのことで気付いた少年は、背筋をぴしっと伸ばして返事する。

「明日からは、おまえは屋敷で勉強だ。王宮内でのしきたりと典礼作法をしっかり学べ」

「はい」

 先程のことが堪えた少年は、素直に応じた。

「それから、次の戦にはおまえは連れて行かぬ。よいな?」

「は? 兄上、それでは、近習の役目を果たせませんが……」

「俺から一本でも取れるようになれば連れて行くが、死にに行かせるような真似はおまえの父上に申し訳なくてできぬからな」

 きょとんとしていた少年は、唇を噛み締める。

「兄上から、一本取れるようになれば、いいのですね?」

「そうだ」

「わかりました。精進いたします!」

 元気よく返事した少年は、決意を新たに拳を握り締める。

 そんな麗倫の姿に、青年たちはこっそりと溜息をついたのであった。


「我が君。お召しにより参上いたしました」

 さらりと髪をなびかせて、綜家の末姫は主の執務室へと足を運ぶ。

「来たか、翡翠」

「遅くなりまして申し訳ございません」

 取り敢えず、現在残っている仕事を片付けていた若者は、片腕の姿に破顔すると、親しげに手招きする。

 それに従い、黒髪の娘は第三王子の許へと近付く。

「忙しいところを済まなかったな。もうよいのか?」

「はい。白虎様に満足していただける舞をご披露できそうです」

「そうか。それは楽しみだな」

 まったりと世間話に興じた王子は、本題に入るためにどうきりだそうかと、しばし悩む。

 だが、直接聞きだした方が早いと考え直し、最も信頼する軍師を真っ直ぐに見る。

「あのな、翡翠。今度のことだが、父上……陛下をお護りする者を誰にしたんだ?」

 真っ直ぐな視線の中に深刻そうな光を見つけた翡翠は、柔らかく微笑む。

「すでに配置は完了しております。御傍には劉藍衛将軍が。要所には女子軍を」

「女官か!? 女子軍の兵を女官として配置したのか……なるほど。黒獅子軍がいないと浮かれた刺客や間諜を差すにはこれ程適役はないな。安心した」

「陛下の御傍に残るおつもりでしたか?」

「……そのつもりではあったが、翡翠に聞いた方がよいだろうと紅牙と話して思った」

 素直に答える熾闇に、翡翠は苦笑する。

「まさかとは思いますが、麟霞様に総大将の役をお預けになろうとは考えませんでしたか?」

「考えた。七の弟が俺に似ているらしいと紅牙に確かめた」

「麟霞様は弓が得意な方ではございますが、利き腕が左なのです。我が君でないと、すぐにばれてしまいますよ。それに、今回、利南黄将軍の配下で初陣をなさる予定でございます」

「……利き腕が違うとは、考えたこともなかったな。それに、初陣祝いを贈ってやらないと」

 ぱたぱたと慌て出す若者に、男装の娘が首を傾げてみせる。

「熾闇様のお名前で、弓と剣をお贈りさせております。書面にて、その旨お知らせしておりましたが」

「……」

 急ぎではない書類を山積みしていた若者は、その書面の山を眺めて慎ましく沈黙を守る。

「何にせよ、利将軍が預かってくれるなら、問題はないな。兄弟が多いと、何かと面倒臭い。父上も、もう少し考えて下さればよいものを……知っていたか? 来月、十七番目の弟が生まれる予定だと白虎殿が教えてくれた。下手したら、俺の子だと言っても通用しそうだぞ」

「年齢的に言えば、確かにそうですが、絶対に通用しませんでしょう。我が君がその様なことに関しては非常に奥手であるというか、一切興味を示さないと言う事実は、かなり有名でございますからね。悪し様に女性嫌いであるという噂もある一部から流れておりましたよ」

「別に女性は嫌いじゃないさ。苦手ではあるがな。理解できない生き物だと思う。生まれてずっと傍にいるおまえですら、時々わからないことがあるからな」

 飽いたようにボヤいた熾闇は、書類を束ね、机の隅にまとめて置く。

「わたくしが、わかりませぬか?」

「時々な。それでいいとも思う。翡翠が何を考え、何をしようとも、俺はおまえを無条件で信じられる。その事実だけで充分だろう?」

 あっさりとした口調で告げた若者は、ふと不思議そうに首を傾げる。

「それにしても、何故に父上は正妃をお立てにならないんだろうか? 一の兄上の母君であられた第一正妃様亡き後、母上を第二正妃に立てられたのに、三番目の正妃をお立てにはならない。何か意味でもあるのだろうか」

「政治的駆け引きというものでしょう。若くして王位に就き、しかも独身の王となれば、他国にとって垂涎の的であることは間違いないでしょう。しかも、陛下はあの様に魅力的な御方ですから、望まれる女性は多いかと存じます」

 表面的な理由を告げた翡翠は、主を優しい眼差しで見つめる。

「身分ある男性というのは、望まずともその様なご苦労を負わねばならないのでしょうね。さて、我が君。今日中にそちらの書類を仕上げてしまいましょう。遠征中も書類と向き合うのがお嫌でしたら、是非やり遂げて頂かねば」

「……どっちも嫌かも」

 あまり嬉しくない未来を告げられ、げっそりした若者は、仕方なさそうに溜息を吐いた。

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