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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
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 王太子府軍に国境見回りの内示が打診された頃、主将である第三王子熾闇は片腕から示された書面を前に、頭を悩ませていた。

「璃穆殿の世話役に、綜偲芳殿。颱随一の趣味人で博学の方だから、妥当だよな。これは問題ないとして、巍秦戦の調停人に、黒獅子軍の綜季籐将軍、か。季籐従兄上であれば、確かに利無しと戦を収めるだろう。個別で見れば、最良と言えるが……従兄上が父上、否、陛下のお傍を離れることは問題だよな」

 上がってきた報告書を眺め、熾闇はブツブツと呟く。

「他の将達に問題があるわけじゃないが、大陸最強の季籐将軍が陛下のお傍にあるというのが、最上の抑止力になっているのも事実だし……仕方ない。紅牙に聞いてみるとするか」

 色々と思い巡らせていた若者は、深く息を吐くと、立ち上がる。

「考えるのは元々得意じゃないんだ。聞いた方が早いしな」

 悩んでいた割にはあっさりと解答を出した若者は、王太子府を出て施政宮へと向かった。


 迷路のような道のりを、案内もなく摂政執務室へと辿り着いた熾闇は、遠慮なく弟の仕事場へと上がり込んだ。

「紅牙、話がある」

 単刀直入の直球勝負に、書面を認めていた第四王子紅牙は苦笑を浮かべる。

「承りましょう、三の兄上」

「すまないな。おまえ、弟たちの中で、俺にそっくりな奴がいるかどうか、わからないか?」

 話があると言った直後の疑問形に、紅牙は一瞬硬直する。

 双子の弟ほどではないが、この同じ年の兄も、かなり奇抜な行動をとる癖があるようだ。

「そっくり、と、申しますと……姿形が、と言うことでしょうか? それとも、他に何かあるのでしょうか」

「見目がそっくりという意味だ」

「……一つ下の、第七王子が、まぁ、兄上に似ていないこともありませんが……」

 少しばかり困ったような様子で紅牙は応じる。

「あぁ、それでいい。その四の弟は、馬に乗れるか?」

「それは、嗜みですから」

 今は長兄となった三の兄が何を言いたいのかさっぱり判らず、紅牙は眉根を寄せながら曖昧に頷く。

「一つ下だと、十六ぐらいか……名は何と言ったかな?」

「麟霞ですが?」

「麟霞か。麟霞は、剣は使えるか? 声は俺と似ているか?」

「……兄上……何を仰りたいのですか? 麟霞を兄上の影武者にするおつもりですか」

 矢継ぎ早に問いかけてくる熾闇に、紅牙は戸惑いながらも逆に問いかける。

「あぁ、そうだ。あれに、王太子府軍を任そうかと思ってな」

「……それは、むりでございましょう。兄上以外に、王太子府軍をまとめるだけの将はおりません。麟霞は役不足でございます」

「それは、どうでもいい。翡翠がいるからな。あれがいれば、軍はまとまる。要は、敵に俺がいると思わせればそれでいい」

 すでに自分の中では納得済みらしい熾闇の言葉に、若き摂政は眉を顰める。

「兄上、最初からご説明願えますでしょうか?」

「北の調停役に綜季籐将軍が任じられたのは知っているな?」

 問い掛けに対し、疑問形で答える兄に、ますます紅牙は渋面になる。

「はい。大臣方とも協議し、綜将軍が最も適任だということで一致いたしましたから」

「都の警備が手薄になる。陛下の近辺をお護り申し上げる者が不在になるから、俺が残ることにした」

 実にあっさりとした口調で誤魔化されそうにあるが、熾闇の言葉は都を警備する者達の力不足を指摘している。

 王宮に詰めている季籐がいるからこそ、王都を離れていられるのだと、公言したに近いのだ。

「翡翠殿はご承知なのですか?」

「いや。俺の一存だ。だが、翡翠なら否定はしないだろう。颱の領土を手にしたいのなら国境を侵すよりも刺客を放った方が早い。何故そうしないのかと言えば、陛下のお傍に季籐従兄上がいるからだ。従兄上がいる限り、陛下に手出しなどできない。だが、いないのなら?」

「……王太子府軍を王都守護に残せとは仰らないのですか?」

「そうすれば、組み易しと思い、国境を侵す輩が増えよう。王太子府軍は、国境見回りの任に就かねばならぬ。誰か将を残せば、翡翠が不自由になる。ならば、俺が残った方が話は早い」

「承知いたしました」

 ふうっと溜息を吐いて、紅牙は頷いた。

「ですが、軍師殿に了承を得て下さいね。麟霞は若輩者で、戦場には慣れてはおりません。また、大将としての格も器もございません。浮き足だったところを敵に見られぬよう、充分お気を付け頂かねばならないでしょう」

「……実は、反対しているんだな?」

 一の弟の言葉の刺に気付いた熾闇は、ばつが悪そうに顔を顰めながら、問いかける。

「いえ。私の管轄は政です。軍については知識が及びませんので、専門家の言葉に従うまでですが、翡翠殿とあろう方がその点について何も策を練っていないなどとは考えられなかったものですから」

「あ……」

 弟の指摘に、熾闇は今初めて気が付いたような表情を浮かべた。

「そういえば、そうだよな……最近、翡翠が傍にいないから、全然、話、してなくて……いつも、任せ切りにしてたから、こんな時、困るんだよな、俺がしっかりしてなくて」

 焦りに似た表情を湛え、若者が言い訳じみた言葉を紡ぐ。

「ごめん! 翡翠に相談してから、もう一回来るな」

「どうぞ。何度でもいらして下さい、三の兄上」

 慌てて部屋を飛び出していく兄の背に、紅牙は苦笑しながら答えたのであった。

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