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白虎の宝玉  作者: 西都涼
揺籠の章
7/201

「賢い男のようだが、あれで良かったのか?」

 一部始終を大人しく見守っていた白い神獣は、愛し子に声をかける。

「一時の熱病のような想いが許される御方ではないでしょう。国のためを思うなら、晋はわたくしを迎えてはならぬと、そう気付かれるはず」

「まぁ、確かに……独立国を属国に落とすことになろうからな。俺としては、嬉しい限りだ」

 お気に入りの少女が何処にもいかないのは、非常に嬉しいと、上機嫌で告げた白虎は、愉しげに尻尾を揺らし、前を歩く。だが、それも長くは続かない。

「翡翠!」

 再び、呼び止められてしまう。

「……莱軌様」

 颱の第二王子がムスリとした顔で立っていた。

「これは、ごきげんよう」

「今のは、晋の王子だったな」

 翡翠の挨拶を無視した庶子の王子は、ツカツカと彼女の傍に歩み寄る。

「禮吏殿ですね。確かに。それが……?」

「奴の求婚を受けたのか!? 何故だ? 俺の申し出は断ったのに!」

 乱暴に少女の腕を掴み、詰るような口調で問い質す。

「俺が庶子だからか! 綜家の娘は、庶子の相手は出来ぬと、そう言うのか?」

「……お戯れを。何か勘違いなさっておられます、莱軌様」

 するりと彼の手を外し、かすかに苦笑を浮かべた翡翠は、軍配を彼に見せる。

「わたくしは、陛下の一兵卒。すべては陛下と白虎様の御心のままと申し上げました。陛下から賜りましたこの軍配に誓って偽りはございませぬ。莱軌様と同じ言葉を申し上げたのみ」

 同じ王子でも、これほどまでに違うのかと思うほど、莱軌は熾闇と似ていない。

 否、どの王子とも、彼は違っていた。

 四神国の王族にあって、彼は王位に固執する。庶子であるなら、その妻の家柄、家勢を頼り、王位を掴もうと足掻いているのだ。

「熾闇にも、同じ事が言えるのか?」

「さても異な事を……」

 彼の言葉に、翡翠は苦笑する。

「我が君がそのようなことを望むはずがございませぬ。翡翠は我が乳兄弟にして我が友と、ありがたくも仰っていただける我が主が、何故にこの身の女をお求めになれる?」

「だが、あやつはおまえを片時も傍から離さぬ! 風舞とて、あやつが止めておるからだろう?」

「馬鹿か、おまえは」

 呆れたような口調が割って入る。

「白虎殿!」

「……白虎様」

 驚いた様な声音と呆れたような声。

 翡翠の足許にいた白虎の輪郭が崩れ、銀髪蒼瞳の美丈夫の姿が現れる。

「綜家の娘に関することは、俺が全部口出ししていることくらい、知らぬおまえでもなかろう? これは、俺のお気に入りだ。熾闇がどう思おうと関係ない。俺が、おまえにはやらぬと決めた。それだけだ」

 長身の美丈夫は、背後から翡翠を抱き締めると、淡く蒼い瞳を二の王子に向ける。

「庶子であろうと嫡子であろうと、誰にもこいつは渡さない。それが理由だ」

 ニヤリと笑った白虎は、翡翠の黒髪に唇を押し当てる。

「後五年ほど育てば、すぐにでも俺が嫁に貰ってやるのに」

 残念残念とふざける銀髪の男に、碧軍師は苦笑する。

「白虎様」

「翡翠ーっ!! 何やって……あーっ! また、白虎殿は」

 重たそうな衣装のまま、走ってきた少年は、乳兄弟をからかって遊ぶ神獣の変化に目をつり上げる。

「俺の親友で遊ぶなと、何度言えば判るんだ、あなたは」

 ばりばりと、二人の間に腕を入れ、力任せに引き剥がした少年は、仮にも守神に向かって盛大に文句を垂れる。

 言葉遣いも辛うじて端々に敬語が使われている程度。とても一国の王子が喋っているとは思えない口調である。

「大体、今日の祭の主役が何でこんな所にいるんだ! 俺が恥ずかしい思いをして、懸命に舞ったというのに、見てないな! ちゃんと見ると言っただろう! 重たい衣装の上に、化粧までされたんだぞ、俺は! ……ッと、兄上」

 莱軌の姿にようやく気付いた少年は、しまったと顔色を変える。

 滅多に逢うことのない腹違いの兄を少しばかり苦手としている彼は、莱軌の顔色の悪さに気付かない。

「……なるほど、そういうことか。失礼する」

 怒りも露わな表情で、吐き捨てるように言うと、莱軌は足音高くその場を去る。

「何なんだ、あれは……?」

 キョトンとしたような表情で、兄を見送る熾闇は、グシャリと形良く結ってもらった髪を掻き混ぜる。

 赤紫の髪が光を弾き、乱れに乱れる。

「……せっかく綺麗に結い上げてらしたのに……」

 残念そうな声で、今度は翡翠がぼやく。

 王子という身分を気にしない少年は、身だしなみも最低限度しか気にしない。

 見苦しくない程度にしか、気を配らない少年に、ここまできちんとした恰好をさせるのは、翡翠としても至難の業だったのだ。

「俺の恰好なんぞ、どうでもいい! それより、説明して貰おうか、白虎殿」

「あの阿呆が、綜家の娘に振られた文句を言ってたから、俺が助け船を出してやってたんだろーが!! おまえが来るのが遅いこうなったんだぞ」

 がうがうと同列で喧嘩を始めてしまう二人に、碧軍師と呼ばれる少女は、頭を抱えてしまった。

 それぞれ、単品で見れば女性にもてること間違いなしの外観をしているクセに、二人揃えば何故か階級を下げに下げての口喧嘩になってしまう。

「お二方……」

「翡翠は黙ってろ! 今度という今度は、絶対に許さないからな、白虎殿! 何で、いちいち変化するときに俺より背の高い男になるんだ! 人の気にしてるところばかり突きやがって、大人気ないぞ、守護神のクセに!」

「だぁぁっ!! むかつくぞ、このクソガキ! 大体、翡翠はこの俺のお気に入りだというのに、おまえがずーっと独り占めするから、俺は哀しく都でお留守番するハメになってるんだからな! たまには置いてひとりで戦場に行け!」

 これが四神国の王子と守護神獣の会話というのだから情けない。

 非常に哀しげに、しかもしみじみ深々と溜息をついた少女は、軽く首を横に振ると、もと来た道を引き返し始めた。

「あ、おい! 翡翠」

 それに気付いた白虎が、人身からもとの白い獣の姿に戻り、少女の後を追いかけ始める。

「待て! 逃げるか!」

 長い裳裾に足を取られ、転けそうになった少年は、重い飾りをすべて取り去ると、白虎神の後を駆けだした。

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