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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
64/201

64

 招かざる客人のため、早速誓いを破ることになってしまった第三王子は、非常に不愉快であった。

 本来なら、片腕であり、従妹である翡翠の負担を減らす為、王太子府へ出向き、大将としての雑事に勤しむはずだったのだが、現状は春宮で客人相手に溜息を吐くばかりである。


「憂いたお顔も素敵ですこと。わたくしが、その表情をさせていることに罪悪感を感じると共に、嬉しゅうもございますわ。それは、わたくしだけのものですから」

 にっこりと微笑む秦の王女に、げんなりしてしまう。

「漣華様は、颱の美丈夫よりも王子の方がお好みか。我らとて、それなりに女性に人気があると自負しておりますのに、これ程見事に無視されると、やはり傷付きますが」

 紅と白の斑の綻び始めの芍薬を差し出しながら、藍衛が切なげな笑みを浮かべて囁くように告げる。

「秦の女は見目麗しい、そうして強い武人に弱いですわよ、もちろん。ですが、皆様、とても麗しすぎてただひとりを選べませんもの。選べない女を優柔不断だと謗りますか、藍衛様?」

「いいえ。せめて、その麗しい笑顔を我らにも向けていただけないかと、そう願うばかりですよ」

 漣華と同性のはずなのに、よくもまぁそれだけ立て板に水と歯の浮くような言葉を言えるものだと熾闇は感心するが、表情には出さないように気をつける。

「できれば、好みの男をお聴かせ願いたいというのが、切ない男心と申すもの。姫君は、どのような男がお好みであられるのでしょうか」

 藍衛の反対側から犀蒼瑛がにこやかに声をかける。

「蒼瑛様は、どのような花がお好みであられるの?」

「どの花もそれぞれ良さがあり、一概には言えませんね。そう、言わせたいのでしょう? 上手くお逃げになられましたな」

 軽い口調で詰る振りをしながら、蒼瑛は親友に視線を向ける。

「お供を外されたからといって、仏頂面を晒すな、嵐泰。男の嫉妬は見苦しいぞ」

「……この顔は生まれつきだ。あちらには成明と南黄殿がついておられる。心配には及ばぬ。懸念しているのは、別のことだ」

 いつもなら、即座に渋面になっているはずの嵐泰は、心ここにあらずという風情で応じると、何やら空を見据えている。

「どうした、嵐泰? 何を見ている?」

 隙のない武将が、何をそんなに気を取られているのかと、興味を覚えた熾闇が問いかける。

「上将……白虎様は、一体何をなさっておいでなのでしょうか?」

 丁度池の上空を指差し、怪訝そうに呟く嵐泰の答えに、反応は二分した。

「……は? 白虎様? 何も見えないぞ」

「あ、ホントだ。白虎殿、あんな所で何やってんだ?」

 見えているのは、どうやら嵐泰と熾闇のふたりのみで、あとの者には見えていないらしい。

 顔を見合わせた嵐泰と熾闇は、納得したように頷いた。

「隠形の術か。どうやら、あの間抜けな姿を他のヤツに見せたくないらしい」

「間抜け……守護神獣に対し、あまりにも失礼なのでは?」

「おい。白虎様は何をなさってるんだ?」

 熾闇の言葉に、公丙ががっくりと肩を落とし、蒼瑛が嵐泰に問いかける。

「池の上空で、行ったり来たりぐるぐると回っておられたあと、池を覗き込んで……それの繰り返しを」

「あぁ、おぬし、王族の血のせいか。白虎様の術が効かぬのは」

 ふたりの共通点を見出した蒼瑛が納得し、そうして首を傾げる。

「それで、その行動の意味は一体……」

「失礼ですが、嵐泰様は王族でいらっしゃいますの?」

 話についていけず、見守るしかなかった漣華が、嵐泰に話しかけた。

「はい。末席を汚しております。とある約定のために、臣下の位を頂けない身なのです。綜将軍や軍師殿の方が余程王族の血が濃いのですが」

「では、王位継承権もお持ちということなのですか? 四神国と、わたくし達と、王位について、ずいぶん考え方が違うようなので、失礼かとは存じましたが、好奇心に勝てずお尋ねしましたこと、お許し下さいませ」

 純粋な興味だけで質問してきていることは、誰が見ても明白な表情だった。

 王族として、血が濃い者が次の王位を継ぐというのが、他国では正統な継承とみなしているのだが、四神国ではそうでないことはあまりにも有名である。

 だが、次代王をどうやって決めているのかは、南の燁国以外はあまり知られていない。

「いえ、私は……」

「継承権は、あるぞ。王族の血を持つ者は、例え臣下であろうとも、男も女も関係なく、同等に持つというのが、颱だ。つまり、王族の血を持つ者は、すべて継承権第一位にあると言えるな。選定者は白虎殿だが、白虎殿に言わせると、天意と民意を持つ者が王なのだそうだ」

 否定をしようとした嵐泰の声に被さるように、熾闇が楽しそうに言う。

「それから、白虎殿が何をしているのか、わかったぞ。あれ、水鏡を見てるんだ。水面に何か映して、やきもきしてるんだ、絶対!」

「……あ」

 その言葉で、神獣が何を見ているのかを悟った武将達は、呆れたように天を仰いだのであった。



 白虎神が見ている光景は、王宮の中庭にあった。

 石畳を軽やかに叩き走り去る小川の清水のせせらぎが心地よい一画に、翡翠はいた。

「これはまた、以前に拝見した菖蒲園とは異なった趣ですね。同じ敷地にあるというのに、まるで印象が違いますね」

 巍の璃穆はうっとりと呟く。

「これは、竹というものでしょうか? まるで話に聞く東の淙のようですね」

「えぇ、ここは東の庭と呼ばれており、淙を模して作られております。この清水は、東の青龍様の贈り物だと言われております。四神国の王宮は、この様に他国の風景を模した庭が必ず造られているのですよ。南の庭をご覧になりますか? 南の燁国の火焔樹がございますよ」

 穏やかに微笑んだ翡翠が誘う。

「もちろん、拝見させて下さい。本当に美しい」

 辺り一面の碧に目を細め、しみじみ呟いた青年は、促されるままに移動した。


 南の燁国といえば、まず連想するのは照りつける灼熱の太陽と炎。

 その印象をそっくり形にしたのが火焔樹だと言われている。

 真紅の火焔のような花弁を持つ大輪の花が、大樹を華やかに飾っている。

「これはまた素晴らしい。艶やかですね」

「お気に召したようですね」

「もちろんです。これほど色鮮やかな花は巍では見ることができませんからね」

 嬉しそうに言う璃穆に微笑んだ翡翠は、火焔樹の枝に手をかける。

「では、これをお部屋にお届けいたしましょう」

 そう言って、さして力を入れずに枝を手折る。

「あぁ、私が」

 思わずそう告げて、手を出した璃穆は、どうやっても枝が折れないのに驚く。

「おや? これは不思議だ。どのようにしても折れないとは」

「力を入れては折れないのですよ。そもそも火焔樹は朱雀様のためのお花ですから、男性では手折れないのだと言われておりますけれど」

 くすくすと笑った翡翠は、そのまま何本か、花枝を手にする。

「手前に軽く引くような気持ちで指を動かすと、枝が手に落ちてくるのです」

 説明をしていた娘は、何か視線を感じたかのように背後に視線を送った。

「……っあ、つっ!」

 ぱきんと奇妙な音がした瞬間、ぽたりと赤いものが滴る。

 火焔樹の花枝が、翡翠の指先を傷付けていた。

「翡翠殿!」

 隣にいた璃穆が反応するよりも早く、後ろに控えていた成明が、花を拾い上げ、利南黄に押し付けると、彼女の手首を柔らかく掴み、傷付いた指先を口に含んだ。

 傷口を軽く吸い、血を吐き出すと、懐から蛤貝に入れた軟膏を取り出し、止血と消毒がすんだ傷口へ塗りつけ、巾を巻き付ける。

 一切の無駄口を叩かず、手早く応急にして完璧な処置をした笙家の青年は、ほうっと溜息を洩らすとそのまま頭を垂れる。

「御無礼仕りました、軍師殿」

「いいえ、ありがとうございます、笙将軍。申し訳ありませんが、利将軍、もう二本ほど、火焔樹を手折っていただけないでしょうか」

「はい」

 南黄はしっかりと頷くと、言われるままに火焔樹を手折る。

「利将軍は手折れるのですね」

 翡翠の安否を問いかけようとしていた璃穆は、利南黄が難なく火焔樹を手折る様を眺め、驚いた様に呟く。

「えぇ、利将軍はとてもお上手ですよ。燁とは相性がよろしいのです」

「軍師殿! 人聞きの悪いことを申さないで頂きたい。あれは災難のようなものだと……」

 カッと頬に血を上らせた利南黄は、とっさにそう告げたあと、慌てて口許を掌で覆う。

「どうかなさいましたか、利将軍?」

「いえ。失言でございました。お忘れ下さいますよう、璃穆殿」

 怪訝そうに問いかける璃穆に、深々と一礼した南黄は、そのまま仏頂面を作る。

「しかし、笙将軍の先程の手当は、何と申しますか、実に手慣れておられますね。やはり、戦場に出られる方々は、そういった方面の知識が必要になるのでしょうか?」

「いえ、これは……わたくしがよくこういった怪我をしてしまいますので、必然的に近くにおられる方が手当を覚えてくださるようになって……大変ご迷惑をおかけしてしまっているのです」

 痛いところを突かれた翡翠は、苦笑を浮かべて正直に告げる。

「翡翠姫が? 何事にも落ち着いていらっしゃるあなたが、その様なお怪我をなさるとは想像もつきませんが」

「そうでもないのですよ。成明殿や嵐泰殿にはいつもご迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思っているのです」

「本当ですか? 笙将軍」

 話を振られた成明は、しばし返答に困る。

「滅多にその様なことはないのですが……」

 殆ど傷の手当をするのは、翡翠付きの女官達である。

 彼女達がいないときは、翡翠自身が自分で手当をしているのだが、見かねて手を出したことがないわけでもないのだ。

 どうやらそのような場面に出会すのは、嵐泰か成明のどちらかのみであるらしい。

 まぁ、莱公丙などは見た目と違って、手先が不器用なので、こういった手当に不向きであることから、ある意味、確かな人選だと言えないこともない。

「なるほど。それで、利将軍の災難とは? 気になって忘れられないのですが」

 好奇心の塊となっている璃穆は、楽しげに問いかける。

「それはわたくしもお伺いしたいことですね。利将軍の幸運につきましては、何度となく耳にしておりましたが、災難などは今までに一度たりともお聞きしておりませんが」

 にっこりと笑った翡翠までもがそんなことを言い出す。

 笑顔ではあるが、目は笑っていない。

「幸運、ですか?」

「はい。燁国の李家の姫君が……」

 璃穆に尋ねられた成明が、ついうっかりと口を滑らす。

「成明!」

 真っ赤になった南黄は、年下の同僚を制す。

「ああ! もう! わかりましたよ、軍師殿も成明も人が悪い。そうやって私をからかって楽しんでおられるとは……正直に申し上げればよろしいのでしょう。俗に言う押し掛け女房というものなんですよ、私の妻は。燁国の使者殿の警備にあたっておりましたら、当の使者殿が私の屋敷に押し掛け、そのまま居着いてしまったのですよ」

「それが、李家の姫君というわけですか……李家!?」

 感心したように頷いていた璃穆は、次の瞬間、ギョッとしたように利南黄の顔を凝視した。

「あの、李家ですか!? 舞姫の家系で、朱雀の神娘姫を何人も輩出したという、朱雀神に愛された一族の……王族の血を濃く引く?」

「えぇ、そうです。現王の末妹です。現在、李家の当主は皇太后の長姉が務めているそうですが」

「それはまた……確かに幸運というか、災難というか……」

 実に微妙な評価である。

「それじゃ、生まれてくるお子様は女の子で、やっぱり赤い目なんでしょうかね」

 純粋な疑問に、利南黄は遠い目になる。

「いつも、言われるんですよ、そのお言葉」

「なるほど。それは、ある意味災難ですね」

 しみじみと、本当にしみじみと璃穆は呟き、目の前の将軍にいたく同情したのであった。



 春宮の第三王子居室で呑気にお喋りに興じていた秦の漣華姫は、満足したのか優雅に立ち上がった。

「そろそろお暇いたしますわ、熾闇様」

「気の利いたもてなしもできず、申し訳ない」

「いいえ、楽しゅうございましたわ。これ以上は、嫌われそうなので、部屋に戻ります」

 にこやかな笑顔で告げる漣華に、熾闇は形ばかりの謝罪をする。

「また、目の保養に伺いますわ」

 楽しげな笑い声と共に、秦の王女は立ち去る。

「……目の保養? 一体何をしに来たんだ、あの女性は」

 気難しげな表情を作り、熾闇は不思議そうに問いかける。

「そのままの意味でございましょう。あの姫君、殿下に対して何の感情も抱いてはおらぬご様子。強いて言えば、見目良い人形を愛でておられる御気分なのでは?」

「人形……」

 藍衛の言葉に、うんざりしたように熾闇は溜息を零す。

「俺がこれでは、翡翠も大変だな」

「──そう言えば、今回に限っては熾闇殿は璃穆殿が軍師殿のお側に居られることに否やを申し上げませんでしたな。何故に、とお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 面白がるように蒼瑛が問いかける。

「別に、理由などない。璃穆殿はおまえ達と同じだろう」

「我々と?」

 あっさりと答えた熾闇の言葉に、一同は首を傾げる。

「う~ん、説明するのが面倒臭いんだが、おまえ達は翡翠自身を見てるだろう? 璃穆殿もそうだ。ちゃんと自分の見ている人間が誰なのかわかってるから、別にいい」

「……意味が計りかねるのですが」

 眉間を押さえた蒼瑛に、言った本人は仏頂面になる。

「言葉にするのが面倒臭いから、もういい」

「つまり、殿下は、璃穆殿がうちの上将を噂などや虚像に惑わされず、ありのままの上将をご覧になって好意を持たれたのだから、それで構わないと仰っている……?」

 おそるおそる藍衛が問いかけると、若者は素直に頷いた。

 つまり、子供の理論なのだ。

 自分が大好きなものを、自分と同じ目線で好きだと言った者に対し、無条件の信頼を置いてしまう。

 間違った見方をする者は赦せないが、正しい見方をする者は、それだけで良い奴だと思い込んでしまう無邪気な子供。

 自分から奪うことを許さないが、見るのは許そうと思っていることがはっきりとわかる。

「基本的に璃穆殿も漣華殿もいい人だと思ってるぞ、俺は」

「左様でございますか」

 欠片どころか砂粒ほども恋愛感情を持たない幼すぎる主に、彼等は一様に溜息をついた。

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