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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
63/201

63

 照影の姿が謁見の間から消えると、漣華は颱王に一礼する。

「我が兄の無礼、颱の皆様に対し、深くお詫び申し上げます。不快に思われたこと、重々承知の上でお願いいたします、あの様な戯れ言、秦の本心ではございませぬ。どうか、お忘れ下さいますよう」

「無論、承知しておる。次期秦王殿」

 颱王はそう告げると、椅子に座るよう促す。

「……ご存知でございましたか」

 意外そうな表情を浮かべ、漣華は呟くと、素直に椅子に腰掛ける。

「前王は、御子がなく、妹君のご子息達を養子に迎えたと表向きにはなっておりますが、ただひとり、正妃との間に王女が産まれたと、聞き及んでおります。義理の兄弟の皆様は、王位継承争いでその半数以上が命を落とし、また、王位継承権を持つ親族の方々も、争いに巻き込まれ、その力を殺がれてしまったと……嫡子である王唯一の御子が、地位を隠し、争いから離れたところにいたことは、存じ上げておりました」

 翡翠は、穏やかな表情のまま、そう告げる。

「漣華姫の父君が、しばしば颱へ侵攻なさったのは、姫のために交易路が欲しかったからだと伺っております。王は、ゆくゆくは王位を姫にお譲りし、養子に迎えた王子を姫の補佐として据え、内実共に秦の繁栄を願っていたと」

 彼女の言葉を受け、左大臣が淡々と言葉を紡ぐ。

「道半ばで討たれなければ、彼の王の願い通りになっていたことでしょう」

「さて、使者の姫。我が王と、我が国に願うことは何でしょうや?」

 右大臣に促され、漣華は微笑んだ。

「さすが、英明なる颱の方々。これ程、他国の内情に詳しいとは、恐ろしい。平和を重んじられる方々ばかりで良かったと、心底思いました。それほどまでにご存知なら、わたくしのささやかな願いもご承知でしょう。中立と調停をお願いしたく、参りました」

 静かに告げた王女は、目を伏せたあと、軽く息を整え、真っ直ぐに顔を上げる。

「先程、愚兄が申し立てましたように、一部の強行派が国力を省みず、巍に宣戦布告を行い、戦を仕掛けようとしております。幸いにも巍も国内が乱れており、国力自体は五分、痛み分けで終えることができましょう。ですから、どうぞ、颱の皆様方には、この戦、傍観していただきたくお願いにあがりました。そうして、もし、どちらか一方に勝機が傾きそうになりましたら、講和の使者を差し向けていただきたいのです。この戦、止めることはできないでしょうが、どちらが勝ったとしても均衡が崩れてしまいます。その先にあるのは、どちらか一方の滅亡。民のために、それだけは避けなければなりません」

「そなたの言葉には理がある。中立と調停、受け入れよう」

 国が滅びてしまっては、大陸の均衡が崩れる。

 危うい均衡を保つ今、そのまま一気に戦国乱世に突入してしまう。

 力の均衡を一定に保つために存在する四神国としては、それを受け入れるわけにはいかないのだ。

 それゆえに、颱王はあっさりとした態度で漣華の申し出を受け入れた。

「それだけで、良いのか?」

 その件については、後ほど詳しく協議することになるだろうと、言葉を添えた颱王は、悪戯っぽい表情を浮かべて秦の姫に問いかける。

「実は、もうひとつ、わたくし個人の我儘がございますが、聞き入れて下さいますでしょうか?」

「申して見よ。返答はそれからとしよう」

「お言葉に甘えて──王の三の王子、熾闇様をわたくしの夫に下さいますでしょうか」

「はぁっ!?」

 にっこりと、楽しげに笑った漣華は、確かに個人的な用件を切り出した。

 その言葉を聞いた当の本人──熾闇は、すっとんきょうな声を上げる。

「どなたか、すでにお決まりの方がいらっしゃいますの?」

「……い、いや。俺は、まだ成人の儀も執り行えぬ未熟者ゆえ……」

 真っ直ぐな視線を向けられ、誤魔化すことも忘れて正直に答える若者に、漣華の笑みが深くなる。

「最近、予よりもてるな、熾闇」

 くつりと笑った颱王も、拗ねる振りを装いながら楽しげに問いかける。

「冗談を言っている場合か!? 次期女王が、他国者を夫に迎えるなど、ありえないだろうに!」

「前例がなければ、やってはいけない事かしら? 哀しいことに、今残っている兄達の中で、女王の夫に相応しい器量を持つ者は、ただのひとりもいない。臣下から選べば、外戚となった家が勢力を伸ばすことになるでしょう。その力を無視できないほど、王の力が弱くなってしまっているのです。ならば、他国の王子を夫に迎えた方が、余程問題が少ないでしょう」

 政治的判断を示す漣華に、熾闇は何とも言えない表情になる。

「済まぬが、漣華どの……」

「熾闇様が秦に来て下さる必要はまったくございません。こちらで、熾闇様が果たすべき事を全力でして頂いて、まったく構わないのです。ただ、世継ぎ問題がございますので、できれば男子が生まれるまでお付き合いいただければ」

「…………」

 即座に断ろうとした熾闇は、それを遮られ、そうしてとんでもないことを言われ、絶句する。

 双方にとって都合の良い関係を告げる秦の王女に、困惑を通り過ぎて狼狽してしまう。

 無理だと、感情が大声で叫んでいる。

 だが、理性の部分で、それが政治的に有効な一面もあると、納得している。

 正妃か、もしくは婚約者がいれば、現在の不愉快な状況も打開できるのも事実だ。

「……翡翠様は、どのようにお考え下さいますか?」

 漣華が翡翠へと話を振る。

 その声が耳に届いた熾闇は、切羽詰まった瞳を従妹に向ける。

 怜悧な親友なら、きっと何らかの答えを見つけてくれる、そう信じて。

「良いお話だと思いますよ。秦は、颱という後ろ盾を得、あなたも王位を揺るぎ無いものにできますし、婚姻による同盟関係を結ぶことができる我々としても、北の安全を一時的にせよ確保できるのですから」

 穏やかに応じる娘に、熾闇はがくりと肩を落とした。

「あとは、本人の気持ち次第でございましょう」

「翡翠様は、熾闇様とお約束をなさっていたのではないのですか? 誰よりも近しい存在として、常に陰日向なく寄り添うのなら、当然の事だとは推測できますが」

「翡翠を侮辱するな! 俺の親友に対し、侮辱したも同然のことを言うのなら、相手が誰であれ、俺は容赦しない。自分の命同様、それ以上に大切な親友を劣情で辱めるような事を言われ、おとなしく黙っていられるのか、漣華どのは?」

 漣華の言葉に、狼狽えていたとは思えない厳しい口調で熾闇が断じた。

 その言葉に、翡翠が苦笑し、漣華もまた苦い笑みを浮かべる。

「わたくしの、失言でしたわ。お許しいただけますかしら、翡翠様?」

「勿論ですとも。よく誤解を受けてしまいますが、殿下とわたくしは乳兄弟でございます。お互いが、誰よりも最も近しい存在で、それゆえ相手を異性だと思わないのです。ありがたくも、殿下はわたくしをひとりの人間として見て下さいます。男でも女でもない、綜翡翠という名の人間として対して下さるのです。ですから、皆様方が思われているようなことは、一切起こり得ないのです」

 柔らかな表情で告げる翡翠の言葉に偽りは感じられず、それだけについ穿った見方をしてしまう者達は痛いところを突かれたような気になってしまう。

「翡翠の言う通りだ。邪推だ」

「失礼を、熾闇様。ですが、わたくしのこと、考えていただけますわね?」

 にこやかに笑って問いかける漣華に、今度こそ熾闇は首を横に振った。

「断る。俺は、武将だ。颱より大切なものは他にない。そうして、作るつもりもない。この国を守るために必要なことならば、そう陛下が判断を下されたのなら、その命に従おう。だが、そうでない限り、俺は独りがいい。楽だからな」

 誰に対しても同じ言葉と口調で告げる熾闇に、苦笑を浮かべる者、目を覆う者と、反応は様々である。

「わたくしが、嫌いだという理由の方が、余程マシというものですわ。それならば、未練なく諦めもつくというものですが、今のお話ですと、絶対に頷かせてみせようという気にさせてしまいましてよ?」

 若者の発言に、笑顔の王女は彼が望む反応とは逆のことを告げる。

「颱王陛下、暫くの滞在の許可をいただけますでしょうか? 熾闇様に良きお返事がいただけるまで、こちらに留まりたいと思います」

「……は?」

 きょとんとした熾闇を無視して、話は別の方向へと転がっていく。

「誰に似たのか、頑固者ゆえ、お望みの返事が届くかどうかは、まったく予想つかぬが、好きなだけ留まるが良かろう」

 拒否したところで居座ることは目に見えているのなら、許可を与え、監視下に置いていた方が遙かにましだと判断したのか、颱王はあっさりと応じる。

「熾闇、漣華姫のお世話を任せる」

「……は。仰せのままに」

 父王に対し、恭しく頭を垂れて恨みがましく、嫌味っぽく応じた熾闇だが、相手が動じた様子もないことに溜息をつきながら、あらぬ方向に視線を転じた。

「では、今日の処はこれで終わろう」

 笑いながら告げる颱王の言葉で、一同は、その日の謁見を終えたのであった──

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