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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
62/201

62

 数日の内に何度も謁見の間に呼ばれるという尋常ならざる事態に、王太子府軍総大将熾闇は、実に辟易していた。

 もともと、堅苦しいことは大嫌いな上に、謁見の間で並ばされる時はろくなことがないという過去の経験則から、うんざりしてしまうのも無理はないことだろう。

 今回は、前回よりも物々しい。

 玉座の傍近くの上座から、入り口付近の下座まで、ずらりと椅子が二列並び、右手側に文官が、左手側に武官が座することになっている。

 いささか退屈してきた熾闇は、隣に視線を送る。

 後ろの席に副将として座るはずの翡翠は、今回女子軍総大将として熾闇の隣に座っている。

 それゆえ、王太子府軍副将の席には利南黄将軍が座り、女子軍には紅葉が収まっている。

 巍の王太子璃穆の面倒を嵐泰と藍衛が見ていると聞き、少しばかりほっとしたのは事実だ。

 さらに上座よりには、綜季籐将軍が静かに座している。

 その正面に左大臣、右大臣と並び、以下文官達も堅い表情を浮かべている。

 王の対面に椅子がふたつ用意され、秦からの使者の登場を待っていた。


 謁見の間へ続く扉が重々しい音を立て、ゆっくりと開く。

 まず最初に現れたのは、取次役の小姓であった。

「秦国、照影王子、漣華姫、お見えになりました」

「こちらへ」

 右大臣が静かに声をかけ、立ち上がる。

 それが合図であったかのように、一同が立ち上がり、左胸に右手をあて、ゆったりと頭を下げる。

 異国の王族に対する礼は、実に優雅なものであった。

 その中をゆっくりと秦国の王子と王女が通り過ぎる。

 随分と似ていない兄妹だというのが、熾闇の素直な感想であった。

 そうして、異母兄妹である可能性に思い当たり、その推測に納得する。

 公子然としてはいるが、王子の方はどこか野卑な印象を受け、漣華の方は、超然とした態度を崩さずに、王族としての品性を十全に感じさせる。

 用意された椅子の前に立ったふたりは、颱王に一礼する。

「楽になされよ、秦国の使者殿。遠い道のりをよくぞ参った」

 のんびりとした口調で告げた王は、使者に椅子を勧める。

 王子と王女はそれを受け入れ、椅子に座った。

 そうして、彼等を迎え入れるために立っていた文官と武官達も、己の席に着いた。


「まずは、父君のこと、お気の毒であったな。お悔やみ申し上げる。尊敬に値する良い王であった」

 颱王の言葉に、秦王の子供達は思わず顔を上げる。

「その節は、丁寧なお言葉を頂き、ありがたく存じます。今のお言葉、父にとって最上の餞でございましょう」

 漣華が深く頭を下げて礼を述べる。

 熾闇や翡翠よりもひとつふたつ年上の、明るい栗色の髪と空の蒼の瞳を持つ娘は、颱王を前にして臆することもなく、落ち着いた様子で応対している。

 一方、照影の方は、蒼瑛や嵐泰よりもやや年下くらいで、淡い白金の髪と水の青の瞳を持つ長身の青年であり、いらいらとした様子を押し隠すように視線を彷徨わせている。

 颱王と漣華王女の間で長閑な挨拶が交わされる間、それを黙って見ていた照影王子は、とうとう我慢の限界に来たのか、すくっと立ち上がった。

「兄上、無礼でございましょう。お座り下さいませ」

 漣華が小声で窘めるが、照影はそれを無視して颱王を真っ直ぐに見据える。

「麗しい挨拶も結構だが、無骨者ゆえ、本題に入りたい」

「……ほう」

「父、秦国王の敵、巍を征圧するため、貴国の兵をお借りしたい。これは、大義である」

 すっぱりと用件を突き付けてきた照影に対し、颱王は笑みを浮かべただけである。

「私怨ではなく、大義と申されるか」

「そうだ」

「結構。では、今すぐとって返し、自国の兵のみで挙兵するがよろしかろう」

「なに!?」

 すでに兵を借り受けるつもりでいた照影は、断れるとは思わず、驚いた様子で颱王を見る。

「貴殿の国の大義であり、我が国の大義ではない。兵をお貸しすることなど、できぬ相談である。予は颱の王である。王とは、民を護るもの。益のない戦いに、兵を死なす為に送るわけにはいかぬな」

「なんと……騎馬の民と、武を誇る国が臆したか!」

「そなた、まこと、秦王の子か? 己が大義を己の威信にかけず、他者の力に頼るなど、愚かにも程がある。また、他国の者に力を借りるならば、筋を通すべき事を、要求だけを振りかざし、それ以外の言葉を惜しむとは、無礼も甚だしい。もう一度、礼儀について学ばれるが良い」

 愚弄するつもりで吐いた言葉を無視され、逆に物知らずの子供のように扱われた照影は、怒りに捕らわれた。

 だが、剣に手をかけず、王を憎悪の瞳で睨み付けると、唇の端を持ち上げ、嘲るような笑みを浮かべる。

「巍の老王に再三に渡って戦を仕掛けられていたことは、大陸中の誰もが知っていることだぞ。攻める口実を与えようというのに、尻込みするは臆したと言わずして何と言う!? 勇猛果敢な武者揃いではなく、臆病風に吹かれた惰弱者ではないか!」

「我らが剣を手にするは、警告したにもかかわらず、我が領土を侵すときのみ。これも、大陸の者なら誰でも知っていること。颱は和を以て統治し、他国と友好関係を築くことを由としております。無益な戦は誰も望みませぬ。それを惰弱と仰るなら、それで結構。要求のみを突き付け、それに対する補償をひとつとして口にせぬ一方的な交渉に頷く者など、どこの国にもおりませぬ」

 王に一矢報いようとして吐いた言葉は、横から入った柔らかな声に遮られ、それ以上の口出しができなくなってしまった。

 横槍を入れたのは、なんと翡翠であった。

 もちろん、女子軍総大将として前列に座する彼女には発言権がある。

 王太子府軍副将として後列に座っていたら、発言は認められない。

 この展開を見越して、この位置に陣取ったのかと、熾闇は隣に座る従妹に感嘆の眼差しを向けた。

 どう見ても小者でしかない照影王子が、主導権を握って交渉すること事態が奇妙なことだと思っていた熾闇は、ようやく話が見えてきたと笑みを浮かべた。

 最初の印象通り、漣華王女の方が秦の使者なのだろう。

 それを無理矢理ついてきたか、それとも自分が使者だと思い込んでやって来たか、照影が前に出てきたため、不自然なく謁見の間から追い出す展開へと、翡翠が誘導しているのだとわかったからだ。

 王も、大臣達も、天才軍師と名高い翡翠にこの場を任せようと、高みの見物を決め込んでいるのが、その態度から知れる。

「女! 生意気な! 俺を次期王と知って抜かすか!?」

「次期王候補のお一人であると、存じ上げております。あと、もうお二方、兄君がおられることも」

「貴様……ん?」

 ぎりぎりと眦を吊り上げ、翡翠を睨み上げていた照影は、武官服に身を包む翡翠の美貌に目を止めた。

 そうして、彼女が誰なのか思い当たり、つかつかと歩み寄ると、翡翠の顎を掴んで自分の方へと引き寄せた。

「おまえか。老王が血迷った小娘は。なるほどな、確かに血迷いたくもなる美形だな。ふん、その口達者なところは気にいらんが、血筋と顔立ちは確かに極上だ。俺が直々に教育し直してやろう。正妃の位をくれてやる、ありがたく思え」

 従妹を侮辱され、熾闇は素早く動こうとした。

 だが、それよりも早く、彼の肩を掴み、抑え込んだ者がいた。

 彼を止めることが出来る者など、そう多くはない。

 恨みがましい目で放すように訴える熾闇の視界には、面白がるように笑う季籐が首を傾げている。

 まぁ、見てろよと、その視線が告げている。

 今のところ、絶対に敵わない武将の言葉に、渋々ながら熾闇は従った。


 にっこりと極上の笑みを浮かべた翡翠が、照影の首筋にそっと手を添える。

 満更でもなさそうな崩れた笑みを湛えかけた照影は、次の瞬間、喉に手をあて、口を大きく開けて喘ぎだした。

「颱では、女性に断りもなく触れる無礼者には、それ相応の仕返しを与えられて当然であるという慣習があります。お国では、どうかは存じ上げませんが」

「秦でも、同じ慣習はありましてよ。兄の無礼は、許されるものではございませんでした。わたくしから、兄に代わってお詫び申し上げます、翡翠様」

 椅子から立ち上がった漣華は、翡翠に謝罪すると、兄に冷たい一瞥をくれる。

「愚かだとは思っていましたけれど、これほどとは思いませんでしたわ、兄上。恥の上塗りをする前に、この場で儚くなっていただけないかしら? 大丈夫ですわ、国には、こちらに来る前に夜盗に襲われ、戦死したと報告いたしますから。女性に無礼を働いて、返り討ちにあったなどと、恥ずかしくて報告できませんし、颱の皆様にこれ以上不愉快な思いをされては申し訳ありませんもの」

 苦しそうに、顔色を変えて床をのたうち回る王子に、漣華は実に冷静に告げる。

 それを穏やかな笑顔で見守る翡翠。

「兄上を連れ出しておしまいなさい。放って置いても大丈夫。翡翠様が手加減して下さいましたから。暴挙の上に暴言まで吐いて、この程度で済んだことを翡翠様に感謝なさいませ、兄上」

 冷ややかに告げた漣華の言葉を受け、従者達が照影を連れ出す。

 その一部始終を近くで眺めていた熾闇は、ここ最近、頻繁に思う言葉を内心呟く。

 曰く、女は怖い──

 その言葉に、反論する者は誰ひとりとしていないだろう事は、充分に確信できた。

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