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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
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 巍との戦は、半月もしない内に片付いてしまった。

 通常、戦となると数ヶ月から一年近くに渡って行われるものだが、一月もかからずに終わる戦など滅多にあるものではない。

 短期で終わる戦は、明らかに国力や兵の統率力が違うものゆえ、負けた国は、名を地に落とし、他国からの侵略を受けるという屈辱を味わうことになるため、実力的に差が在りすぎる国への侵攻は行わないのが常識である。

 戦において正義とは、勝者の理論である。

 敗者は、戦に関するすべての責任を押し付けられ、理不尽だと思えるような要求も呑まなければならないのだ。

 普通、颱の要求は国境の現状維持と戦の費用賠償、人質の解放のみであるが、今回に限ってそれらとは別枠で珍しい要求を突き付けてきた。

 それは『現国王の退位』である。

 一般的に見て、それはさして珍しくもない要求であるが、他国への干渉をしない颱国では非常に珍しいと言える。

 それを聴いた者は納得できる要求だと思ったことだろうが、突き付けられた本人にとっては理不尽この上ないことだろう。おそらく、何かの行動に出ると、誰もが予想した。

 素直に退位すれば、秦国が付け入る隙を見つけることになり、退位せずにいれば、巍国王太子が現王に対して不信感を募らせることになるだろう。

 どちらにせよ、颱は己の望みを果たすことだけを考えればよいだけなのだ。

 あらかたの処理を終えた王太子府軍は、王都へ向けて北部国境から出立した。



 颯州へ戻った王太子府軍は、国王への報告が終わった時点で一時解散となった。

 次の任務への命が下るまでは、彼等の仕事は王太子府の警護のみとなり、暇を持て余すことになる。

 唯一忙しいのは参謀室の者達だけだ。

 此度の戦の内容を事細かに記した書き付けをまとめ、報告書として書き上げる彼等の忙しさは、戦場にいるときよりも過密である。

「俺、参謀室の人間じゃなくて、本当に良かったと心底思うな、これを見ると」

 慌ただしく書き付けを捲り、資料がないと頭を抱える文官達を見渡し、熾闇は肩をすくめて告げる。

「参謀室の人間だからしなければならないということではありませんよ、我が君」

 苦笑を浮かべ、部屋の主が答える。

「違うのか?」

「えぇ、まぁ。本来でしたら、総大将のお役目でございます。形式上のことですけれどね」

「総大将……俺の仕事か!?」

 ギョッとしたように叫んだ若者は、目を剥く。

「ですから、形式上と申し上げました。我が君に書いていただこうなどとは思ってもおりませんよ。そんなことをお願いしたら、一体何時になったら終わるのか、とても想像つきかねますからね」

「……おまえ。さりげにひどくないか?」

 笑顔のまま、さらりと毒を吐いた娘は、ことさらにこやかに微笑む。

「さて。今日は何かご用でございましたか?」

「いや。いい。おまえに時間があるのなら、付き合ってもらおうかと思ったのだが……今日はやめることにしよう。手伝えることもなさそうだし……」

 あっさりと白旗を振って敵前逃亡を図る王子に、翡翠は笑みを深くする。

「こちらは本日中に片付きますので、明日からお供いたします」

「ん。悪いな。街の様子を見て、遠乗りして、あと、剣の稽古の相手を頼みたい。本気で打ち合ってくれそうなの、翡翠しかいないんだよな。蒼瑛は面倒臭がって嫌だと言うし、嵐泰は遠慮して手加減するしなぁ……利将軍や公丙は頼みづらいし」

 不満そうにぼやく熾闇は、彼なりに部下達に気を遣っているようだ。

「承知しました。本気で打ち合ってよろしいのですね?」

 にっこりと笑って言質を取る娘に、熾闇はしばし考え込む。

「……少し、手加減しない?」

「手加減されるのは、お嫌なのでは?」

「うっ……」

 言葉に詰まった若者は、片手を挙げて降参する。

「潔く負けを認める。手加減しなくていい。明日、ここに迎えに来るから」

「お待ちしております」

 小さく、だがしっかりと頷いて答えた娘に笑顔を見せた第三王子は、軽く手を振ると参謀室を出ていった。


 ふたりの兄が夭逝し、実質王子の中で最年長になった熾闇だが、戦場以外の場所における彼の仕事は意外と少ない。

 それこそ命を懸けて戦場を駆け抜け、国を護る熾闇に、これ以上の負担をかけまいと彼の弟たちが手分けして王族としての務めを果たしているのだ。

 第三王子を生きた英雄として、神聖視に似た憧れで見つめる弟たちは、彼こそが次代王に相応しいと信じ、良い方向に団結している。

 知らぬは本人ばかりなり。

 最近は、面倒事が少なくて助かると思いながら、些かばかり暇を持て余し気味の若者は、王太子府の回廊を呑気に歩いていた。

「おやこれは、殿下」

 兵舎から出てきた男が、意外そうな面持ちで熾闇に声を掛ける。

「蒼瑛か。珍しいな、おまえがそこにいるとは」

 用があるときのみ、最低限度しか兵舎に顔を出さないことで知られている犀蒼瑛の姿に、熾闇はきょとんとした表情で応じる。

「失敬な。私とて、偶には兵舎に顔を出すこともありますよ。ま、彼等に引っ張られてきたというのが正解ですけれどね」

 背後に立つ馴染みの男達に視線を流し、蒼瑛は肩をすくめて答える。

 そこには彼の親友の嵐泰始め、莱公丙、笙成明がいる。

「……今日は何かあったか?」

 思わずそう尋ねてしまったのは仕方ないことだろう。

 彼の配下である将軍達の半数以上がその場にいるのだから。

「これからあるんです。街で、流行の舞を見に行こうかという話をしておりましてね。ちょうど今日は暇ですし、今から街へ行こうかと。いかがです? 殿下もご一緒なさいませんか」

「蒼瑛っ!」

 ぎょっとした嵐泰が慌てて遮ろうとするが、蒼瑛は動じない。

 それどころか、面白そうに笑って熾闇の返事を促す。

「街か……一度様子を見に行こうかと思っていたところだ。おまえ達がいるなら、言い訳ができるな。一緒に行っても良いか?」

「勿論ですとも。同行者は多いに限りますからね」

 にこやかに告げた蒼瑛は、茫然とする同輩達を余所に王子を促し、歩き出す。

 目指す先は、王都の南西部に広がる花街。

 今評判の舞姫を話の種に見てみようと思った蒼瑛は、嫌がる親友を説き伏せ、偶然出会した上司をついでにからかおうと悪戯心を起こしたのだが、それからとんだ騒動が起ころうとは思いもしなかった。

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