34
王族男子は帯刀の年齢を迎えると、後宮を出て王太子府に部屋を与えられる。
通常、帯刀の年齢は十五才から十六才──初陣をすませる年頃である。
王太子府に住まう者は、以前は三人いた。
第一王子峰雅、第二王子莱軌、第三王子熾闇。
三の王子は、未だ十五を迎えぬ若年だが、六歳にして帯刀の儀式を済ませ、すでに戦場にて剣を振るっているため、十歳を過ぎた頃にはすでにこの王太子府に部屋を貰っていた。
第二王子が遠方の寺院に蟄居を命ぜられ、第一王子が逝去した今、戦場にいる第三王子を除いては、王太子府は空となっていたはずである。
王太子府にある軍参謀室の前に立つ若者は、確かに第二王子莱軌であった。
国王への報告を済ませた副将が、己が与えられた部屋に戻ろうとし、その部屋の前に立つ莱軌に驚いた様子も見せず、優雅な仕種で一礼する。
「戦で疲れているところをすまぬ。おまえに、どうしても会いたかった」
新年の大祭で会った青年とは同一人物とは思えない穏やかで落ち着いた雰囲気を漂わせる莱軌は、翡翠の礼を手で制し、ぞんざいだが静かな口調で告げる。
「この度は、何と申し上げてよろしいか……残念なことでございました」
「そんな挨拶もいらん。同じ『兄』を失った者同士だろう? 形式張った挨拶など、必要ない」
素っ気ないまでの口調だが、以前とは違い、突然の訃報に戸惑っているだろう従妹を気遣う様子が見て取れる。
「莱軌従兄上様」
「まだ俺を従兄上と呼んでくれるか」
微苦笑を浮かべた青年は、表情を曇らせ自嘲する。
「もちろんですとも。どうぞ中へお入りくださいませ。お茶でも如何ですか? ご一緒してくださると嬉しゅうございます」
にこっと笑った少女は、参謀室の扉を開け、莱軌を促す。
「馳走になる」
翡翠の気遣いに気付いた莱軌は、勧められるままに部屋の中に足を踏み入れた。
長い間主不在で閉め切られていたはずの部屋は、どこもかしこも光に溢れ、清潔な空気が満たしていた。
女官達が気を利かせて毎日風通しをしていてくれたのだろう事は明白だ。
「殺風景で申し訳ございませんが、どうぞ気楽になさってください。今、お茶をお持ちしますゆえ」
柔らかな態度を取り続ける少女が明るく声をかけ、奥へと姿を消す。
どこにも警戒した様子はなく、莱軌に対して嫌悪感を表すこともない。
それが、彼を複雑な胸中にさせる。
「お待たせを」
盆に茶器を乗せ、戻ってきた少女は、茶卓にそっとそれらを置く。
「どうぞ」
「翡翠、おまえに謝らなければならない」
今、ここにいる理由をあっさりと告げた青年は、まっすぐに翡翠を見つめる。
焦燥に駆られ、苛立ちを隠せずに見境なく突っ掛かっていた莱軌とはまるで別人のようである。
「羌との戦の折り、俺の手の者がおまえを傷付けた。遅すぎるとは思うが、すまなかった。実の弟を害しようとしたことに弁解の余地は微塵もないが、おまえを傷付けるつもりは、本当になかった」
右手を心臓にあて、片膝をついて頭を垂れた莱軌は、そう告げる。
王族の典礼に乗っ取った正式な謝罪に、少女は軽く目を瞠る。
莱軌は誰よりも矜持の高い男である。
その彼が、父王と長兄以外に膝をつくなど考えられないことだった。
それだけ彼はこの事を悔いていたのだろう。
「わかっております。これは、翡翠が勝手にしたこと。莱軌様の咎ではございませぬ……それで、熾闇様にも?」
「いや。熾闇には謝らん」
謝罪を受け入れた翡翠が立ち上がるように手を差し伸べると、莱軌は素直に立ち上がり、そうして彼女の問い掛けに首を横に振る。
「なにゆえ?」
「謝って済むことではないからだ。腹違いとは言え、実の弟の命を狙うことがどれだけ愚かで罪深いことか、よくわかっている。あれには俺を憎む権利がある。謝罪してその権利を奪い取るわけにはいかんだろう? 俺が言うのもなんだが、あれは人が好すぎるところがあるからな」
いささか憮然とした面持ちで答えた青年は、卓の前に座り、茶碗を手に取る。
「確かにそうではございますが、何も好んで憎悪し合うことはありませんのに」
「それが、俺が自分に課した咎だ。俺は一生この罪を背負って生きねばならん。命の代償は命だ。償わねばならぬことから逃げるわけにはいかぬ」
茶で舌を湿らせた第二王子は、わずかに笑みを刷く。
第一王子と第三王子が突出した才を持っていたため、彼自身、決して目立つことはなかったが、本来の莱軌は芯の強い聡明な王子だった。
潔癖すぎるほどの信念を持ち、峰雅を支えるつもりだったのが歪められ、束縛されてしまったのだ。
「本来なら、白虎殿を祀る寺院に生涯蟄居するべき所を、兄上の遺言で蟄居を解かれ、そうして兄上の部屋をいただいた。今は、兄上の書かれた日記を日々読み解いているところだ」
話を微妙にずらし、現況を語る莱軌に、翡翠は軽く頷く。
「色々と忘れていた昔のことを思い出したよ。俺は、大切なことばかり忘れていた」
そう呟く青年は口許に笑みを刷き、懐かしげに目を細める。
「兄上の日記は、翡翠、おまえが生まれた日から綴られていた」
何よりも愛しい記憶を掘り起こした莱軌は、茶碗を口許へと運ぶ。
「それまで俺と兄上はたった二人の兄弟で、弟妹が欲しいと思っていた。おまえ達が生まれるとわかって、どれほど喜んだか……ちょうど、桔梗様と第二正妃様の産み月も近いことから、同時にふたりの弟妹に会えると毎日のように御二方の室を訪ねていたな。熾闇が生まれたときは、本当によく泣く赤子で、赤猿のようで意外と可愛くないものだと思っていたが……おまえは誰にでも笑いかける愛らしい赤子だった。兄上の日記も、最初の頃はおまえ達のことばかり書いてあった」
くすりと小さく笑い、茶を一口含む。
「父上が、兄弟は多い方がよいと仰っていた理由が幼心にもわかったような気がした。あれほどに愛しい存在があるならば、何を以ても護ろうと思うだろう。その心が、国を護る者には必要なのだろうな」
「愛しい者が住まう場所を守ろう──その想いが、今のわたくしたちを支えていることは確かです」
莱軌の言葉に頷いた翡翠は、緩やかに微笑む。
「あぁ、そうだな。だから兄上は、何があってもこの颱を護ろうとなさった。護るべき者があった兄上は、それゆえ強かったのだろう。血を吐くほどの苦痛すら耐えられるほどに……それに比べ、俺は妬むばかりで、情けないな」
「人は、何度でもやり直せると申します。従兄上様も……」
「そうか? そうだな。やり直せるならいいが」
吐息混じりのその言葉は、どこか諦めにも似た響きを持っていた。
「……長居をした。翡翠……また来ても良いか?」
かたりと椅子を鳴らし立ち上がった青年は、おずおずと問いかける。
「もちろんですとも。いつなりともこの扉は莱軌様の前に開かれております」
嬉しげに頷いた少女は、時間を問わず歓迎すると即座に応じる。
ほっとした様子の第二王子は、笑みを零す。
「すまない──いや、感謝する。ではな」
柔らかな笑みを浮かべた青年は、短く挨拶する。
笑みを浮かべた表情で、彼が秀麗な顔立ちをしていることを初めて気付かされた者も多いだろう。
峰雅や熾闇とは似ていないが、だがその目許は現王にそっくりである。
典雅な美貌といわれた峰雅とはまったく別の種類の男らしい線の太い横顔。
その横顔に翡翠は優雅に一礼した。
王宮中に奇妙な噂が流れ出したのは、王太子軍が帰還して間もなくのことであった。
蟄居を解かれた第二王子が、王太子府にある参謀室へと足繁く通っており、彼は次の戦で初陣を果たすらしいと、まことしやかに囁かれている。
その噂は、半分は真であり、残る半分はあくまでも噂であった。
ほぼ毎日のように参謀室へとやって来た莱軌は、部屋に入るなり、わずかに首を傾げた。
「どうなさいましたか、従兄上様?」
書類をまとめていた翡翠は、第二王子のわずかな変化を見逃さず、柔らかな声をかける。
「いや。大したことではないのだが……王太子軍は、他の軍に比べてやはり女性士官の人数が多いのだろうな。最近、よく目にするような気がした」
「あぁ……そのことですか。女性士官は、確かに多いでしょうが、それより女官が他の部屋より多く出入りしておりますので」
「女官が?」
苦笑を浮かべる翡翠に、莱軌は眉をひそめる。
一軍の参謀室といえば、間違いなく心臓部だ。
そこにある書類を女官が外へ持ち出せば、その軍は壊滅したも同然である。
普通ならば絶対に出入りさせない場所に、何故自由に女官が来るのかと、彼は不機嫌そうな表情を浮かべた。
「我が軍には、若く見目良い将達が揃っておりますので、目の保養だそうです」
くすくすと屈託なく笑う少女は、手を振ってその女官達にお茶の用意を命じる。
「最近のお目当ては、従兄上様だそうですよ」
「俺が、か?」
驚いた様に目を瞠った青年は、会議用の床几に腰掛ける。
「はい」
「俺など見たところで、見映えが良いとは思えんが」
「従兄上様は、陛下にそっくりでございますよ。我が国で一番女性におもてになるのは、間違いなく陛下でいらっしゃいます」
「……それは、まぁ、そうだが……」
納得いかないと、顔を顰め、そうしてにこやかな笑みを浮かべながら茶を置き、茶菓子を並べる女官に視線を向け、溜息をつく。
「どうも興味がないせいか、よくわからん」
困惑しきったその一言が、少女の主とまったく同じ口調だったせいか、翡翠は弾かれたように笑い出す。
「翡翠?」
「失礼を。皆様、まったく同じことを仰いますので、つい……」
「いや、いい。あれは……?」
口許を隠し、笑いを噛み殺した少女が取り繕うように答えると、溜息を吐いて応じていた莱軌は目の端に映ったものに興味を駆られた。
長く広い卓の上に置かれた絵地図。
颱とその周辺国の地形が事細かに描かれており、その上に駒が置いてある。
「遊戯具でございます」
あっさりとした口調で告げた軍師は、書類をすべて文箱の中へ収めると、その卓の傍へと近付く。
「遊戯具? こんな場所に遊戯具など……」
床几から立ち上がった莱軌は、遊ぶための道具が軍参謀室にあるわけがないと呟きながら卓の傍へと近付き、そうしてそれが何であるのかを悟った。
「この駒は、兵士だな? 絵地図を盤に見立てた巨大な将棋というわけか。これで、次の戦の策を練るというわけか」
「ご明察。従兄上様、一局、いかがでございましょうか。颱を手に入れる戦、なさいませぬか?」
にっこりと笑みを浮かべて問いかける少女に、莱軌は頷く。
智将と詠われる綜家の末子相手に、どれだけ己が立ち向かえるのか試してみるのも面白いと、そう嘯いた青年は、人型を模した駒に視線を落とした──
兵の数は共に十万。
歩兵、騎馬兵、将の数は、すべて同じ人数に揃えた。
また、各地形に関する情報も、少女は細かく莱軌に告げる。
まったく同じ条件で、攻め入る方と護る方へ分かれ、将棋に見立てた戦を行う。
主将の首を取ればこの遊戯が終わるわけではない。
相手の動きを封じることができれば、勝ちを宣言することもできる。
実戦さながらの遊戯に、莱軌は興味を駆られる。
常勝軍と言われ、勝ち続ける彼等が一体どんな戦をしているのか、間近で見る機会を得たと、そう思いながら、彼は駒を並べ始めた。
興味本位で始めた遊戯に、莱軌はわずか数分で息詰まった。
実戦というものを経験したことは一度もないが、戦略や戦史は幼い頃からたしなみとして習っている。
知識は充分持っていると自負していたが、実戦を知る者とそうでない者との差がここまであるとは思ってもみなかった。
「騎馬隊、五百を西の草原に配置……歩兵、千を南へ移動」
駒を動かし、颱軍の動きを見つめる。
「本陣を西に移動、距離、二里半。遊撃軍、北西へ配置、左軍、半里前進」
冷静な声。
冷徹な策。
見る間もなく、莱軌が操る軍が討ち取られていく。
打つ手を尽く躱され、潰され、それでもなお手を尽くそうとする莱軌は、翡翠が地図ではなく自分を、敵将を真っ直ぐ見つめていることに気付いた。
莱軌がどんな策を練ろうとも、その先を読み、先手を打ってくる。
何故その様なことができるのか──それは、翡翠が莱軌の表情をつぶさに見つめているからなのだ。
感情をはっきりと面に出さずとも、わずかな変化でそれらを読み取り、そうして次の手を用意する。
まずは自分が生き残るため、そうして大切な者を護るため、どんな手でも有効だと思える手は捨てずに使ってくるのだ。
勝てる相手ではない──とは、思わない。
確かに翡翠は賢い。
これでまだ成人を迎えるに数年も時間が必要な子供だとは到底思えないが、それでもその賢さがあだになることもあるのだ。
非常に読みやすい手を取れば、逆に警戒心を呼び起こして、自ら距離を取ってくるだろう。
それが命取りになる。
だがしかし、その策を取るには時間がなさ過ぎた。
「騎馬隊、前進。左に展開」
せめてもの反撃に出てみるが、すでに打つ手は限られている。
「………………」
わずかに翡翠の表情が変わる。
穏やかな笑みが、より深く、慈愛に満ちたものとなる。
そうして彼女は、使者である白地の旗を掲げた駒を莱軌の本陣前へ据え置いた。
「降伏を勧告いたします。ただちに颱国領域からの撤退を。境界線は従来通りと致します。補償金の支払いはこちらの損害分のみで結構です。戦犯の引き渡し等の問題は不問と致します……いかがでしょう?」
「……それで、よいのか? 話がうますぎると思うが」
こちらの手の内を見透かしたような条件に、莱軌は唇を噛み締め、唸るように告げる。
「信じていただくより他は……ですが、颱は四神国。守護神に恥じぬように、一旦申し出た条件を破棄するような真似は致しませぬ」
追い詰めるでなく、促すでもなく、淡々と真実のみを言葉にした少女は、莱軌を見つめる。
地図を眺め、他に打つ手はないかと、散々考えた挙げ句、青年は溜息を洩らした。
「よかろう。勧告を受け入れる。俺の負けだ」
「……そうですか。それは助かりました。このままでは、わたくし、負けていましたから」
にっこりと笑った少女が有り得ないことを告げる。
「あ?」
「騎馬隊を左に展開され、そのまま歩兵を前進させられると、颱の右軍が分断されてしまいます。ここからそのまま背後を突かれる形になってしまいますので、実はひやひやしておりました」
「あ!」
翡翠が敵の駒を動かし、その言葉通りの展開を見せたため、莱軌は茫然となる。
全然気付かなかったのだ。
その通りに駒を動かせば、個別撃破の典型とも言える陣形を容易く作れることとなり、彼の軍は一気に優勢になったはずなのだ。
護るより、攻める方が楽だという確かな証拠を突き付けられ、言葉をなくす。
それよりも、自分が不利な立場にいることをまったく感じさせず、優位に立った者の強さで降伏勧告を差し向ける翡翠の剛胆さに舌を巻く。
「目先の不利に捕らわれると、大局の有利を見落としがちになるのです。従兄上様が打たれたこの手は、大局を見通してではなく、その場凌ぎの一手でございました。それゆえ、翡翠がつけ込むことができました」
にこやかに説明する少女の言葉は、的確に莱軌の弱点を突いている。
「見事に騙されたな。それで幾つ勝利を拾った?」
「それはもう、数えきれないほど! 無駄に命を散らすことは、わたくしの本意ではありません。颱は豊か、そして強い。それが、目隠しとなっておりますれば、いかようにも騙し通せます。それに、いくら颱が豊かであっても、国庫には限度がございます。無為に戦を長引かせ、国庫を荒らせば、国を荒らすことにも繋がりましょう。それこそ、本末転倒というもの。わたくしたちの仕事は、速やかに国境の安寧を取り戻すこと。戦をすることではござりませぬ」
「なるほどな。勉強になった」
常勝軍と名高い王太子軍が出てくるだけで、戦を放棄し、逃走する国も少なくない。
そうして常勝軍のその背後には、大陸最強と詠われる綜家の長子──綜季籐将軍率いる黒獅子軍が控えている。
普段は王都の警護にあたる眠れる獅子が動くとき、ひとつの歴史が終わるとすら言われている。
もちろんそれは、一国の歴史が終わるという意味であり、過去に黒獅子軍が前線に向かったそのすべてにおいて、敵国となった国々は、歴史の表舞台から消え去った。
戦場に立つ綜季籐は、まるで武神将か鬼神の如く伝えられる。
普段は陽気で賑やか好きの男だけに、その姿は聞くだけでは信じられないものがある。
だが、その季籐が控えているということが、どれだけ敵国に威圧感を与えているか、想像に難くない。
「お役に立ちましたでしょうか?」
「あぁ」
翡翠が何故この遊戯をしようと言い出したのか、その意図を悟った莱軌は頷いた。
礼を言おうと彼が口を開きかけたとき、にわかに外が騒がしくなった。
複数の男の声が入り乱れ、先を争うような足音が響く。
「翡翠!」
ばたんと大きな音を立て、扉を開いた少年が中へ飛び込んでくる。
「無事か!?」
「……何の騒ぎでございましょうや? 皆様」
にっこりと、穏やかに和やかに微笑んだ少女が、小首を傾げ、可愛らしく問いかける──表面上は。
その愛らしい笑顔を見た瞬間、男達は顔を強張らせる。
「いや、その……小鳥の囀りに誘われましてね」
犀蒼瑛が、笑みを浮かべて切り返す。
彼等の反応から見ると、翡翠のこの笑顔は非常に怒っているのだと予測した莱軌は、蒼瑛の言葉に見事だと感心する。
「小鳥、でございますか。いずれの小鳥にございましょうや? 黄の巾をつけた小鳥なら存じておりますが」
黄の巾は、女官がつけるものである。
女官達の噂話に振り回されたのかと、暗に非難する翡翠の言葉に、彼等は首をすくめる。
「だがなっ!! ──っと、二の兄上。ごきげんうるわしゅう」
反駁しかけた熾闇は、翡翠の近くに立つ莱軌の姿に気付くと、言いかけた言葉を飲み込み、むすりとした表情で、だが律儀に挨拶をする。
「おまえは麗しくないようだな、一の弟殿?」
思いが顔に出る弟に、莱軌はからかうように声をかける。
「さっきまでは麗しかったがな」
「熾闇様! 従兄上様も、おからかいにならないでくださいませ。面白いからと遊ばれては、懐くものも懐きませぬよ。何事もほどほどになさいませ」
熾闇と莱軌を窘めた翡翠は、呆れたように肩をすくめる。
「……翡翠」
「翡翠の大切なお客様に失礼を働く方は、即刻退出なさっていただきます」
情けない表情で乳兄弟を見やる熾闇に、きっちりと教育的指導を執り行った少女は、来訪者達に椅子を勧める。
奇妙な茶会が始まろうとしていた──