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白虎の宝玉  作者: 西都涼
揺籠の章
31/201

31

 今から十数年前、颱国はおめでたいことが続いていた。

 第二正妃の懐妊を皮切りに、側室方の懐妊が相次いだからである。

 国王陛下は第一正妃の第一子であり、前王唯一の王子であった。

 それゆえ、兄弟というものに憧れが強かったせいか、兄弟は多いに限ると側室を多く迎えられた。

「峰雅、莱軌、そなた達に弟と妹が生まれるぞ。嬉しいか?」

 峰雅を傍らに、莱軌を膝の上に抱き上げた王は、笑みを浮かべて問いかける。

「はい、父上。とても嬉しく思います。それに、従兄弟も生まれるのでしょう? 叔母上様の御子が第二正妃様と同じ頃に生まれるのだとお聞きしました。たくさん可愛がってあげなくては」

 物心つかないうちから神童と言われ続けた第一王子峰雅は、子供らしい素直さで生まれてくる弟妹に兄らしい愛情を示す。

「莱軌は妹より弟が欲しゅうございます。一緒に遊びとうございます」

 やんちゃな盛りにいる莱軌は、兄に負けまいと大きな声で懸命に告げる。

「そうかそうか。ならば、たくさん可愛がるが良い、遊ぶが良い。父が許す、弟妹達と仲良う、慈しむが良いぞ」

「はい!」

 子供達は元気に返事する。

 幸せな父と子の姿がそこにあった。


 だが、幸せは長くは続かなかった。

 ふとしたことで、幸せは崩れてしまう。

 第二正妃が生んだ御子は、王子であった。

 貴妃が生んだ御子もやはり双子の王子であった。

 その後次々と生まれた御子達の殆どは、位の高い妃の御子達が王子であり、さほど位の高くない妃達は王女を産み落とした。

 それは、ただの偶然であった。

 だが、それを偶然と思わなかった者がいた。

 第二王子莱軌が母、藍美は側室の中でも最も身分の低い采女であった。

 正妃と四妃──貴妃、淑妃、徳妃、賢妃に王子が生まれ、全員で百二十二名いる側室の中で最も身分の低い采女の王子に王位が回ってくることなど、藍美には到底思えなかった。

 藍美は、趙国から嫁いだ昭儀の侍女であったが、王に見初められ、采女として部屋を賜り、莱軌を生んだ。

 四神国の者ではなかったため、彼女は知らなかったのだ。

 王を定めるのは、血筋ではなく、神獣の意志と王子の資質のみだと言うことを。

 第一王子はまだいい。

 いくら第一正妃の御子で神童と呼ばれているとはいえ、生まれながら病弱で、無事成人できるかどうか危ぶまれている程の脆弱な身体だ。現王が引退するまでおそらく保たないだろう事は明白だ。

 だが、第二正妃の第三王子は、とても健やかに育っている。

 王の妹姫の娘と乳母を共にし、右大臣の後見も得た王子と、王に愛される第二正妃を藍美は憎んだ。


 王母として、大国颱に君臨することも夢ではなかったはずが、身分が高いばかりに王の寵愛をさらい、そうして世継ぎと目される王子を産み落とした第二正妃のために、すべてを失ったと、勝手な思い込みで逆恨みをする采女は、その執着を幼い息子に吹き込んだ。

 他の采女や位が上の側室達とも一線を画し、陽の当たる場所にいる第二正妃に呪詛の言葉を呟き続ける。

 強烈すぎる想いは呪となり、第二正妃は原因不明の病の床に伏すことになった。

 正式な手順を踏んだ呪詛ではなく、想いが凝った呪ゆえ、呪詛返しも行えず、第二正妃の病状はますます重くなっていき、そうして正妃は己の寿命よりも愛する息子を想った。

 死の床で正妃が考えたのは、まだ幼い息子がただひとりきりになってしまうことだった。

 王は息子のことを愛してくれるだろう。

 他の子供達と同じように。

 だが、熾闇ひとりのことだけを考えてはくれない。王には国民という大切な子供達がいるのだ。

 右大臣が正室桔梗姫に頼むべきだろうが、彼女にも五人の子供達がいる。

 常に王宮にあり、熾闇を見てはくれないだろう。

 同じ子を持つ親として、自分の子を見捨てて他人の子の面倒を見よとは、とても言えない。

 そして、彼女達は必ず熾闇よりも先に逝く。

 いつかまた、熾闇はひとりになってしまう。

 ならば、彼女の愛する息子と同じ時間を歩む者に頼めばよいのだと、正妃は熾闇の従姉妹に当たる姫を病床に呼んだ。


「いかがなさいましたか? 正妃様」

 まだ幼い、ようやく言葉の意味を理解し始めたはずの幼女は、舌足らずな愛らしい口調で、しかしながら神童の再来と呼ばれるに相応しい片鱗を見せ始めていた。

「翡翠……そなたにお願いがあるのです。愛しいそなたに惨いことを頼むわたくしを許しておくれ」

 すでに寝台から起き上がる気力も体力も失ってしまった正妃は、涙ながらに枯れ枝のような手を震えながら伸ばす。

「わたくしで叶うことでしたら、何なりと仰ってください」

 大好きな従兄弟の母君のお願いなら、何でも叶えてあげようと、心優しい子供は笑みを浮かべて懸命に言葉を綴る。

「翡翠、お願い……熾闇を……熾闇を護って、あの子の傍にいてあげてちょうだい……どんなときでも、あの子が寂しくないように……そなたが傍にいてあげて……」

「はい」

「何時如何なる時でも、決して傍を離れず、支えてあげて……そなたにしか頼めぬ。誰も信用できぬのです。わたくしは……わたくしの病は、呪によるもの……わたくしにはわかる。誰かがわたくしを、熾闇を憎んでいるのです。わたくしの身はどうなろうともかまわぬのです……我が子、熾闇さえ無事ならば、それでよい。熾闇……」

 はらはらと痩せ細った頬を涙が伝う。

 死の病床にありてもなお、第二正妃は美しかった。

 子を想う母の愛が、死の影が濃い面を美しく飾っていた。

 枯れ枝のような手が、白い紅葉手を握り込む。

「翡翠……そなたも我が子のように愛している……熾闇と同じ命を分けた愛し子のように想うております。それなのに、わたくしはそなたに枷をはめてしまう……熾闇の傍にいると、言霊に誓わせてしまうなんて……業の深い……罪深い」

 己の罪を知りながら、それでも愛ゆえに縛ろうとする正妃に、子供は素直に従った。

 その意味を完全に理解していながら、そうして己の宿命の重さを知らずに。

 言霊の誓いは、魂に刻まれ、そうして程なく第二正妃は不帰路を辿った──


 第二正妃の死を以てしても、呪は終わらなかった。

 正妃亡き後、第三王子にその呪は向けられ、その呪から身を護るために、幼子はさらに危険な戦場に身を置くしか術はなかったのだ。

 その身に星を抱き、重き宿命を背負った王子にとって呪は大した問題ではなかった。

 なぜならば、第二正妃を彼岸に追いやりながらも日増しに強まる呪を以てしても、彼自身に何の害をもたらすこともできなかったからだ。

 それは、傍にいる翡翠も同じであった。

 そして死者の言霊が、さらに彼女を護っている。

 熾闇が宿命を終えるその日まで、その言霊は彼女を護るはずだった。

 彼女が約定を破り、主から離れない限りは。

 成人を迎えた莱軌は、母の手許から離され、東の王子宮の一画に住んでいる。

 神童と詠われ、天才の名を恣にする第一王子峰雅と、武人として名を上げ、どんな戦でも必ず勝ち軍神常勝将軍と呼ばれる第三王子熾闇に挟まれ、突出した才の欠片もなく、平々凡々な王子よと陰口を叩かれ、王宮にいながら世捨て人のような扱いを受ける莱軌が、兄弟達を憎んだのは、ある意味、仕方がないことかもしれなかった。

 母の歪んだ想いが彼を縛り付け、開花するはずだった才を潰され、そうして不幸な若者は歪められたまま、さらに歪みを大きくしようとしていた──

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