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白虎の宝玉  作者: 西都涼
揺籠の章
23/201

23

 真っ直ぐな黒髪をたなびかせ、王太子府へ向かう軍師がひとり。

 艶やかな髪がふわりと舞い、見る者を陶然とさせる。

「翡翠殿!」

 第三王子の従者であり、軍師であり、乳兄弟である少女が、王太子府へ向かう回廊を渡るのは、いつも同じ時刻であった。

 その時間帯に行き合わせれば、必ず彼女に会えるとわかっているため、翡翠自身に用がある者は、この回廊で待ち伏せるのが常である。

 今日もまた、彼女を待つ人物の声により立ち止まった少女は、わずかばかりに首を傾げ、そうして振り返ると目を細めた。

「五の君様」

 見れば、翡翠達と同じ年頃の少年が、気負った表情で彼女を真っ直ぐに見つめている。

 第四王子と第五王子は、翡翠や熾闇と同じ年であり、王と貴妃との間に生まれた双子の少年であった。

「……よく、わかったな。兄上とよく間違えられるんだが」

 第五王子青牙は、戸惑うように呟く。

「わかりますとも。双子と言えど、四の君様と五の君様はまったくの別人でございますれば。確かに同じお顔ではございますが、どこか違うものでございますよ」

「そうか……」

 どこまでも瓜二つと言われ続ける少年は、翡翠の言葉に嬉しそうに笑う。

 第四王子紅牙は、どちらかと言えば学問が好きで、いずれ大学へ進み、大学者となって国の制度を司る宰相の役に立ちたいと願っており、第五王子青牙は、第三王子の片腕となり、武にて国を助けたいと思っている。

 だが、熾闇とは異なり、彼等は未だ子供として王宮深くで暮らしている。

「わたくしに何用でございましょうか、青牙様」

「う、うん。翡翠殿に頼みがある。私に剣を教えてくれようか?」

 穏やかに問いかけられ、少年は頬を紅潮させ、気負った様子で答える。

「青牙様のお申し出でしたら、いかようにも。ですが、何故に剣を学ばれます?」

「国のためが第一であるが、三の兄上のためにも、私は剣を学びたいと思う」

 きっぱりとした口調で告げた少年は、手にしていた練習用の剣を翡翠に差し出す。

「兄上は、幼少の頃から戦場でお育ちになられた。国を守るため、民のため、身を粉にして、常勝将軍と呼ばれようともそれに奢らず、王族として、その務めを果たされておられる。だが我らは、ほんの数ヶ月遅れで生まれただけにもかかわらず、王宮で守られている。本来ならば、もっと国や兄上のお役に立つべきだと思うのだ。いずれ、この国を護る者として恥ずかしくないだけの技術と知恵を学びたい」

 感情的ではないが、熱っぽい口調。

 翡翠達が時の彼方に置いてきてしまった年相応の青い理想。

 彼等は、熾闇が守りたいと願う愛しい家族であり、翡翠にとっても敬愛すべき主家の若君達であった。

 そう言えば、と、翡翠はあることを思い出した。

 物心つく頃から戦場にいた自分達は例外中の例外だが、普通、王族又は貴族の若君が初陣をする年頃であったということに気付く。

 初陣を済ますにあたって、最低限度の剣技を学ばねばならない。

 その点、青牙は非常に優秀な生徒であり、武官としても将来有望という話を小耳にしたことがある。

「大変立派なお覚悟だと存じます。五の君様におかれては、剣技は教えることは何もないと師匠殿が言われたと、そうお聞きしておりますが」

「師匠の言葉はあてにならぬ。なぜなら、師匠は一度も戦場に出たことがないからだ。私が剣技を修得したのと、戦場でそれが通用するかどうかということは、別問題だと思う」

「……仰るとおりです、青牙様。わかりました。お望み通り、臣がお手合わせいたしましょう」

「忝ない! いつからよろしいか? 翡翠殿のご都合はどうであろうか」

 翡翠の言葉に嬉しそうに意気込んだ少年は、足を前に踏み出す。

「それが……我が君のお供でしばらく王都を離れねばなりませんゆえ……いつになるかは風次第でございます」

 少しばかり困惑したような表情になった翡翠は、素直に答える。

 いずれは判る話だ、偽りを口にすることは出来ない。

「兄上の……戦になるのでしょうか」

「さて。こればかりはお答えのしようがございませぬ。ですが、我が君は血を流すことを厭う方でございますから」

「兄上は、私の自慢だ」

 青牙の素直な言葉に、翡翠の口許が綻ぶ。

「翡翠殿、兄上をお願いいたします」

「この身に代えましても。剣技の件は、後日改めてこちらから伺わせていただきます」

 穏やかな笑みを浮かべる翡翠に、青牙はしっかりと頷く。

「翡翠、こんな所にいたのか?」

 王太子府から姿を現わした熾闇が、翡翠に呼びかける。

「我が君」

「兄上!」

「おっ……青牙、か」

 同じ年の弟に声をかけられ、一瞬戸惑った熾闇は、おそるおそる名を呼ぶ。

「はい。青牙にございます。翡翠殿を呼び止めてしまい、申し訳ありません。私の用は済みましたので、これにて失礼させていただきます。兄上、ご武運を」

 母に似たのだろう、あまり熾闇とは似ていない王子は、右手を左胸にあて、深々と頭を下げると、くるりと踵を返し、立ち去っていく。

 それを見送った翡翠は、主に視線を向ける。

 実に複雑そうな表情を浮かべた少年は、肩を竦ませ、溜息をついていた。

「どうされました、我が君」

「あ……うん。同じ年なのに、弟というのはやはり慣れないと思って」

 年の離れた兄がいるせいか、感覚的に納得できないとぼやいた少年は、すぐに乳兄弟に目を向ける。

「青牙がどうかしたのか?」

「初陣の準備をなさりたい様子ですね」

「は? 初陣? 何であいつが? 戦など、出ない方が良かろうに」

 戦場をよく知る老練な指揮官は、その悲惨な記憶を持つが故に、理解できないと首を捻る。

「国を守は王族が務め──そう仰いました。熾闇様の片腕になるのが夢だと、以前、お聞きしたことがございます」

「……そんな夢、持たぬ方がどんなにか幸せだろうに」

 偉大な兄に憧れる弟の心理が理解しがたいらしい熾闇は、小さく呟く。

「よいことではありませぬか。そう思う兄君が傍におられることは、青牙様にとって幸福なことと存じますよ」

「そんなものか?」

「はい」

「まぁいい。それより、今回の布陣、おまえに任せても良いか」

 今理解できないことは、無理にしようとしなくても良いという方針の少年は、話題をあっさりと変える。

 そうして軍師を傍に招き寄せながら、彼は今度の敵について、想いを巡らせた。

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