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白虎の宝玉  作者: 西都涼
記憶の章
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 大好きな従妹の舞を眺めながら鬱屈を抱える若者。

 誰よりも従妹の舞を愛する若者が、その従妹の現状に心を痛めている。

 その微妙な心の推移を感じ取った白虎は、どうしたものかと考える。

 目の前に戦を控え、豪胆だと思うべきか、はたまた繊細すぎると思うべきかと悩んでしまう。

「おい、熾闇」

 鬱々と虚空を眺める若者に、白虎は溜息交じりに声をかける。

「………………」

 だが、思い悩む様子の若者は、守護神に声をかけられたことにすら気付かない。

「重症だな、これは」

 呆れたようにボヤいた白虎は、ぴくりと耳を立たせると、近付く気配の方向へ顔を向ける。

 翡翠の舞が終わる頃合を見計らったかのように現れたのは、青玉の瞳の娘であった。

「お邪魔をいたしまして、申し訳ございません」

 青藍が銀の髪を揺らし、恭しく頭を下げる。

「かまわぬ。何かあったのか?」

 先ほどまで鬱々としていた若者が、まるで別人のように覇気を身に纏い、女子軍の幹部に問いかける。

「窺見が戻ってまいりましたゆえ、ご報告を、と……」

 静かに穏やかな表情で伝えた青藍に、翡翠が頷く。

「では、あちらで伺うことにいたしましょう。」

 そう返した後、女子軍の総大将たる娘は唯一無二の主へ視線を流す。

「熾闇様」

 呼びかけた声は、落ち着いたものであった。

「俺が行かなくてもいいのか?」

 その声に常勝軍の頂点である者の表情に戻った若者が短く問いかける。

「はい。女子軍を動かしましたので。三の君様はしばらくこちらでおくつろぎくださいませ」

「……わかった。お前の采配に委ねよう」

 穏やかに告げる娘の表情を真っ直ぐに見つめた若者は、精悍さを増した顔をわずかに綻ばせるとゆったりと頷く。

 彼女の言葉から何を受け取ったのか、先程の鬱々とした表情とは一変して明るい表情だ。

「では、しばらく外します」

 一礼した娘は親友を促すと主に背を向け、天幕がある方向へと歩き出した。


 見送る第三王子の表情は、先程とは異なり、非常に穏やかで大らかだ。

「熾闇」

「……あ。白虎殿」

 名を呼ばれ、そこに存在する神の姿に若者は居たのかと思いっきり意外そうな表情を浮かべる。

「おまえな……俺の親切心を見事に踏みにじりやがって」

 呆れたような表情で、白い神は空を仰いでみせる。

「あぁ……っと。何事だろうか、白虎殿?」

 とりあえず問いかけた熾闇は、困ったように首を傾げる。

「何事じゃなくて、大事だろうが! 翡翠が戸惑っていたのがわからんのか、おまえは!」

「翡翠が!? 何で!?」

「これだからお子様は……おまえのその態度だろうが、原因は!」

「俺……」

「何を鬱々と悩んでやがる?」

「悩み……」

 虚を衝かれた若者は、そのまま黙り込む。

「ほれ。さくっと吐いちまえ! 言えば楽になるってこともあるだろうし、いい考えが浮かぶこともあるだろうが」

「……白虎殿……」

 思わぬ言葉を掛けられ、熾闇はそれこそ本気で思い悩む。

「……何と説明していいか、わからない……」

 圧倒的に語彙が少ないことをあっさりと告げた若者は、深く息を吐く。

「端から上手い説明など期待してはおらんわ。気にかかっていることを言うだけでいい」

 最初から諦めていると酷いことをあっさりと言い切った白虎は、先を促す。

「夢を、見るんだ」

 しばらく黙り込んでいた若者は、ようやくポツリと呟いた。


 それを皮切りにとつとつと言葉を連ねていく。

 今まで夢に見た内容を覚えている範囲で、出来るだけ詳細に。

 その内容を聞くたびに白虎の表情が険しくなっていくが、己の内に囚われている熾闇は気付かない。

「いつも、後悔する。何で自分は天帝位を望んだりしたんだろうって……望まなければ、皆が、守護者が消えてなくなることなんて無かった」

 どれだけ深い悔恨を抱えて玉座に座してきたのかと、彼が知る麒麟を思い出し、白虎は溜息を吐く。

 少なくとも表面上には彼らの慟哭はなかった。

 荒れた天界を立て直すべく、必死に政務に取り組み、そうして時折懐かしむように人界を優しく見つめる視線を思い出すだけだ。

 そういえば、と、思い出す。

 白虎族の長として代々受け継がれてきた記憶の中の麒麟の多くは一代限りで、天界に昇って後に妻帯するものはほとんどいなかった。

 あれは、もしかすると己への戒めだったのかもしれない。

 守護者を失った己は幸せにはなってはいけないのだと、そう思い込んでしまっていたのやも知れない。

 どんなに側近が薦めても、穏やかな笑みでだが頑なに傍に誰も置こうとはしなかったのは、大切なものを二度と失いたくないという思いの現われだっただろう。

 それほどまでに、守護者の最後の言葉に囚われ、その望みを果たすべく、長い時をただひたすらに過ごしていたのだろう。

 だからこそ、今度こそはと夢で干渉してくるのかもしれない。

 すべては推測にしか過ぎないが、麒麟という存在をよく知る白虎だからこそわかることもある。

 彼らの守護者への執着は、単なる親子の絆よりも深く強い。

「翡翠を失うくらいなら、天帝位など価値の無いものはいらない」

 きっぱりと断言する王子に、白虎は苦笑する。

 誰もが望み、欲しがる玉座を無価値と評価できるものはそうそういない。

 そして、欲しがらない者こそ、その地位に一番相応しいということもわかっている。

 熾闇ならいい天帝になれることだろう。

 だが、彼に不幸になることが確実にわかっていて、天帝位を目指せとはとても言えない。

 言いたくもない。

 それは、守護者とて同じことだろう。

 彼らは決して一度たりとも天帝位を勧めたことは無かった。

 今代の守護者たる翡翠とて同じだ。

 麒麟が天帝位を目指すことが正しいと一言も口にしたことは無い。

 熾闇が望んだことを実行することに吝かではないようだが、進むべき道をこちらだと先導することは無い。

 すべては熾闇が己で考えて下した結果のみを粛々と実現へと導くだけだ。

「……この道が正しいのかどうか、全然わからない。それでも、翡翠を失うことだけは承服できない」

「……いいんじゃないのか?」

 嘆き悲しみを見事に己の感情下に置いて、若者は正直に告げる。

 だからこそ、白虎はその意思を素直に告げる。

 本来ならば、肯定してはいけないのだろうが、そんなことなどどうでもいい。

 全肯定をして見せるだけだ。

「麒麟がすべて天帝位を目指さないといけないということはない。何を選ぶかは、すべて麒麟の意思だ。天帝位なぞ欲しくはないと言い切る人間が居ても構わないぞ」

 穏やかに笑った白虎に、熾闇が泣きそうな顔になる。

「いいのか?」

「いいんじゃないのか? 天界のことを、何故、人界の者が尻拭いしなきゃいけないのかってことが一番の疑問点だからな、俺の」

 最古の神といわれる白虎があっさりと頷いてみせる。

「おまえはおまえらしくいろ。そして、翡翠のことを信じてやれ」

「翡翠を信じてるさ。誰よりもな」

 きっぱりと言い切った若者に、白虎は空を仰ぐ。

「いやはや、若いもんだなぁ……」

 やけに年寄りじみたことを告げた白虎は、その後も笑いを堪えるのに大変で、派手に視線を泳がせていたのであった。

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