表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白虎の宝玉  作者: 西都涼
記憶の章
198/201

198

 着替えてさっぱりしたところで熾闇は天井を仰ぐ。

 布張りの暗い部屋。

 王宮と比べるもないほど狭い空間。

 それでも、彼にとっては非常に落ち着く場所だ。

 草原と風を感じる場所。

 それだけで満足する。

 己が草原の民だと感じる瞬間。

 王宮以外の場所を知らずに逝ってしまった兄たちは、どうだったのだろうか。

 普段は考えないようなことばかり考え付く自分に苦笑する。

「熾闇様?」

 いつの間に戻ってきたのか、怪訝そうな表情で翡翠が声をかけてくる。

「ああ、すまん」

「いえ。本当にどうなさいましたか?」

「んー? いや。お前の舞が見たいなと思っていたところだ」

 鬱屈が溜まると舞を所望する主に翡翠が形良い眉をひそめる。

「お望みでしたらいくらでも。ですが、今はもうお休みください」

「眠気が失せた。一晩眠らぬくらい、どうってことないが、お前は許してくれそうにもないな」

「もちろんです」

「そういうお前も、きちんと休め」

 主の前に伺候しているため、彼女の身なりは通常と同じく一分の隙もない。

「俺より、お前のほうが年下だし、女なんだから、休息をより必要としているはずだろう? お前が休めば、俺も安心して休める」

 傍に寄る乳兄弟の滑らかな髪を撫で、熾闇は告げる。

「いきなり何を仰いますか?」

「俺が起きてすぐにお前は来ただろう? 俺の異変に気付いて目覚めたのか、それとも最初から起きていたのかはわからぬが、すぐにここに来たということが問題だ。そこまで俺を気にするな。夜は休むためにあると、昔からそう決まっている。だから、夜中に俺のところに来るな」

「熾闇様?」

「妙な勘繰りをする輩は、王宮にしかいないから良いが。俺は、お前が俺のことで誰かに何か言われるのが嫌なんだよ。大人になるというのは、何かと面倒だな」

 ため息混じりに呟けば、苦笑が返って来る。

「最近、そればかりですね。以前は早く大人になりたいと仰っておられましたが……」

「力において、と限定すれば、大人になるのは助かる。剣を扱うのが随分楽になったからな。だが、王族の義務を果たせと関係ない奴から言われるのが癪に障る。俺は、俺なりに王族の義務は充分果たしていると思うぞ」

「血を繋ぐ……これが王族の最大の義務でしょう。ましてや、熾闇様は王の唯一の嫡子でございます。他国と颱の王統は存在自体が異なっておりますが、嫡子の血を残すべきだと思う気持ちはわからなくはございませぬ」

「……お前がそんなことを言うのは珍しいな」

「わたくしも臣下にございますれば、一般論は承知しております」

「……お前も血を残せと言われているクチだろうに」

 行儀悪く寝台に片膝を立て苦く笑う。

「王位は弟たちが継げばいい。俺は、ただの剣でいい。この国を守ることが出来さすれば、いつどこで果てようと充分だ。今、この状況で妻子がいれば、俺にとっては邪魔でしかない。戦場で存分に力を振るうために、この手で妻子を斬り捨てることになる。なぜそれがわからぬのか……」

「正妃様がいらっしゃれば、さらにこの国を守る理由になると、そうは思われませぬか?」

「戦に明け暮れる夫をただ待てる女がいるとは思わぬ。必ず、戦場に行くなと言い出す。共に戦おうと言ってくれるなら考えんでもないが、そういう女は今のところ皆無だな」

「それは、確かに。熾闇様の正妃候補である姫君で戦場に立つというような方はいらっしゃいませんでしたね」

「最有力候補以外はな」

「どなだたです?」

「おまえだろうが! だから、ここに来るなと言ってるんだ、俺は!!」

 脱力のあまり、思わず叫んだ熾闇に、翡翠は目を瞠る。

「あぁ、なるほど。そういうことでしたか……これは申し訳ございませぬ。わたくしがいたりませんでした」

 顎を掴むように手を当てた娘は、納得したように頷く。

 妙におっさんくさいしぐさに熾闇は肩を落とす。

「お前が守護者という意味が、今、よくわかったよ……麒麟が男だったら、守護者も男なんだよな。そして、守護者は歴代の記憶が残ってる」

「それをどこで?」

「十二神将たちが言っていただろう? つまり、今までの麒麟のほとんどが男だったから、当然お前も男だったわけだ」

「それは、まぁ、そうですね」

 どこか困ったように翡翠が頷く。

「守護者の記憶がないお前は、確かに女だが、守護者のお前は見た目は女でも中身は男というわけだ。しかも、結構年上の」

「……ご明察です」

 微妙な沈黙の後、困惑しながら再び頷く娘。

「それなら、男の許に嫁に行けと言われても困るよな」

「……はぁ……」

 珍しいことに視線を泳がせながら曖昧に頷く。

「その割には、俺が触ってもあまり嫌がらないよな。男に触られるのって、気持ち悪いだろう?」

「……それはもう慣れですね。熾闇様は昔からずっとですから。他の方は……明確な意思があると、殴り倒したくなりますが」

「俺が許す。そういう輩は即殴り倒せ! 場合によっては斬り捨てて良いぞ」

 むっとした熾闇も真面目に応じる。

「さすがに斬り捨てては問題が……」

「綜家の娘に不埒な真似をしたというだけで重罪だぞ。しかもお前は正妃候補だ。当然の報いだろう。お前の言う世間の目は、そう捉えるだろう」

「はあ、なるほど。そのような考え方もあるというわけですか」

 妙に感心したように、翡翠が頷く。

「……翡翠、おっさんくさいぞ」

「仕方がないでしょう。実際、中身はあなたの父上と同じ程度の年の男なのですから。守護者の意識が薄いときは、それなりに振舞えますが、守護者の意識が表に出てくるときは、逆に年頃の娘を演じるわけですから、どうしても違和感が拭えなくて……」

 熾闇の冷ややかな一言に、心底困ったように翡翠がぼやく。

「しかし。そのことに気付いていながら、あなたはわたくしに違和感を感じていないようですが?」

「どっちも翡翠だからな。別に、違和感など感じない。わかってしまえば、お前は一人だ」

 その言葉に一瞬固まった麒麟の守護者は、あるかなしかの笑みを浮かべ、主の前に膝をつく。

「我が唯一無二の主君に、永遠の忠誠を。我が魂は、永久にあなたの傍で、あなたと共に」

「翡翠?」

「わたくしがわたくしであることを認めてくださるのは、前世でも今生でもあなたひとりです。あなたがわたくしの主で本当に良かった……って、何を赤くなっておられるのですか?」

「おまえ……それをよくも照れずに言えるな……相当な殺し文句だぞ。もういい。三界最強の意味が良くわかった。あらゆる意味で最強なんだな」

 顔どころか、全身真っ赤になった若者はぐらりと寝台の上に横倒しになる。

「いいえ。三界最強は、あなたですよ。わたくしが唯一膝をつき、頭を垂れるのはあなたひとりなのですから」

「空恐ろしい栄誉だな。中身がただのおっさんだとわかっていれば、ありがたいと思うだけだが、外側がこうだとあらぬ恨みばかり買ってしまう」

「……そのようですね。仕方がないと思って、楽しんでください。それこそ、あなた以外にわたくしはこの命を預けようとは思いませぬゆえ」

「翡翠」

「はい?」

 立ち上がった麒麟の守護者は、主の顔を覗き込む。

「いつものお前も、守護者のお前も、どちらも俺は好きだぞ。だから、俺は天帝にはならぬ。絶対に」

「……わたくしは、いつでもあなたのものですよ。今更口説いてどうなさるおつもりですか?」

 くすっと笑った守護者は、若者の癖の強い髪を撫でる。

「お前の舞が見たいと言っているだろう?」

「承知いたしました。夜が明けましたら」

「俺は大丈夫だ。お前も休め」

 暁色の瞳が宝玉の瞳を捉える。

 有無を言わさぬ強い光に、守護者は視線を奪われる。

「我が君……」

「その名で呼ぶな。おまえとは対等なんだからな」

 光が翳り、視線が落とされる。

「熾闇様?」

「ほら、寝ろ! 親友の言う事が聞けないなら、寝台に引っ張り込むぞ」

「それは御免被ります。いくら友とはいえ、図体のでかい男の寝台なぞ鬱陶しい!」

「本音が出たな、守護者! ならば早く去ね!」

「承知」

 苦笑を浮かべた麒麟の守護者は、優雅に一礼するとそのままの姿勢で姿を宙に消す。

「なるほど。こうやって来るのか。意外と便利だな」

 神力の使い方に感心して若者が呟く。

「だからといって、俺が呼んだからと簡単に来るのはよせよ」

「承知いたしました。主の命、謹んで承りましょう」

 ぼやく熾闇の頭上から声のみが降り注ぐ。

「早く寝ろ!」

「その言葉、お返し申し上げます」

 宙に向かって言えば、苦笑が降りる。

 しばらく宙をにらんでいた若者は、小さく笑うとおとなしく寝台にもぐりこんだ。


 夜が明けるまで、麒麟の夢は見なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ