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白虎の宝玉  作者: 西都涼
来訪者の章
195/201

195

 情報を握り、操作する方が戦の勝利者であると、古来より言われてきた。

 ただ、真正面からぶつかるだけが、戦ではない。

 戦そのものに関する噂話やら出陣した軍の様子など、事細かに情報を得、それが真かどうかを見極め、そして策を練っていく。

 それが、軍師の仕事のひとつである。

 机上だけではなく馬上でも、軍師はその仕事をこなさねばならない。

 そうして、熾闇が知る限り、最も情報操作に長けた軍師は、彼の従妹以外にいなかった。

 白虎の守護の下、予定よりも早く目的地に到着した彼らは、陣を設え、翰の動向を探っている。

 後数日で、この地に辿り着くだろう。


「翡翠」

 本陣の天幕で将棋板の前に佇む従妹に、王太子府軍の主将は声をかける。

「翡翠?」

 じっと考え込んでいる様子の娘は、彼の声に気付かないのか、返事をしない。

「翡翠!」

「聞こえております」

 焦れたようにもう一度声をかければ、呆れたような声音が返ってくる。

「聞こえているなら返事をしろ」

「誰も入らぬようにと申し上げておりましたが」

「それは、わかっている。が、俺にも聞きたいことがある」

 我を通すように熾闇が言えば、あからさまな溜息が零れ落ちる。

「何をお答えすればよろしいのでしょうか? 戦を前に、戦略に関してあれほど打ち合わせておりましたが」

 主のほうに視線をちらりとも寄越さず、ただただ広げられた地図を睨むように見つめている娘が素っ気無く応じる。

「使者殿と機織姫だが」

「今、話をすべきことではありますまい」

「しかしだな。俺も考えたことがある」

「目の前の敵を撃破してから、お伺いいたしましょう」

「……何をそんなに怒っているんだ、おまえは?」

 天界、とりわけ天帝よりも機織姫の話題になると乳兄弟が不機嫌になることを知る若者は、怪訝そうに問う。

「わかりませぬか?」

「機織姫のことになると、おまえが不機嫌になることはわかっているが、理由がわからぬ」

「それでよろしいのですよ。熾闇様がお気になさることは一切ございませぬゆえ。わたくしは、あちらの天女が大層気に入りませぬゆえ、不機嫌になるほかありませぬ」

「……珍しいな。何があった?」

「星の配置が変わりました。機織姫の介入でございますれば、一切合切、気に入りませぬ!」

 人界、そして天界の命を機に織り込む機織姫の役目を考えれば、ある程度は当たり前のことだと思うのが人の常。

 だが、それを不快に思うとは、一体どういうことだろうかと、熾闇は首を傾げる。

「星の配置が変わったと? それが、どうした?」

「使者殿を人界に寄越し、一石を投じたつもりが、ことごとく無視されたため、無理やり星を動かしたのでございましょう。人の命を塵芥としか思わぬなされよう、不快としか言いようがございませぬ」

「どう、星が動いたんだ?」

 これほど翡翠の機嫌を損ねるような真似をした機織姫の思惑を訊ねようとし、翡翠の傍へと近付いた第三王子は、思わず眉間に皺を寄せる。

 地図の上に乗せられた駒は、颱軍と翰軍のもの。

 おそらく、このように陣を作るだろうと組み立てられた翰軍の配置を見て、顔を顰めた彼は従妹を見る。

「何だ、この配置は?」

「機織姫が介入したゆえ、こうなりました」

「……何をさせる気だ?」

「我が軍が有利に動けるようにと星を変え、翰軍が殲滅する配置換えを行ったのでございます」

「なるほどな」

 基本的に翡翠は戦いを好まぬ性質ゆえ、被害は互いに最小限にとどめようという戦略を立てる傾向にある。

 颱の領土から敵が去ればよし。

 それが、彼女の考え方だ。

 そして颱の意志でもある。

 領土を求めず犯さず。

 長き時代に渡って、四神国それぞれが不犯の誓いとしてきたことだ。

 他国の領土を侵さないという他に、命を犯さないということでもある。

 それが、殲滅するような戦を彼らにさせようとする機織姫の思惑に不快に思うのは当然だと、彼も思ったが、それだけではないような気もする。

「それで、どうするつもりだ? まさか、前々から言ってる冗談を真にするつもりでもあるまい?」

「しても構いませぬが? 良人を恋々と慕う気持ちは否定するつもりはございません。ですが、それゆえ、他の命を軽んじてよいということにはなりませぬ。人と異なり、天界人は己の心の痛みに弱すぎる生き物にございますが、痛みに負けて力を振るう愚かさを何故学ばぬのかと常に思っておりまする」

 そこまで告げた美貌の娘は、ふと息を吐き、軽く首を横に振る。

「詮無きことを申し上げました。わたくしがすべきことは、ただひとつ。動かされた星に従わず、機を乱すだけにございます」

「そうか」

「それでも、介入なさるおつもりでしたら、鏑矢を放ちます」

「宣戦布告するつもりか」

「我が主の望みを果たすためなら、天に弓引くことなど何でもございませぬ。三界の理すら、変えてみせましょう」

 静かにそう告げる翡翠の言葉に、それは彼女にとっては容易いことなのだと、彼は気付く。

 他の誰に出来ないことでも、麒麟の守護者と呼ばれ、三界最強の者である彼女にとっては造作もないことらしい。

 ただ、それまでの麒麟が望まなかったからしなかっただけのことで、熾闇が望めば、どんな犠牲を払っても彼女はやり遂げるのだろう。

 それほどまでの力を有する麒麟の守護者とは、一体、どんなものかと興味を抱いたところで、翡翠は話さないだろう。

「確かに、な。人の命運を天界に定められるのは少々癪に障るとは思っていた。元々、この騒乱が天界と繋がっていると聞けば、尚更だな」

 苦笑を浮かべた熾闇は、そう呟く。

「火の粉を払うまでと思っていたが、そうもいかなくなってきたやもしれんな」

 その言葉に翡翠がようやく彼に視線を向ける。

「俺が望むのは、戦のない平和な世界だ。天界に介入され、戦を起こされるなど以ての外だ。おまえを狙う目的で人界へやってきた神人の排除。これがまず、第一。白虎殿や他国の四神殿にも協力をお願いできようか?」

「お願いすることは可能でございましょう。ただし、これ以上の神族の侵入を拒むということは出来ましょうが、既に入り込んでいる輩に関しては難しゅうございましょう」

「うん。それでいい。俺は、天帝位などいらぬ。王にもならぬ。ただ戦のない国を作るために力を尽くしたい。望みはそれだけだ」

「御意」

 静かに頷く守護者に、麒麟は視線を落とす。

「無茶はするな。おまえがすべて背負うことはない。俺に詳細を話せ。俺もおまえと同じものを背負おう」

「熾闇様?」

 宝玉の瞳が、驚いたように見開かれる。

「多分、おまえと俺が同じ年で生まれたのは、そういうことなんだろう」

「それは……」

「とりあえず、目の前のことから片付けていこう。星の配置を変え、最小限度の被害で戦を終わらせる。俺が麒麟というのなら、機織姫の理に外れたものだということだ。俺であれば、星の配置を変えることが可能だということだろう?」

「……はい」

「おまえが手立てを考え、俺が実行する。今までと同じだが、おまえなら俺が麒麟だということを有効に利用できるだろう?」

 第三王子の言葉に、綜家の末姫の瞳が揺れる。

「さっき、俺が言いたかったのは、このことだ。俺のために、誰の血も流させない。利用できるなら、麒麟であることをも利用する。だが、必要なくなれば誰がどう言おうとも、麒麟であることを放棄する。だから、おまえも守護者であることを捨てろ」

「そのときが参りましたら」

「うん」

 ひとつ頷いた若者は、ゆるりと照れ臭そうな笑みを浮かべ、従妹に背を向ける。

「必ず、そのときを迎えてやるさ」

 ぽつりと告げた第三王子は、そのまま歩き出し、部屋を出る。

「あなたのお望みのままに……我が君」

 静かな囁きは風に溶け込み、そうして霧散した。


 この時、麒麟が、そしてその守護者が何を思っていたのか、誰も知るよしもなかった。

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