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白虎の宝玉  作者: 西都涼
来訪者の章
194/201

194

 草原を疾駆する騎馬の一群。

 先頭を駆けるニ騎がその群を先導している。

 伸びやかで力強い風が、彼ら騎馬隊を後押しし、進む速度を上げている。

 蹄に散らされた草が宙を舞い、行軍を見送っている。


 不意に、風が歓喜の歌声を響かせた。

 旋風が上がり、ほんの一瞬、視界が遮られたかと思うと、先導する二騎の前に白い獣が現れた。

「白虎様!」

「白虎殿」

 若々しい声が獣神に呼びかける。

「おう。翡翠、熾闇。近くまで俺が先導してやろう」

 楽しげな笑い声を響かせて、白い獣が吼えるように告げる。

「白虎殿、なにゆえ……」

「お願いいたします、白虎様。此度の戦、勝利を手に欠ける者なく戻りましょう」

 純白の鎧の若者の隣で、その瞳の色と同じ色の鎧を身に纏った娘が晴れやかに答える。

「それは何よりの礼だな。後はおまえと熾闇の楽の音を献上してくれ」

「承知いたしました」

「ちょっ!! 翡翠! 白虎殿!?」

 戸惑うように声を上げた総大将の顔にも笑顔が浮かぶ。

「久々におまえの琵琶を聴かせろ、熾闇」

「俺、下手なのに……」

 思わず愚痴た熾闇の言葉に、あちこちから笑いが起こる。

「良いではありませんか、上将。どうせなら、成明に笛を命じればよいこと」

「おう! 笙成明の笛か! それはいいな」

 犀蒼瑛の言葉に、白虎は嬉々とした声を上げる。

「お待ちを!! 犀将軍! 某の笛などお耳汚しなだけで……」

 慌てた成明が蒼瑛を止めようとした時には、既に決定事項となっていた。

「そんな……」

「わたくしは成明殿の笛の音がとても好きですよ」

 軽やかな笑い声を響かせて、翡翠が告げる。

「技量も大事ですが、何よりも楽とは心で奏でるもの。成明殿の笛の音は、とても快い音色ですから」

「何とも大絶賛ですな。少しばかり成明が小憎らしい」

 茶目っ気たっぷりに蒼瑛が詰れば、脱力しきった成明がさらに項垂れる。

「代わってくださるのなら、いくらでも代わりましょうとも。私には荷が重過ぎます」

「わかるぞ! 俺にはおまえの気持ちがよくわかるぞ、成明」

「上将!」

 落ち込む成明に共感した熾闇が、相憐れむように大きく頷く。

 ぱっと顔を上げた笙成明は、嬉しそうに笑ったあと、大きく溜息をついた。

「しかしながら、決定事項は覆されないのですよね?」

「勿論だとも。楽しみにしているぞ、笙家の息子」

 うきうきと弾むような口調で肯定した白虎がふわりと尻尾を打ち振る。

 ぐんっと追い風が強まり、一行はその日の行程を半分の時間で到達した。




 行けるところまで行こうという熾闇の指示の下、かなりの距離を稼いだ王太子府軍は、目的地までもう間もなくという場所で野営を設営した。

 颱を護る神が、行軍に添うてくれるとあって、初めて彼の神を目にする兵達は感激し、全体的に高揚した空気が漂っている。

 これには常に白虎と接している熾闇も苦笑する。

「……白虎殿がいるのがそんなに嬉しいのかな?」

 傍にいることが当たり前、という環境の中で育った者らしい感想を口にすれば、そうでない者たちからも苦笑が上がる。

「神が見守ってくれるということほど、ありがたく嬉しいことはありませんよ」

 笛を所望された重圧は相変わらず圧し掛かっているようだが、それでも笑みを浮かべ成明が答える。

「そんなものか? 見守るだけで、それ以外は何もしない神だぞ?」

「おまえな。そんな身も蓋もないことを……」

 事実では在るが、それをあからさまに言うなと、白虎がぱしぱしと尻尾で熾闇の足を叩く。

 本気の抗議ではないらしい。

「一応だな、俺は、天界最強の武神将なんだぞ。例え見守るだけでも、俺がいれば、戦に絶対負けないんだからな!」

 ぷんすかと怒った振りをして告げれば、不思議そうな視線を熾闇が向ける。

「……一応?」

「突っ込みどころは、そこか!?」

 戦に負けないというご利益があるのだと言いたかったらしい白虎は、別のところを指摘され、眉間に皺を寄せる。

「ほれ、ここに三界最強がいるだろうが!」

 不本意そうに指し示した先には、翡翠の姿がある。

「……白虎殿、翡翠より弱いのか……」

「あああああっ!! 気にしていることを!? 俺が気にしていることを言ったな、おまえ!!」

「いいえ。白虎様はわたくしよりお強いですよ」

 にこやかな笑みを浮かべた翡翠は、さらりと否定をして、白虎の背を撫でる。

「今のわたくしでは、ついうっかり天帝の首を落としてしまいますもの。まだまだですね」

「なんか、さらりと怖いことを聞いたような気が……」

 引き攣った笑みを浮かべた第三王子は、守護神に視線を向ける。

「……忍耐力の問題だと思うんだが……」

「えぇ。忍耐力の問題かもしれませんが、あまりの腹立たしさについうっかり首を落としてしまいましたら、わたくしの主が次代天帝になってしまいますから。こればかりは白虎様を見習わなくては、本当に……」

 爽やかな笑顔にそぐわない内容を口にした娘が、地に膝をつき、白虎神と視線を合わせる。

「白虎様、お客人から逃げ出しましたね」

「い、いや。それはだな!」

「慣れぬ人界でさぞお困りでしょうに」

「押し付けたのは、おまえだぞ!!」

「天界のことは、天界の者に任せるのが道理でございましょう?」

 じりじりと困ったように視線を彷徨わせた挙句、ぺたりと耳を伏せた白虎に、その場に居た男たちは誰が一番最強なのかを実感させたのだった。




 和やかな空気の中、野営の周りを散歩していたらしい軍師がゆったりとした歩調で己の天幕へと戻っていく。

「翡翠」

 そこへ、音も立てずに白虎が近寄る。

「窺見がいるな?」

「………………始末してまいりました」

 低く静かに翡翠が答える。

「己の手を汚すこともあるまいに」

 わずかばかりに眉間にシワを寄せ、白虎が唸る。

「主が天帝位を望まぬのなら、その意志を至上とするのがわたくしの役目。異物は徹底して排除いたします」

「おまえは歴代最高で最強の守護者だな。そこまでして護ったところで、何も得るものがないのに……」

「得るものはたくさんありますよ、白虎様。一番は、あの方がわたくしの存在理由というところですが」

「天帝位もいらぬ。王にもならぬ。ただの武将で良いとは、何とも贅沢だな」

「えぇ。贅沢ですね」

 何も望まず、ただあるがままを受け入れることが、どれだけ贅沢なのか、充分承知している。

 だが、その贅沢を許されるような資質の持ち主ではないのだ、熾闇は。

「熾闇様がこの国を護り、争いをなくし、平和な一時を手に入れたいと仰られるのなら、それを実行することがわたくしの使命」

 愛しそうに動き回る兵士たちを眺め、翡翠が呟く。

「例え、機織姫の糸を乱しても、やり遂げて見せましょう」

「……そうか」

「白虎様は天界にお戻りになられたいとお思いに?」

「いや。俺は、俺が護るべき存在として、この国が、民が愛しい。のんびりと王宮の隅で陽にあたりながら昼寝をするのが好きだ。ただいるだけの存在をここまでありがたがってもらえるのは、少々なんだが……心地良い楽と舞の贈り物は何よりも嬉しいものだ」

 のんびりとした口調で告げる白虎に翡翠が目許を和ませる。

 柔らかな微笑み。

 それが翡翠本来のものではなく、麒麟の守護者としてのものであることを白虎は残念に思う。

 今、ここに立っているのは己の主を護ろうと全身全霊をかけて戦うことを誓っている麒麟の守護者なのだ。

 表面上は何も変わっていないが、その手は先程始末した天界の者の血がこびりついていたのだ。

 天界の者は、その死と共に存在が霧消する。

 例え、他者についた血ですら、存在しないことになる。

「では、やはり天帝には生きてもらわねばなりませんね。少し面倒ですが、意識を弄るという方法を取るべきでしょうか……」

「……何気に物騒だよな、おまえ」

「天帝に気付かれなければ、この方法は機織姫に使わせていただきましたけれどね」

 肩をすくめ、たいしたことではないという表情で、翡翠は答える。

「理を捻じ曲げた報いを受けるべきだとは思われませんか?」

「…………あれでも古き友だ。勘弁してやってくれ」

「だから、手控えて、矛先を天帝に向けているわけですよ。どの道、機織姫の願いを早々叶えて差し上げるつもりなどございませんし」

 空を見上げ、星のひとつを見つめて告げる娘のその瞳には何が映っているのだろうか。

 ふと、白虎はそう思う。

「天命を捻じ曲げるには、それ相応の報いが降りかかる……復讐を決意した時に、すでに天帝と機織姫の天命は尽きた……」

 ぽつりと、宝玉の瞳を持つ娘が呟く。

「断ち切らねば、我が主にも降りかかる……罪なき方に何故過酷な運命をもたらそうとするのか」

「天は、身の丈にあった試練しか与えぬ。そう言われているな。熾闇の資質はそれだけのものがあるのだろう。そして、おまえにもな」

「わたくしは、何があっても耐え抜きましょう。我が主の望むままに……ですが、あの方は……」

「いつまでも子供のまま、知らぬ存ぜぬを通させてもいいのか? 知らねば後悔する気質だぞ、あれは」

「時至れば、自ずと知れましょう。英明な方ですから……今は目の前にあることだけに集中なさればよろしいのです」

 慰撫するように頬を撫でる風に目を細めながら翡翠が答える。

「此度ばかりは、わたくしは道を踏み外した守護者と謗られても構いませぬ。あの方の意に添わぬなら、この三界を破壊し、作り変えてもかまいませぬ」

「守護者の道は常にひとつ限りだ。麒麟を護り、その意に添うこと。おまえは限りなく優秀な守護者だよ」

 溜息混じりで告げた白虎は、首を横に振る。

「人としての幸せを望んでいるのだがな、俺は」

「わたくしの……綜翡翠の幸せとは、一体、どのようなものなのでしょうか?」

 困ったように微笑んだ娘は、己の左手を見つめる。

「人としての幸せ……望もうとしても、意味がわからぬわたくしは、相当な愚か者ということでしょうか……」

 ぽつりと呟いた翡翠は、自嘲すると目を伏せ、そうして白虎に一礼する。

「おやすみなさいませ、白虎様」

 挨拶の言葉を口にした娘は、己の天幕に向けて踵を返した。

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