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白虎の宝玉  作者: 西都涼
揺籠の章
19/201

19

 半年ぶりに戻った颱の都は、初夏を迎え、彩り鮮やかな色彩で彼等を迎えた。

「やっぱり、ここが一番だな」

 凱旋ということもあり、沿道に集まる人々の歓声に片手を挙げて応えながら、やけにしみじみとした口調で熾闇が呟く。

「戦場でも同じことを仰っておりますけれど? 我が君」

 くすりと小さく笑い、半歩ほど後ろに控えていた翡翠がからかうように応じる。

「ま、それはそれでとゆーことでだな」

「半月も持ちましょうか? すぐに草原が懐かしくなられますよ」

「……違いないな」

 目を細め、白く輝く景色を眺めた少年は、乳兄弟を振り返る。

「今回もおまえの手柄だ。おまえがいてくれて助かった。だが、今回の報告は俺だけで済ませるから、おまえはゆっくり傷の養生をしろ。綜家へ見舞いへ行く」

「しかし、報告はわたくしの仕事でございます」

「このくらいは俺にもできるぞ。たまにはおまえも、何も考えずにゆっくり休め」

「──はい。我が君の仰せに」

 彼女を気遣う真摯な瞳に気圧され、翡翠は諾と頷く。

 予想外の長き戦に、他の兵士達も疲れているだろう。

 彼等を休ませるためにも、翡翠が休まねばならないようだ。

「俺が許すまで、王宮にあがらなくても良い。用があれば、俺がおまえの所へ行く」

「御意」

 言われるままに頷いた翡翠は、主のわずかな変化に気付いていた。

 いつも傍近くにいないと、彼女を捜し、機嫌が悪くなる熾闇が、自ら距離を置こうとするなど、今まででは考えられなかった。

 おそらく、少しずつではあるが大人になっていっているのだろうと、そう考えた少女は、笑みを浮かべたまま手綱を操る。

 蒼い、とても蒼く澄んだ空に、風が吹き抜ける。

 目の前に迫った王宮門に、彼等はしずしずと入城した。



 凱旋より三日が過ぎた。

 王太子府は、まるで主が不在であるかのように静まり返っている。

 そして、第三王子熾闇の私室では、唖然とするような光景が広がっていた。

 まるで我が家のように長々と寝そべりくつろぐ白虎神。

 そうしてその颱の守護神たる白虎を枕にして、四肢を投げ出し、ぼうっと天井を仰ぎ見る第三王子。

 彼等に幻想を抱いている者には見せられない情けない光景である。

「おまえのせいだからな、熾闇」

「仕方ないだろう? 翡翠は怪我してるんだからな、白虎殿」

 ぼそぼそと誰憚ることもないクセに、なぜか小声で話し合う神と人。

 しかも、二人ともどこか拗ねたような表情が笑える。

「それはそうだが……王宮には腕のいい医師が揃っているだろうに」

「俺の前だと、翡翠が無茶をやる」

 ごろりと寝返りを打ち、白い毛並みに顔を埋めた少年は、それこそ拗ねきって泣き出しそうな表情で呟く。

「俺がいては、翡翠の気が安まらん。あいつのためには、俺がいない方がいい──と、いうことがわかった」

「何故そのようなことを思う?」

 おや、と、言いたげに片耳をピクリとさせた白虎は、背に懐く王子に問いかける。

「あれの怪我は、俺を庇ってだ。あれのためを思い、隊を止め、陣を作れば、今度は怒り、傷がない素振りで馬に乗ろうとする。俺が女を傷付けるような不名誉を受けぬため、傷を推して剣を握る。情けないが、あいつのためを思えば、俺と離し、俺がここで大人しくしているほかない」

 翡翠の怪我は、予想以上に熾闇に衝撃を与えていたらしい。

 大切な、何よりも大切な肉親以上の乳兄弟を失うことは、熾闇にとって身を切られるよりつらいことなのだろう。

「たかだか三日ぐらいでは、見舞いに行けないだろうしなぁ」

 一日目は、事後処理などで忙しく過ぎ、二日目も何とか耐えられた。

 だが、三日目になると、自分の傍らにいるはずの存在がないことに虚しさを覚え、何もする気力が湧いてこない。

 そうして、白虎神と仲良くここで拗ねているというわけなのだ。

「それにしてもむかつく! 翡翠に振られたからといって、何故俺の命を狙おうとする!? そのような馬鹿な真似をしたからこそ、翡翠が怪我を負ったのだぞ。兄上は何を考えておられるのだ?」

 うだうだと駄々をこねていれば、結局はそこに辿り着く。

 翡翠が放っておけと言ったからこそ、手出しは控えているものの、腹の虫は治まらない。

 次兄に会いたくないが為に、部屋から出ないというのも、情けない話だが、会えば絶対に刃傷沙汰になってしまいそうな自分の性格を把握しているからこそなのだ。

「おまえがおらねば、あるいは……と、思ったのだろうよ」

 全てを知る神は、ポツリと呟く。

 少女が生まれたとき、ある事実を告げた彼は、そのことを彼女が成人するまで伏せるように言い聞かせたのだが、彼女より年上の者達の記憶には、それがしっかりと織り込まれてしまっている。

 すなわち、彼女が夫に選ぶ者こそが、颱国の次王となることを。

 だからこそ、乳兄弟として常に傍にいる熾闇と、彼の兄であり、翡翠の尊敬を手にしている第一王子が、次の王位の担い手であると目されているのだ。

「俺が居ても居なくても、結果は一緒だろうに。翡翠は自分のことをまるで他人事のように扱う。そのいい例が婚姻だ。自分の意志など、どうでもいいように、父上と白虎殿が決めた相手でよいと淡々と言ってのける。俺にはそれがわからん」

 ぼやくようなその呟きは、どこか寂しげである。

「王族、貴族の婚姻は、確かに己の意志だけでは決められぬことがあることは、俺にでもわかる。だが、翡翠は、己の意志で納得した者の所へでなければ嫁がぬ性格だろう? なのに、わからん」

「まぁ、俺から見れば、おまえも翡翠もまだまだ赤子と同じだな。人を恋うる気持ちを知らぬからな。知れば、少しは考え方も変わってこよう。人は、己以外の者を自身以上に大切に思うとき、成長するという。肉親の情ではなく、人の本能的な感情だから、俺にもよく理解は出来ぬがな」

「……ふぅん。白虎殿にもわからぬことなら、俺にもわからんな」

 あっさりと首を横に振った少年は、再び寝返りを打ち、仰向けになる。

 天井を飾る格子模様の飾り板には、そのひとつひとつに四季折々の華が描かれている。

 代々の王子達の目を和ませていたのだろうが、根っからの武人である熾闇には、その華の名前は見当もつかない。

 ただ、上手に描いたなぁとだけしか思えないのだ。

「それはそうと、知っておったか、熾闇? 翡翠の姉の芙蓉がな、この秋、結婚するぞ。相手は外大臣の息子だが」

 のんびりと惚けた口調で、世間話を切り出す白虎に、熾闇は驚いて飛び起きた。

「芙蓉従姉上が!?」

「……なんだ、知らなかったのか」

 少年の反応に、面白そうに目を細めた白虎は、だらりと伸ばした腕の上に顔を乗せる。

「知らなかった! すぐに祝いを持って行かねば!」

 綜家へ尋ねる理由が出来たと、元気になった王子は、小姓を呼びつけ、祝いの品を選ぶように申しつける。

「ついでに、翡翠の様子も見てきてくれ」

「わかった。白虎殿が遊びに来たがっていたと言っておく」

 晴れやかな笑顔で頷いた熾闇は、慌てて服を着替え出す。

「やれやれ。子守りも楽ではないな。北の老師殿は何故好まれるかな」

 いささかうんざりしたようにぼやいた彼は、部屋を飛び出していく少年を見送り、軽く尻尾を振って送り出すと、目を閉じた。

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