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白虎の宝玉  作者: 西都涼
神将の章
189/201

189

 度重なる戦ですべて勝利を収めた王太子府軍が王都へ帰還した。

 歓声沸きあがる沿道をしずしずと進んだ彼らは、宮城へと姿を消す。

 王太子府に到着すると、総大将が解散の命を下す。

 次の出立は、僅か三日後であると告げた後に。


 その場に残されたのは、将軍職に就く者のみ。

 皆、一様に副大将兼軍師を見つめている。

「……南西部に数多の神族の気配ありと、報告が来ております」

 深く澄んだ湖水のような瞳を伏せ、静かに彼女は告げる。

「南西部……」

 その言葉を噛み締めるように、総大将が呟いた。

「御意。小国の多い南西部は常に戦に明け暮れております。神族がつけこみやすいかと」

「前にもお伺いしたと思いますが、軍師殿。その小国同士が手を組み、こちらを包囲するというようなことはないのですか?」

 少しばかり小首を傾げ、考えるような素振りを見せた犀蒼瑛が問いかける。

「先日現れた神族のように、連携して戦われては少しばかり厄介ではありますな」

 親友の意図を読み取った嵐泰が気遣わしげな視線を翡翠に向ける。

「……今のところ、そのような心配は無用に思われます。先の方々は、十二人揃って天界を守りきるだけの力を発揮できるのです」

 肩に零れ落ちた艶やかな黒髪を指先で払った娘は、ゆったりとした口調で説明をする。

「天界で十二人揃えば、互いの力を共鳴しあい、増幅しあう厄介な方々である上に、武神将としても四神族の長の次に力のある方々ですが、彼らほどの力を持つ神族は、他にはおらぬと聞いております。そうして、今、地上にいる神族は、誰が人間界に降り立っているのか、近しい者でなければわからぬということですから」

「……珍しく断定的な口調ではありませんね、軍師殿」

 莱公丙が、ふと気付いたように指摘をし、そうして一斉に向けられた視線に慌てる。

「い、いや。軍師殿にわからぬことはないのだろうと思っていただけで……」

「住む世界が異なる、しかも交流のない世界の住人のことなど、正確にわかろうはずもないと思われますが」

 笙成明が溜息まじりに告げれば、他の者達も賛同するように頷いてみせる。

「死という概念すら、我らとまったく違う存在のことなど、正確に理解することは無理だろうな」

 死すれば、骸は残らず灰塵と化す存在など、人にしてみれば気味が悪いだけであろう。

 ましてや相手は人間という存在を格下だと思い込んでいるのだから。

 同じような姿をしていても、人とは言えない生き物なのだ。

「あまり、莱将軍を苛めてやるな。その指摘は間違ってはいない」

 苦笑を浮かべた熾闇が公丙を庇い、従妹へと視線を移す。

「次も南西部へ兵を向けるということだな?」

「御意」

「そんな顔をするな、翡翠。奴らが颱に攻め入るのは、何もおまえのせいではない」

 俯き、何かを考えている様子の娘に諭すように告げた若者は、武将達に視線を戻す。

「俺たちの役目は、民が安心して暮らせるよう尽くすことだ。降りかかる火の粉は払う。それだけだ」

 第三王子の言葉に、一斉に男たちが頭を垂れる。

「今日明日は疲れを癒すためにゆっくりと休んでくれ。明後日、詳しいことを話すとしよう」

 その言葉が解散の合図となり、武将達はそれぞれの場所へと立ち去っていく。

「……翡翠」

 その場に残るように促す主の言葉に、麒麟の守護者は足を止めた。




「聞きたいことが山ほどあるんだが、何をどう聞いていかがわからない」

 困ったように笑った若者は、従妹に床机を勧めると、自分も手近な床机に腰掛ける。

「俺が麒麟で、おまえがその守護者というのは仕組まれたことか? それとも、偶然なのか?」

「今回は仕組まれたことにございます」

「……今回は?」

 相変わらず目を伏せ、視線をそらし、悄然としたままの従妹の言葉に、熾闇の疑問は次々と増えていく。

「御意。麒麟とその守護者の誕生においての理というものはございます。まずは守護者が生まれ、その力を遺憾なく発揮できる時期に到達した時に麒麟が生れ落ちる。守護者はその力で持って、麒麟を探し当て、生涯において守り抜く……これが普遍の決まりごと」

「……遺憾なく力を発揮できる時期……そのときに、麒麟が生まれる……時間差があるということか」

「はい。普通、親子ほどの年が離れておりましたね。そうして、もうひとつの決まりごとは、同じ性に生まれるということです。守護者が男性なら、麒麟も男性。守護者が女性なら、麒麟も女性というように……」

「そうか、だから十二神将はあれほどまでに驚いたのか……理を逸脱していると」

「えぇ」

 頷く娘の言葉を正確に受け止めようと考えを廻らせていた熾闇は、気付く。

「仕組んだやつがいる、というのは、機織姫のことか?」

 貸しがあると、あの時翡翠はそう言った。

 麒麟の守護者が機織姫に貸しがあるというのは、理を捻じ伏せて存在させられたことに違いない。

 生れ落ちて間もない無力な守護者が、どう足掻いても麒麟を守ることは不可能だ。

 それでも麒麟を失えば、守護者は正気を失うのだろう。

 だからこそ、白虎が熾闇の傍に翡翠を置くように藍昂に告げたのだろう。

 翡翠が人の子として無力な時期、守護者の代わりに、守護者と麒麟を守り続けたのが白虎神なのだ。

 熾闇には麒麟としての危険性の他にも命を狙われていた経緯がある。

 人の子の運命を握り、機を織り続けるのは、機織姫の役目である。

 これほどまでに複雑な色を重ね合わせるのは、禁忌すれすれのところかもしれない。

「そうまでして天帝を代替わりさせたい理由というのは、一体なんだ!?」

 それは、ある意味、当たり前の疑問だろう。

 翡翠も、白虎から真実を聞かされるまでは、同じように思っていた。

「……現在の機織姫は、天帝の娘御にございます。昔話のように聞かされている天界を題材とした御伽草子は、今代の方々です」

「機織姫の御伽草子があったな、そういえば。夫と引き離されて、年に一度しか会えぬという……」

「事実は、天帝に夫を殺されたのです。機織姫の子が次代天帝となる可能性があるがために」

「馬鹿な!!」

「えぇ。馬鹿な話だと思います。今の天帝は、天帝位を親族殺しをすることで簒奪いたしました。どうして己が同じ目に合わぬと申せましょう?」

「疑心暗鬼に駆られたか」

 あまりにもありえない話に、熾闇は額に手を当てた。

 むしろ、人界においては、よくある話だ。

 それが天界においても起こり得るとは、天仙の話に憧れる者にとっては信じ難いことだろう。

「己の地位を奪う可能性があるものを片端から片付けていく。麒麟もその例外ではない……ですが、直接手を下すことが出来ないがゆえに、守護者を狙う……つもりだったようですが、本来それも理に反するところなので、彼の君も迷いは残っているようですね」

 淡々とした口調で答える翡翠の言葉に、またしても彼は引っ掛かる。

「理に反する……天界は、人界に干渉してならない。白虎殿に聞かされた……だから、封土として颱を与えられたが、ただ見守るだけなのだと」

「左様でございます」

「特に、王位継承や国政に関するところに口出しできぬと……そうか! おまえの出自か!? 機織姫はそこまで考えて」

 感心したのも束の間。

 すぐに不機嫌な表情になる。

「夫の敵討ちをしたい気持ちはわかるが、こんな回りくどい方法を取らずに直截的な方法を取ればよかろうものを」

「直截的な方法を取れるだけの力がなかった……とも、取れますね」

「だが! 神とはいえ、勝手にこんなものを押し付けられて、納得できるか!」

 麒麟、つまり次代天帝である宿命を押し付けられて、いたく不満であると宣言しているのだ。

「とりあえずは納得していただかなければ、先には進めませぬ。天帝位に就かぬとはいえ、利用できるものは利用しなければ」

 冷静すぎる従妹との言葉に、彼は仕方なさそうに頷く。

「とりあえず降りかかる分だけの火の粉を払うが、煩くなったら大元を殴りに行くからな」

 真面目な顔でそう宣言した若者は、天井を睨みつける。

 まさか一人で殴り込みには行かないだろうが、今にもそうしそうな主の様子に、守護者はそっと溜息を吐く。

 自覚もない麒麟に対し、このような知識を与えてよかったのだろうかと、彼女には珍しく己の判断に迷っていたのだ。


 再度、出陣の準備に追われながら、翡翠はそのことを悩み続けていた。

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