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白虎の宝玉  作者: 西都涼
神将の章
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 まるで一瞬の出来事のように、忽然と姿を消した青年達を見送った熾闇は深々と溜息を吐く。

「翡翠」

 腕を放し、振り返れば、唯一の友はこちらを真っ直ぐに見つめている。

 覚悟を決めた潔い宝玉の瞳。

 美しいと思う反面、その潔さが痛々しく見える。

「天帝の卵、麒麟……それが、おまえが俺に隠していたことか?」

「……はい」

 静かに、とても静かに翡翠が頷く。

「そうか」

 隠されていたことを裏切られたと思うような熾闇ではない。

 だが、少しだけ切ない。

「今まで天界がおまえを狙っていたのは、おまえが守護者と呼ばれるせいなんだな」

「その通りです」

「俺じゃないのは何故だ?」

「熾闇様が天帝の卵だからです」

「……直接手を下すことは罷りならぬということか」

 ちらりと皮肉めいた笑みが浮かんでは消える。

「ご自分の身をわたくしの前に投げ出すような真似をなさらないでくださいね、三の君様」

 最悪の場合はその手もあると考えていた矢先に、先手を打っての翡翠の言葉に若者は舌打ちする。

「おまえがそれを言うか!?」

「麒麟を護りきれずに失った守護者の末期はどうなるとお思いになられますか?」

 静かな表情の中でその名前の由来となった瞳が真っ直ぐに彼を見据えている。

「末期……」

 あまりにも不穏な言葉に、熾闇は眉をひそめる。

「麒麟を失った守護者は、正気を失い、狂気に陥ります。そして、三界の破滅を望み、破壊神と成り果てます。ですが、もとより人の身。すぐにその力に耐え切れず、生きながら己の力に身を千々引き裂かれて血の海に沈みます」

「……おまえっ!?」

「天に昇っても玉座を得なかった麒麟の代の守護者の最後です。守護者に生れ落ちた者は、歴代の守護者の記憶と知識が与えられます。すべては麒麟を護りきるために」

「俺に、死ぬことは許さないと言いたいわけか!?」

 ムッとして告げれば、翡翠は静かに首を横に振る。

「人として生れ落ちれば、いつか必ず土に還ります。それが天の理というもの。理通りの死なら、守護者は狂気を得ません」

「つまり、寿命を全うしろということか……なぁ、翡翠。白虎殿がおまえを俺につけろと言ったのは、俺が麒麟で、おまえが守護者だからか?」

「はい」

 あっさりと頷いた娘は、少し乱れた髪を指先で梳いて整える。

「幼少のころのことは、確かにそうです。ですがそのあとは、すべてわたくしの意志で決めました。熾闇様が麒麟だと知ったのはつい最近のことです。わたくしは、自分の意志で熾闇様にお仕えすることを選び、この国に戦のない平和である日々をもたらすために今を戦っております」

「……今の話、他の者達にも聞かれたかな?」

 ふと気付いたかのように、熾闇は少し離れた位置にいる武将達を眺めて呟いた。

「いえ。申し訳ございませんが、神々の都合に我ら人が翻弄される謂れはございませんので、話が聞こえぬようにさせていただきました」

「そうか。そうだな」

 納得したように呟きながら空を見上げた若者は、その空の青さに目を細める。

 何だかすごく長い時間が過ぎたように感じられるが、実際はそんなに時間は経っていないらしい。

 頬を撫でる風が、疲労を慰撫してくれる。

「おまえはどうしたい、翡翠?」

「何も。ですが、今しばらくの猶予はできそうです」

「……さっきも言っていたな? 闇が闇を招くと……どういう意味だ?」

 ふと思い出し、気になったことを訊ねてみる。

「現天帝の玉座への執着はいささか尋常ではないようで、次代を排除しつくしているそうです。そして、今また、地上におわす麒麟すら排除しようとなさっておられます。自ら心に闇を招いておられる……そして、その闇は魔族を招き寄せる門となります。天帝自ら天界に混乱を招き寄せているのですよ」

「まさか……」

「えぇ、そのまさかです。天界に近々、魔性が現れることになるでしょう」

 淡々とした口調であっさりと告げる翡翠に、熾闇は頭を抱える。

「おまえが一番疑われる立場にあるんじゃないのか!?」

「……そうかもしれませんね」

「いいのか、それで!?」

「かまいませんよ。悪名が高まろうが、汚名を着せられようが、それでこちらへの干渉が減るのなら、喜んで被りましょう」

 にっこりと微笑みつきで答えた娘に、何かが違うと熾闇は素直に思う。

 普通、こんな言葉をあっさりと言うのは、壮年の歴戦の武将辺りであえって、こんなうら若き乙女と言っても差し支えないような娘ではないはずだ。

「だから、十二神将を天界へ返したのか……」

「現天帝がどうなろうとも、私の知る限りではございませんが、他の皆様方が被害に遭うのは本意ではございませんもの。天界の白虎族には次代様もいらっしゃいますし……」

 さりげない言葉の端々に、翡翠の正直な感情が見え隠れしている。

 天界に住まう人々を思いやる優しい気持ちと、一度敵と認めた相手に対しての容赦のなさ。

 おそらく現天帝に何かあったとしても、翡翠はそれを眉ひとつ動かすことなくただ黙って見守るのだろう。

 もしかしたら、艶やかな笑みのひとつくらいは浮かべるかもしれない。

「あぁ、亡くなられるのは、困りますね。次代がいないということであれば、選択肢なしに三の君様が玉座に就かれることになりますもの」

「……翡翠……」

「簒奪者が出てくだされば、話はまた別なものになるのですが……」

 唇に人差し指を当て、やや真剣な表情で思考を廻らせている様子の従兄妹に、第三王子は溜息を吐く。

「天界のことに口出しとか、策略巡らせるとかするなよ、翡翠」

「……残念です。折角よいことを考え付きましたのに……主の命であれば、従うほかありませんね」

 実に残念そうに告げた娘に、熾闇はもう一度溜息を吐く。

「そうしてくれ。俺も余計な恨みは買いたくない」

「恨みを買うのは、簒奪者でございましょう? もっとも、周囲の方々は喜んでの拍手喝采となりそうですし、真剣に恨みを残しそうな方は鬼籍に入られることでしょうから、恨みを売りつけるような真似は出来ませんでしょうし」

 くすくすと楽しげに笑って答える翡翠の表情は一切笑ってはいない。

 何処まででも本気のようだ。

「ちなみに、どんな手を考えたんだ?」

「三つほど、手を考えました。ひとつは、地上に来られた方の真名を奪って支配下に置き、簒奪を命じるという方法です。ふたつ目は、まぁ似たようなものなのですが、天界の現状を不安に思っている熱き理想を掲げる方に剣を取っていただくようにお願いの文を送るというものです。三つ目は、素直に機織姫にお願いをするということでしょうか……よくよく考えてみれば、機織姫に貸しがいくつかあるようですから」

「機織姫を脅す気か!?」

 ありえない言葉に、思わず目をむく。

「人聞きの悪いことを仰らないでください」

 堂々と、機織姫を脅迫するということを肯定してしまった娘は、笑顔で応じる。

「我が主の命であれば、従いたくないことでも従いますとも。一番楽な方法でしたのに……もったいない」

 柔らかな笑顔で告げる翡翠に、熾闇は肩をすくめる。

「これから先も、多分俺は人としての一生を望むだろうな。あぁ、そうだ。おまえの子を膝に座らせてあやすということをやってみたい。きっと可愛い子だろう。剣を教えて、立派な将軍になるように鍛えてもいいな。だが、戦には出さない。俺が戦のない世界を作るんだからな」

「その前にご自分のことを考えてくださいませ。わたくしの子より、ご自分の御子の方が大事なことでございましょう。妃殿下候補を選ぶ文官の方々が零しておいででしたよ。三の殿下は、尽く蹴っておしまいになる……と」

「しかたあるまい。俺は妃を娶ろうとは思わないからな。寵を競う女を見るのはうんざりする。父王の妃たちは俺に優しく接してくださるが、内心はお辛いだろうと思うことがある。平等に愛するというのは、本当は誰も愛していないという意味ではないのかと思うしな」

「……熾闇様……」

 思いがけない言葉を聞いた翡翠がその場に立ち尽くす。

 幼い頃に母親を呪詛で失い、家族愛に飢えていた熾闇がその立場を変えるとは想像もつかなかったのだ。

 傷ついた子供は、少しずつその傷を癒し、大人になっていたのだろう、彼女が気付かぬ間に。

 もうすぐ守護者の庇護が要らない時がくるのだろう。

 その時が来るのを待ち遠しくもあり、幾許かの寂しさも感じながら、翡翠は微笑む。

「思わぬところで時間を取られてしまいました。今日はこのままここに野営を致しますが、明日は今日の分も先に進まないとなりませんね」

 あえて話題を変えた娘は天に腕を掲げて伸びをする。

「翡翠?」

「少し疲れてしまいました。このまま天幕にて先に休ませていただきます」

 そのまま自分の天幕へと向かって歩き出した翡翠は気付きもしなかった。

 ずっとその背を熾闇が見つめていたことを。

「翡翠の子、か……」

 ポツリと呟いた若者は、どこか寂しそうな表情に見えた。

「間違いなく、その次の颱王となるのだろうな……」

 次代正妃に翡翠を望む声が多い事を熾闇は知っている。

 否、次代正妃が翡翠であることは既に確定していると言っても過言ではない。

 ただ、その夫となる男が誰であるかが未定なのだ。

 勿論その候補者の筆頭が自分であることもわかっている。

 だからこそ、翡翠を娶るわけにはいかないと、熾闇は思っていた。

 己は王ではなく、王の剣であることを決めている。

 共にありたいのは翡翠だけだから、そうでなければひとりでよいと漠然とした想いがある。

 視界から幼馴染みの姿が消えて、ようやく彼は動き出す。

 翡翠を狙うものは、天界であろうと人であろうと、容赦なく叩き潰してやると彼は密かに思った。

 それがどんな思いなのか、まだ、言葉に出すことは出来なかったが……。

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