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白虎の宝玉  作者: 西都涼
神将の章
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 うら若き見目麗しい娘姿の麒麟の守護者と、精悍な顔立ちの若き戦士たる麒麟。

 好一対でありながら、ありえないことに十二神将は戸惑いを隠せずに新たな主を見つめる。

 問題の麒麟は、実に不機嫌そうな表情で十二神将を睨みつけている。

 間に立つ守護者はのんびりとした様子でこの両者を眺めている。

 膠着状態は既に四半時ほど経っている。

 彼らの背後では、颱軍が野営の準備を行っており、生活感漂う姿は脱力しそうなほどに長閑だ。

「……守護者殿。あなたはこのままでもよろしいと仰るのですか?」

 四ノ将が打開策とばかりに翡翠へと語りかけるが、根本的な間違いを犯している。

「えぇ、もちろんですとも。我が主の望みを叶えるのがわたくしの本望ですから」

 にっこりにこにこと満足げに応じる娘に、一片の曇りもない。

 それもそのはず、翡翠にとって、天界など本当にどうでもよいことなのだから。

「麒麟殿、今、天界はかつて無い危機に瀕しているのです。どうか、天意を受け入れ、天帝の座に……」

「……天帝位は空座なのか?」

 五ノ将が、生真面目な表情で告げたとき、ようやく熾闇の表情が動く。

「いえ。天帝は座しておられますが……」

「なら問題なかろう。民意を汲み取らぬ者ならば、諫言すればよいではないか。天界とて、法はあろう?」

 あっさりと断ち切ろうとする熾闇に、十二神将は首を横に振る。

「諫言をした者は、尽く排除されます。天帝が法である……天界とは、そのような場所です」

「天帝とやらは、そんなに強いのか?」

「……歴代ならば、確かに。ですが、今代は四神族の長の皆様おひとりと比べましても……」

「簒奪者と呼ばれるのが怖ろしい、か……」

 彼らの言葉の裏側に潜む思いを見て取った麒麟は苦笑する。

「今の天帝も、簒奪者と呼ばれても仕方ない方法で至高の座に就いたと言われております。二代続けての簒奪者とは呼ばれたくないのでは?」

「俺が麒麟だというのなら、俺も簒奪者ということじゃないのか?」

 翡翠の合いの手に、癖毛の若者は苦笑を深くする。

「見た目だけで言えば、確かにそうかもしれません。ただし、麒麟の場合は、天が授けた次代の卵ということです。今までの麒麟はすべて天意の通りに天帝座を望むべく天界を目指しましたが、全員が天帝になれたわけではありません。道半ばにして斃れた者もいらっしゃいます」

 事実だけを述べる翡翠の表情に乱れはない。

「何故、斃れた?」

「麒麟が地上に生まれたとわかれば、今代の天帝がその芽を摘もうとするからです。この地で充分に育ち、そうして天界を目指したあと、今代と至高の座を争うことになります。力足りずに失墜した方も……」

「……そうか」

 麒麟を護る守護者はどうなったのかという愚かなことを熾闇は口にしなかった。

 言わずともわかったのだろう。

 常に共にいる従兄妹の姿を見れば。

「麒麟は必ず天帝位を望まねばならぬのか?」

「いいえ。麒麟の心は麒麟の自由でございます。ただこれまでの皆様は、望まれただけのこと。熾闇様は熾闇様のお心のままに」

 柔らかな口調で告げる翡翠の言葉に反応したのは、一ノ将であった。

「その言葉はなかろう!! 守護者殿!」

「なりたくもないものを強制して、どうなさいますか? 今の玉座の方と同じ道を歩めと仰いますのか?」

 冷静すぎる指摘に十二神将は言葉を呑む。

 なりたくもないものを押し付けて、そこから逃げ出すために大暴れでもされたら被害は天界だけのものではない。

 ましてや、天帝位は軽い地位でもない。

 だが彼らも簡単に引くわけにも行かないのだ。

 現在の天界を見ているからこそ、こうして麒麟を迎えに来るという暴挙と呼ばれても仕方ない行動に出たのだ。

「天帝がいると言うのなら、俺が天帝位を望む必要はなかろう。俺にはここでしなければならないことがある」

 溜息まじりの言葉は、間違うことなき本心なのだろう。

 そして、その意志を守護者が尊重しようとしていることも。

「しなければならないこと?」

「地上に住む者の悲願だ。それを叶えずして何処にも行けるか」

 ぼそりと吐き捨てるように告げた若者は、険しい視線を彼らに向ける。

 天界きっての武神将たちを不快な存在だと認識しているようだ。

 そこでようやく彼らは気付いた。

 天帝の卵たる麒麟が、全力で守護者を護ろうと彼らを警戒しているのだと。

 決して守護者は弱くはない。

 三界最強の名は伊達ではないことを確かめたばかりだ。

 それなのに、いや、そんなことは関係なく麒麟は己の守護者を大切に思っているのだろう。

 今までの麒麟とその守護者のどれよりも今代の絆は強く深い。

 互いを半身と寄り添う姿は、一幅の絵のようだ。

 これでは無理だ。

 天界に来てもらうことは、現時点では不可能に違いない。

 声を出さずに意識のみで話し合った十二神将は、麒麟へと向き直る。

「確かに、今ここで麒麟殿を天界へお連れしたところで、天界地界の和が乱れるだけでしょう。麒麟殿のご意志と仰る守護者殿のお言葉は絶対のようです。ですが、これだけは覚えておいてください。我ら十二神将は麒麟殿を主と定めました。お召しとあらば、いかなる時も御前に馳せ参じましょう」

 一ノ将の言葉に、熾闇は翡翠へと視線を流す。

 翡翠が軽く頷けば、仕方なさそうな溜息を吐いて若者も頷き返した。

「とりあえず、わかった。だが、俺は天に昇るつもりはない。もし、天に昇る時があれば、それはこの身に降りかかった火の粉を払いのけるためだ」

 相手が期待しないようにと、熾闇はきっぱりと言い放つ。

「俺は人として生きたい。この地に護りたいものがあるからだ。それを俺から奪おうとするものは、容赦なく反撃する。それが俺の矜持だ」

「御意」

 まだ、麒麟としての意識が目覚めていないのだと告げた守護者の言葉は正しい。

 常に守護者は麒麟に対して細心の注意を払っているのだから、当たり前なのかもしれないが。

 それでも、こちらが先走ってしまったのは否めない。

 先程から穏やかな態度を見せているが、守護者から発せられる無言の圧力が次第に増している。

 今回はこれくらいで切り上げないと、本当に代替わりさせられそうで怖ろしい。

 背筋に冷たい汗を滴らせながら、十二神将は深く頷く。

「急ぎ天界にお戻りくださいませ、十二神将の皆様方」

 にっこりと極上の笑みを湛えた麒麟の守護者が口を挟む。

「守護者殿?」

 顔を上げ、今代の守護者たる娘の表情を見た青年達は言葉を失った。

「闇は闇を招きます。天界は再び荒れましょう。そのとき、護りの要たる十二神将が持ち場を離れたとあっては、いらぬ腹を探られましょう。とくお戻りなさいませ」

 確信めいた笑みは、今から何が天界で起こるのかを既に予知しているのだろう。

 もしかするとその発端を作ったのは彼女かもしれない。

「守護者殿、もしや……」

「申し上げましたでしょう? 闇が、闇を招くのだと……」

「……!?」

 今度こそその言葉の意味をはっきりと把握した彼らは、俄かに表情を改め、真っ直ぐに熾闇を見つめる。

「御前失礼致します。またお会いいたしましょう、守護者殿、我が主たる麒麟殿」

 そう告げた彼らは、その直後、空に姿を消した。

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