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「翡翠!!」
王太子府軍を護るための結界を解いた直後、翡翠の視界は白に染まった。
「信じてはいたが、心配したぞ」
耳元で苦しげに囁く声。
そこでようやく翡翠は現在おかれている状況を把握できた。
こちらへとやってくる翡翠の姿を認めた熾闇が、彼女が結界を解くのとほぼ同時にその結界を突き崩して駆け出し、乳兄弟を攫うように抱き締めているのだ。
「申し訳ございません。この通り、怪我ひとつなく無事にございます」
自分を抱き締める腕を宥めるように軽く撫でて、翡翠は答えた。
その言葉に腕を解き、身を引き剥がした熾闇が確かめるように親友を見つめる。
「……よかった。無事で」
「勿論ですとも。泰山へ昇るにはまだまだ早うございますから」
「だが、俺を置いていくのはどうかと思うぞ」
不満そうに愚痴った若者は、こちらを呆然と見つめる十二対の視線に不快そうに顔を顰める。
「何だ、あいつらは? おまえの命を狙っている輩をそのままにしてきたのか?」
「いいえ。彼らは別件です」
「そうか」
相手の態度に、こちらに害意がないと見て取った熾闇は、意識を翡翠に向ける。
「……守護者殿」
背後から呆然としたままの声がかかる。
「何でしょうか?」
落ち着いた様子で振り返った翡翠が問いかける。
「守護者殿が女性でいらっしゃるのに、何故、麒麟殿が同年代の男性なのでしょうか?」
ありえないと目を瞠る青年達に翡翠は柔らかな笑みを浮かべる。
「何か問題がございますか?」
明らかにからかう態勢に入っている従兄妹に、熾闇は状況がわからぬながらも彼女に腕を絡めて引き寄せる。
「麒麟とは、俺のことを言っているのか?」
少しばかり年長のやたらと顔のいい青年十二人を不快気に睨みつけた若者は、不機嫌そうに問いかける。
「そもそも、天界の者が何故ここにいる!? 白虎殿の許しを得ているのか!?」
絶対に翡翠を渡すまいと態度で示す若者に、十二神将たちは顔を見合わせ、そうして地に片膝をついて恭順の態度を取る。
「我らは天界を守護する十二神将。新たなる主を天界にお迎えするために参りました」
最年少の十二ノ将が恭しく声をかける。
「守護者殿と共に是非に天界へとお越しください」
耳慣れぬ言葉を聞きながら、熾闇はようやく合点がいった。
「翡翠、これがおまえが俺に隠していたことか……」
返事は期待していない。
そう、匂わせながら熾闇は呟く。
「断る!!」
考えるまでもないと、瞬時に判断を下した若者は、言下に告げる。
腕の中の幼馴染みが柔らかな笑みを浮かべていたことが、彼の考えを後押ししてくれているようで熾闇は迷うことなくそう答えた。