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白虎の宝玉  作者: 西都涼
神将の章
183/201

183

 目の前の光景を見逃すまいと、結界の端へ寄った若者は、睨みつけるようにもうひとつの結界を見つめている。

 翡翠が解くまでこの結界は崩れないと知った蒼瑛は、総大将を差し置いて野営の準備を伝える。

 何が起こっているのかわからなくても、指示の徹底が浸透している王太子府軍では何の混乱もなく野営の準備が進められていた。

「何か、変化はあったのかー?」

 前に進めないのなら、仕方ないとばかりに野営の準備を配下に命じた聯音が、将達が集まっている場所へと戻ってくる。

「向こうの結界内部が白くなってよく見えない」

 ムッとしたように熾闇が振り向きもせずに応じる。

「内部が白い? 煙か?」

「いや、あれは冷気だろう。術なのか、闘気なのかはわからぬが、煙でないことは確かだ」

 聯音のほうを振り向いた嵐泰が低い声で説明する。

「どの道、翡翠様が無事に戻ってくるのはわかっております。ただ、時間がどれぐらいかかるかがわからないだけで……」

 苦笑を浮かべた青藍が、肩をすくめて答える。

「根拠があるのか、青藍?」

 やはり振り向こうとはせず、背を向けたまま、熾闇は問う。

「はい。結界が揺らぎませんから。普通、これだけの規模の結界を維持するのは相当な力を配します。おまけに、あちらにも戦うために結界を張りめぐらせておりますから、ご本人への負担は相当なものだと思われますが、戦っていながらそれらを維持して、微塵の揺らぎもございません。つまり、あちらの方々は今までお会いしたどの方よりもおひとりが相当お強いのは確かではございますが、全力をかけて戦うほどの方でもないと翡翠様が思っていらっしゃるということです」

 澱みなく答える青藍の言葉に、わずかばかりに安堵したのだろう。

 張り巡らせていた緊迫した空気が僅かに揺らぐ。

「……そうか」

「えぇ。万全を期して向かわれたでしょうが……」

「どうした?」

「翡翠様、珍しく本気で怒っていらっしゃいませんでしたか?」

 戸惑うような表情を浮かべて、青藍が武将達の顔を見比べる。

「……そういえば……」

 思い当たったように嵐泰が視線を彷徨わせれば、蒼瑛や成明までもが戸惑ったような表情を浮かべている。

「裏切られたとまでは行きませんが、予定と違う場面で舞い手が現れたような相手の失態を苦々しく思っているようなそんな感じでしたな」

 あの十二人の青年が現れたときの翡翠の様子を思い出した蒼瑛が、そう表現する。

「あの相手も神族なのか?」

 聯音が、首を傾げながら問いかける。

 彼らが現れたときには殿のほうにいたのでよくわからなかったのだ。

「えぇ。各国に軍師として現れた方々とは桁違いの力をお持ちの方のようです」

「……神殺し、か……」

 青藍の答えに、ぽつりと聯音が呟く。

「神殺し?」

 その言葉を熾闇が聞きとがめた。

「どういう意味だ、それは?」

「さて。姫さんがそう言ったのさ。俺に剣の相手を頼みに来たときに……今から神殺しをやるからって……」

「……神……神族が自分を狙ってくると知ってたのか!?」

 熾闇が声を荒げ、前を見据える。

「多分な。ま、姫さんの心配のしどころは、自分の命が危ないってよりも、自分が抱えてる力の加減が出来ねぇってところだったからなぁ……姫さんの身を心配する必要は、今のところねぇと思うけどよ」

「そういうことを言ってるんじゃない! 何で俺にそれを言わない!? 他にも隠してることがあるはずだ、翡翠は!!」

「言えない事もあるとは思いますけどねぇ……女性なんですから」

 翡翠を庇うように蒼瑛が告げる。

「言いたくないから言わない。上将に言う必要はないことだから、申し上げようとはしない。そういうことなのではないでしょうか?」

 青藍が青玉の瞳を熾闇に向ける。

「俺に言う必要がない……」

「翡翠様には、上将のお言葉が絶対です。上将の望まぬことは、決して無理強いなさろうとはいたしませぬ。上将が気付くことなくすべてを収めてしまいになられます」

 何のことを言われているのか気付かなかった熾闇だが、ふいに青藍を振り返った。

「それは、王位のことか!?」

「そう思われるのでしたら、おそらく……」

 あっさりと頷く青藍に、熾闇は戸惑いの表情を浮かべる。

「……それ以外にもあるのか?」

「私にはわかりません。すべては翡翠様の心の内に……ですが、王位だけでしたら、神族が翡翠様を狙う必要はございますまい」

「それでも、俺が関係していると、おまえは思うんだな?」

「……正直に申し上げれば……わかりません」

「そうか、答えにくいことを聞いた。すまん。すべては翡翠が戻ってからだ。皆も休め」

 いつ戻るかわからない親友の帰還に他の者達までつき合わせるわけにはいかぬと、解散するように告げる。

「ですが」

 その言葉に嵐泰が渋る。

「迎えるのは全員のほうが良かろうが、いつまでかかるかわからぬ戦いにおまえたちまで付き合う必要はないぞ」

「いえ。軍師殿の敵はわれらの敵。あれほどの者には早々お目にかかりたくはありませぬが、どのような戦い方をするのか見ておく必要はございましょう」

 蒼瑛はそう答えると、熾闇のやや後ろに立つ。

「殿下のお心ひとつで敵を迎え撃つのが我らの役目。例え、相手が天界の神族であろうとも、それは変わらぬと申し上げたほうがよろしいですか?」

 そう言葉を紡ぐ青年に、第三王子は視線を向けた。

「ありがたい、と、思う。だが、今は必要ないことだ。この地の安寧、それだけが俺の望みだ」

 率直な言葉に蒼瑛が目を細める。

 満足げな表情だ。

「そう仰る殿下だからこそ、私はあなたを主君と仰ぐことができるのですよ」

 不敬とも取れる言葉だが、彼にとっての真実であることは間違いない。

「肝に銘じておこう。その親を裏切らぬようにな」

 信頼を得ることは、その者の命を預かることと同様に重いものだということを承知している若者は、小さく頷く。

 そして、前に視線を戻した時、夜明け色の瞳を大きく瞠った。

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