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白虎の宝玉  作者: 西都涼
神将の章
181/201

181

 青湖軍と入れ替わるように金を彼らに預けた王太子府軍は、一路、王都を目指した。

 四神国の領土は、他国に比べれば数倍から数十倍広い。

 徒歩で旅をすれば端から端まで行くのに数ヶ月かかることもある。

 そのため、最短距離を行けるように交易路が整備されているのだが。

 草原の民である颱の民は移動には必ず馬を使う。

 それゆえに数ヶ月かかる旅が僅か数週間で事足りる。

 その中でも馬の扱いに長けた王太子府軍の移動距離は、他の者達にとって瞠目するものである。

 その彼らでも南端から王都へ向かうのに数日はかかる。

 数万の騎馬隊が草原を駆け抜ける姿は圧巻である。

 まるで押し寄せる波濤のように大地を揺るがし、他を圧倒する。

 その先頭を駆けるのは、総大将である第三王子熾闇である。

 彼と、その従妹だけが、この王太子府軍を自在に操ることができる。

 愛馬と一体になり、風のように草原を駆け抜けるこの一瞬が彼にとっての至福の時間だといえる。

 何も考えずに、ただただ風に溶け込む。

 五感すべてが解放され颱に同化しているような感覚を味わっていた熾闇は、見過ごせない何かを感じ取り、その瞬間、行軍を止めた。

 彼の手足と同じく統率された王太子府軍はその命令の直後、ぴたりとその場に留まる。

 戸惑いの色は見えず、総大将の命を待つ。

「何か、いる……?」

 一見、何事もないようだが、彼の感覚が異常を告げている。

 肌が粟立つような僅かな感覚だが、熾闇は己の直感を信じた。

 幾たびも己の命を救った感覚が動かぬことを命じている。

 そして、視線の先に突如、人影が現れた。

 全部で十二体。

 そう、数を読み取った時、彼らと熾闇の間に従妹が滑り込み、視界を遮った。

「翡翠!」

「このまま、動いてはなりませぬ」

 きっぱりとした声であった。

 その声に縛られたように身動きが取れなくなる。

「……言霊……?」

 まさか、自分に対してそれを使うとは思ってもみなかった熾闇は瞠目し、従妹の背を見つめる。

 珍しいことに、滅多なことでは戦意を見せぬ碧軍師が全身に覇気を漲らせ、前を見つめている。

 それが徐々に増幅していき、凄まじいまでの闘気が膨れ上がる。

 気が弱いものなら、それだけで心の臓を止めることだろう。

 それほどまでに今の彼女は凍てついた怒りを身に纏っていた。

 何故、と、言葉にならぬ呟きが脳裏に浮かぶ。

「……あれが、神気、ですか……?」

 背後から犀蒼瑛の声が聞こえた。

 翡翠の背に隠れて見えなくなったが、突如現れた人影が神族であったとその言葉でようやく悟る。

 そして、その神族が今までの者とはまったく違い桁外れの力を有しているのだと肌で感じ取る。

「……翡翠」

「なりませぬ。あれはわたくしが」

 排除いたしますと告げた手がしなやかに動き、宙に文字を描く。

 閉じ込められたと、その瞬間、理解した。

「……これは、結界か!?」

 ひどく狼狽えた嵐泰の声。

「嵐泰、どういうことだ!? 結界が何故!!」

 焦ったような蒼瑛の声が響く。

 こちらも珍しいものだ。

「我々は、軍師殿によって閉じ込められたことになるな……あそこにいる者たちから護るために」

 険しい表情を浮かべた嵐泰が、馬を操り前に進み出る。

 だが、ある一定の場所まで来ると先に進めなくなる。

「ここが限界か」

「……嵐泰、この結界、破れるか? 青藍でもよい。翡翠の許へ行けるか?」

 術を持たぬ己より、知識を持つものに問うたほうが早いと、熾闇は問いかける。

 呼ばれた笙成明の副将は、結界に手を当て何やら探っていたが首を横に振った。

「申し訳ございませぬ、上将。この結界はおそらく守護結界でございます。白虎様でもこの結界を解くことはできませぬ。ましてや人の身では」

 祝青藍は、蒼褪めた表情で告げる。

「三界最強の結界でございます。例え、術者が命を落としてもこの結界は破れませぬ。術者が解く以外は……」

「……翡翠!!」

 何故、三界最強の結界を紡ぐことができるのか、そんなことなど考えもせず、ただひとり、十二人もの神族に対峙する親友の安否を気遣う。

「この結界を解けー!! ひとりで行くな!!」

 行かせてはならないという思いと、彼女なら絶対大丈夫だという信頼が混ざり合う。

 複雑な感情を抱える彼らの目の前で、もう一度手を上げた翡翠が別の結界を築く。

 それが、守護のための結界ではなく、戦いの場を作るための結界であることを彼らはその瞬間、悟ったのである。


 王太子府軍を囲む守護結界を築いた翡翠は、大地を護るためにもうひとつの結界を張った。

 この地を護る白虎神を歎かせぬためなら、この程度のことなど造作もなかった。

 逆のことを言えば、この目の前にいる十二人の神族と戦うことは、それなりの被害が出てしまうということだ。

 今までの雑魚とは違う。

 そして、この段階で彼らが出てくるなどとは、さすがの翡翠も想定していなかった。

「……見事な結界だな。美しい……」

 草原に出現したふたつの結界を見上げ、感歎の声をあげる男たち。

 いずれも人で言えば二十代頃のおそろしく秀麗で精悍な顔立ちの者ばかりだ。

 神力の強さが外観の美醜を左右する人外の者達の中でも溜息が出そうなほどの美しい外見の者達ばかりだ。

 つまり、それだけの力を有するということに他ならない。

「十二神将が、人の地に何用でしょう? 即刻、己が守護する地へお戻りなさい」

「それだけの闘気を宿しながら、帰れと言うか……相変わらず甘いお方だ」

「無駄は好みません」

 あっさりとした口調で告げる翡翠に気負ったところなどどこにもない。

「たったおひとりで我等と対峙なさるか、守護者殿?」

「それが、何か?」

「武神将である我等十二人を相手に勝てますかな?」

 一番若い男がからかうように問いかける。

 それに対し、翡翠はわずかばかりに呆れたような表情を浮かべた。

「誰に、何を問うておられますか?」

「ほう?」

「無駄な争いは好みませぬが、どうしてもと仰るのならお相手いたしましょう。ただし、命の保障は致しませぬが」

 愛馬の背から大地へ降り立った麒麟の守護者は、愛馬を結界の外へと送り出すと手に槍を握る。

 三界最強の半神の性を顕わにした武人は、その名の由来となった宝玉の瞳を一旦伏せ、そうして十二神将を見据える。

 解放された神力は十二神将を軽く凌駕していた。

 その圧倒的な力の差に年若い神将たちは驚愕したが、年長の者達は楽しそうな笑みを口許に刻み込む。

「守護者殿が妙齢の美姫となると、此度の麒麟殿は女性か……将来が楽しみではあるが、致し方あるまい」

 最年長らしき二十代後半の容姿を持つ青年が鞘から剣を抜き放つ。

「後ほど麒麟殿にご挨拶申し上げよう」

「今は心ゆくまで戦いを楽しむとするか」

 それぞれが得意の武器を手に構える。

「いざ、お覚悟を」

 心底楽しげな声を上げ、棍を手にした青年が跳躍する。

 襲い掛かる十二人の青年武神将に、麒麟の守護者はとろりと艶やかな笑みを浮かべた。

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