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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
179/201

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 最前列に弓兵隊、その後ろに馬車に積んだ弩隊、槍歩兵と続き最後尾に歩兵が並ぶ金の軍隊。

 それは、大陸全土の軍隊の一般的な並びである。

 縦長の隊列は、正面に強くても、横には弱い。

 だが、通常は正面同士の激突になるため、あまり関係がないと思われている。

 唯一の例外ともいえるのが、騎兵のみで構成されている王太子府軍である。

 大陸最速の機動力を持ち、そうして統率された彼らは、闘いにおいてその陣形を敵に応じて即座に変えることができる。

 速さの点においては、大陸最強と謳われる黒獅子軍をも上回るだろう。

 その、彼らの特質ともいえる速さを用いて、綜翡翠率いる本隊は金の正面から彼らを待ち受けていた。


 突然現れたのではなく、すでに待ち受けている様子でずらりと並ぶ騎兵たち。

 奥までは見渡せないが、自分達の軍勢よりも多いのではないかと思わせる影に金は歩みを止めた。

 いきなり戦を始めるのは礼儀に反する。

 お互いの口上を述べ合ってからだというのが、戦の作法というものだ。

 そう認識している金は、騎兵を従え、前に立つ銀の鎧の武将の姿に驚きの表情を浮かべた。

 総大将なのだろうかと、目を凝らせば、鎧は金属的な輝きで彼らの目を射る。

 王太子府軍の総大将は、王の嫡子、第三王子である。

 全身白を許された尊き身だというのが、彼らの認識である。

 白にも見えるが、白ではこのような輝き方をしない。

 総大将ではない、だが白に近い銀を纏うこの若い武将は一体誰なのだろうかと考えれば、すぐに答えは出る。

 第三王子の片腕として名高い、副将の綜翡翠である。

 大陸随一の美貌と才能を恣にする副将は、王太子府軍の軍師をも務めている。

 彼女を欲して戦を起こし、衰退した魏の話は耳に新しい。

 たった一騎で前に立つ副将の右手には、色鮮やかな糸を巻きつけた驚くほど長い長弓がある。

 背にはその矢筒を背負い、気負った様子もなく、こちらを見つめている。

 金の弓兵隊が狙いを定めているというのに、動揺した素振りを微塵も見せず、泰然と構える姿は豪胆すぎるほどであろう。

 冑を鞍の前に置き、左手で軽く支え、白皙の美貌を惜しげもなく晒している。

 その整った顔立ちは、なるほど大陸一の名に相応しいものである。

 だが、ただ美しいのではない。

 それ以上に、静かな迫力があった。

 誰に命じられたでもなく、行軍が止まったのは、ただ一騎立てている翡翠に気圧されてのことだ。

「なにゆえに、断りもなく我が颱の領域へ兵を進めるか、金の民よ」

 さほど大きくもない声が凛然と金軍の隅々まで響き渡る。

 玲瓏たる美貌に相応しい、しっとりと落ち着いた声であった。

「商人、旅人なら歓迎もしよう。だが、武でもって我が国を進むとあらば、これ以上の進軍は許しはせぬ。刃を交えず、このまま取って返すのなら、このこと、不問にいたそう。さて、如何致す?」

 煽るような物言いだが、それが事実であることを彼女の気配が告げている。

 ここから先は一歩たりとも進ませないと、自然体でありながら厳然たる事実を突きつけているのだ。

 その言葉を受け、金軍の中から将兵らしき男が前に進み出てきた。

「我が王の命により、この地を貰い受けに来た!」

「貰い受けて、何とする?」

「この荒地を実り豊かな地へとする!」

 大真面目に答える男の言葉に、一瞬間が空き、そうして颱軍から哄笑が沸き起こる。

 翡翠ですらうっすらと失笑を浮かべたのだから、仕方のないことだろう。

「おのれ! 愚弄するか!?」

「盗人にも盗人の理があると申すが、片腹痛いとはこのこと。この草原が荒地とは、初めて聞いた。この地の豊かさを知らぬ方が愚かであろう」

 ぽんっと冑を左手で打った翡翠が長弓を軍配代わりに突きつける。

「我らがもっとも敬う白虎神が風に戯れ、遊ぶ地を荒地と申したな? それだけでも許しがたい。己が持つ領地だけでは飽き足らず、欲を掻き、他人の持つものを手に入れようと欲するは愚の極み。兵を引かぬのなら、殲滅してくれよう」

 温厚だと思われる翡翠だが、護るべきものを悪し様に言われれば容赦をしないところは、従兄と同じだ。

 否、それより、始末に終えないところがある。

 誰よりも徹底して行うからだ。

「ならば、力づくで通ってみせよう!!」

 決まり文句を告げた武将は、馬を反し、自軍へと向かう。

「矢を放てー!!」

 翡翠を射よと命じるが、当の翡翠はその場から動かず、落ち着いた様子で前を見据えている。

 ひゅんっと、甲高い空気を裂く音が響き渡り、矢が雨のように降り注ぐ……はずであった。

 ところが、途中で力を失い、ばらばらと地に散り落ちてしまう。

 まるで見えない壁に当たって跳ね返されているかのようだ。

 それもそのはず、上空では逆風が吹いているからだ。

 風の勢いに負けて、落ちていく矢を呆然と見つめる弓兵たち。

 それを見届けた翡翠が弓を立て、矢を番えると無造作に放った。

 狙った先は先程の将兵である。

 ちょうど馬の足許へと地に刺さり、馬が驚いて棹立てる。

「何を!? 落ち着け!」

 手綱を咄嗟に引いたその手綱を二本目の矢が断ち切る。

 支えるものを失った武将は、みっともなく鞍から転げ落ちた。

 そこへ、さらに驚いた馬が蹄を落とす。

 悲鳴と怒声が響き渡った。


「おやおや。たったあれしきのことで馬から落ちるとは情けない」

 苦笑に満ちた声が翡翠の背後から掛かった。

「蒼瑛殿……嵐泰殿もいらしたのですか?」

 手出し無用と言い置いていたのだが、どうやら見物に来たようだ。

 何も言わなかったが、嵐泰も少々呆れたような眼差しを敵陣に向けている。

 馬を手足のように操る騎馬の民にとって、落馬は恥じもいいところだ。

 馬が棹立っても、すぐに体勢を整えることなど造作もない。

 ましてや馬に前足で潰されるなど、ありえない。

「いい見世物かと存じまして……滑稽話でもああは面白くないでしょう」

 皮肉たっぷりに蒼瑛が肩をすくめて告げれば、嵐泰がこっそりと溜息を吐いている。

「諸国論の講義で、金は武よりも商を好むと聞いておりましたが、まさしくそのようですな。馬の扱いが苦手なようで」

 あからさまに下手といわないところが嵐泰のささやかな気遣いだろうが、あまり意味はないようだ。

「下手と言え! 正直に。素直に言わねば胃が痛むぞ」

 自分に正直すぎる男が横槍をいれ、空を見上げた。

「風向きが変わりましたな。そろそろ、ですか」

「えぇ、そうですね。お願いしてもよろしいでしょうか?」

「特等席での見物ができないのは残念ですが、承知いたしました」

 にやりと笑った蒼瑛が右へ、頷くだけにとどめた嵐泰が左へと馬首を返す。

 それと同時に、翡翠が右手を天に掲げた。

 総攻撃の合図だと、金軍は思い込み、負けじと弓兵が弓を構える。

 その手が振り下ろされる前に、突然、馬の嘶きと槍兵達に叫び声が響き渡った。

 新たな敵軍が突如として現れ、隊列の横へと喰い込んできたのだ。

 身構えるよりも早く怒涛のような騎馬隊に跳ね飛ばされて地に叩きつけられる。

 目の前にいる本隊が、実は囮であるということに気付いたのは、後ろからも敵が現れたときであった。

 大見得を切った以上は、退却などできない。

 戦は始まったばかりなのだから。

 人馬一体となった巨大な竜巻が通り過ぎたあと、体勢を整えながら金軍はいつ、どの方向から新たな敵が出現するかを無意識のうちに警戒し始めたのであった。

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