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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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「何を考えている、翡翠?」

 最近、特に彼女の考えが読めなくなってきた熾闇は、半身とも言える娘に直接問いかける。

「御身のご無事と、この国の安泰のみを」

 二人以外いなくなった本陣の会議用の房の中で、翡翠は夢見るような柔らかな笑みを浮かべて応じた。

「おまえの身の安全は相変わらずか」

「熾闇様さえ安全なら、わたくしも同じく安全だといえましょう? わたくしの身を熾闇様が守ってくださると仰いましたから」

「そうか。そうだったな……」

 ひとつ頷いて、納得してみせた熾闇だが、どうしても不安が拭えない。

「金に、本当に天界の者はいないのか?」

「おそらく。金には、天界の者が付け入る隙がございません。国力も常に安定しておりますし、権力争いをする王子や貴族もおりません。此度の颱への出兵は、金にとって趣味のようなものでございますから……」

「趣味、か。随分と無駄な趣味だ」

 人命を散らすような趣味は、悪趣味としか言いようがない。

 それが罷り通るほど、金は安定し、娯楽に厭いているのだろう。

「金があれらとは無関係なら、この隙に入り込もうと画策するだろうか?」

「その為に、茜虎を待機させております。もし、万が一、どこかが兵を起こしましたら、わたくしに遠慮なさらず、将軍達を伴い、茜虎を率いてそちらにあたってくださいませ。金はわたくしが抑えてみせましょう」

「……そうか。わかった」

 駄目だと言いたいところだが、相手の狙いは翡翠であるがため、金に対峙させていた方がまだ安心だと思い直した熾闇は、躊躇いながらも素直に応じる。

「その時は、わたくしが金を抑えて熾闇様に合流するのが早いか、それとも熾闇様が相手を撃破する方が早いか、競争ですね」

「俺に分がない競争じゃないか」

「おや。始まる前から負け戦ですか? 情けない」

 手厳しく詰るように告げる従妹に熾闇は苦笑した。

「おまえほど強く手強い武将は居るまい。心強く思っているが、その分、おそろしい」

「熾闇様?」

「おまえは俺の従妹で親友だ。敬称はいらぬ。常に対等でいてくれ。主などでいたくない。それが俺の偽らざる本心だ。覚えておけ」

「え?」

 一方的に本心を告げた熾闇は、虚を突かれた翡翠の思わぬ稚い様子に満足そうな笑みを浮かべる。

「明日からまた移動と戦だ。今日は身体をよく休めておけよ、翡翠」

「えぇ、それはもちろん……」

「俺を不安にさせるなよ。また、今日みたいな真似をして、喧嘩になるからな」

「はい」

 堂々と己の態度を正当化した若者は、従妹を本陣の天幕から送り出し、その後姿を見送る。

 いつも一緒であったが、これからは少し距離を置き、離れなくてはならない。

 そのことに慣れなくてはいけないのだと、自分に言い聞かせた若者は、己の左手を見つめる。

「……力が、欲しいな。己の心に耐えるための力が」

 今まで欲しかったのは、周囲を護るための力だった。

 今の自分は、己の心を抑えるための力を欲している。

 そのことに気付いた第三王子は、力ない自嘲を浮かべたのであった。




 風に背を押され、草原を駆け抜ける騎馬の一団。

 彼らが向かうところ、必ず風は送り風となる。

 逆に、悪意を持って颱に入るものには強い向かい風となるのが颱の不思議だ。


 その送り風の中、先頭を走るニ騎に目をやれば、一瞬、目を奪われ、息を詰めてしまいそうになる。

 見事に同調し、併走するのは、この王太子府軍が主将、第三王子熾闇と、副将を務める綜翡翠である。

 総大将であり、王族であることを示すために第三王子は鎧、鎧紐、外套、手甲、鎖胴衣、衣服に至るまですべて白で統一されている。

 それとは対照的に、副将である翡翠は、その名の由来となった瞳と同じ翠の鎧を身に纏っているのが常である。

 だが、今回ばかりは違っていた。

 本隊である銀虎を束ねるために、正式な具足で身を固めていた。

 金属的な輝きを放つ銀の鎧と外套、唯一鎧紐だけが翡翠である。

 白と銀。

 まさに目を射る輝きを放つ鎧姿の若者達は、この大事に、緊迫した様子もなくただ前を見つめている。

「そろそろ、だな……」

「……えぇ、そうですね」

 ぼそりと熾闇が呟けば、動じた風もなく翡翠が同意する。

「本隊はおまえに任せる。俺たちが合流するまで、少ない騎兵だが持ちこたえてくれるな?」

「勿論ですとも。我が唯一無二の主が欲するものを整え、設えるのが臣たる者の腕の見せ所でございましょう?」

 にこやかに、黒髪の軍師は笑顔で応じる。

 軍をふたつに割り、そうしてその少ない方を本隊とした熾闇にとって心配の種は尽きることがない。

 だが、現段階での考え方として、これ以上の策は見つからない。

 ならば、この作戦で行くしかないということは、熾闇もよくわかっている。

 そうして、本隊を任せるに翡翠以上に相応しい人間もいないということも。

「そうだな。期待している。おまえには物足りない役かもしれないがな」

 軽口を叩けば、返ってくる微笑み。

 茶目っ気をのぞかせる生気に溢れた笑顔は、彼がもっとも好むもののひとつだ。

「見せ場を作ってもよろしいのなら、いつでも作ってみせましょう」

 主が何と答えるかをわかっていて、あえてからかう度胸の良さも彼女ならではであろう。

 だからこそ、本隊を任せることができるのだ。

「それは、駄目だ。それでは、俺たちの見せ場がなくなってしまうだろう? おまえは敵の目を引きつけてくれれば、それでいい」

 乗せられているのを覚悟でそう答えれば、親友の笑みが深くなる。

 その笑顔で覚悟が決まった。

 左手を手綱から放し、拳を握って隣へと差し出す。

 手甲に包まれたしなやかな右手が、同じく拳を握って熾闇の左手を軽く小突く。

「ご武運を」

「おまえもな」

 離れる手を追いかけ、一瞬、強く握った熾闇はそう答えると、その手を放し、手綱を握る。

「遊撃隊! 進路を右へ取れ!!」

 流れるような所作で剣を鞘から抜き放ち、天へと掲げる。

 光が剣先に留まり、眩いばかりに輝きを放つ。

「俺に続け!!」

 凛と響く声で告げた総大将が、手綱を右へ引き、進路を南側へと変わっていく。

 派手な演出を見るかのように、一糸乱れぬ様子で、騎馬隊が右へとそれる。

 それとは対照的に、本隊は何事もなかったかのように落ち着き払った態度で、移動しながら遊撃隊の様子を眺めやる。

 そうして完全に分かたれたあと、軍師が動いた。

「隊列を整えよ! 決して、我らの数を悟られるな! 遊撃隊が現れるまで、決してこちらから仕掛けるな」

 軍配を上げ、言い放つ声は風に乗り、何処までも響き渡る。

「これが、総大将の命です。我らの役目は、囮です。総大将と青牙将軍が敵の腹を食い破るまで、動かず、待ち続けられる者だけわたくしに続きなさい」

 軍配を返し、前方へと打ち振る。

 それを合図に、彼らは馬を駆る速度をさらに上げた。

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