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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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「実は、殿下と同じ用件だったのですが……少しばかり方向転換を致しました」

 王宮の回廊で美姫を待ち伏せしているかのような気安さで、肩をすくめた蒼瑛が小さく笑う。

「神族が、何故、軍師殿を狙っているのか? 理由をご存知ならばお尋ねしようと思っておりましたが……それよりも重要なのは、対処法だと悟りました。あなたをお守りするために、何をどうすればよいのか、お教えいただきたいと思います」

「そんな必要はないとは仰せにならぬよう、お願い申し上げる。軍師殿が掠り傷でも負えば、逆上する方が居られますゆえ」

 静かな口調で諭すように説き伏せるのは嵐泰である。

 まるで幼子に言い聞かせているような落ち着いていて優しげな表情だ。

「痛いところを突かれてしまいました」

 正しく、その一手で逃げ切ろうとしていた翡翠は、先手を討たれ、口惜しげに顔を顰める。

「諦めてください。そのため、こちらも理由をお尋ねすることを断念いたしましたから、今は」

 笑顔を湛えたままの蒼瑛が白状することを強要する。

「成明と青藍殿だけでは、荷が勝ちすぎるでしょう? そのために我らを使えと、そう申し上げているのですよ、翡翠殿」

 にっこりと極上の笑みで蒼瑛は言葉を重ねる。

「何も、ふたりの力が足りぬと申しているわけではないゆえ、そこのところは誤解なきよう。ただ、いくら力を持っていても人は疲れて力尽きることもある。交代要員は必要だと、そう申し上げているのです」

「……………………負けました」

 蒼瑛を見、嵐泰を見上げた翡翠は、がっくりと肩を落とす。

 本当に痛いところを突かれてしまった。

 寄せられる純粋な想いに弱いのだと、今更ながらに自覚する。

 唯一にして最大の欠点であると、守護者の意識を恨みたくなる。

 護るべき者と思っていた存在たちから、このような申し出をされると断りきれなくなってしまうのが、歴代の守護者の最大の欠点である。

 それゆえに、彼らを護るために命を落としてしまった守護者もいる。

 唯一無二の存在である麒麟を護ることを最大の使命であると考えながらも、その他に護るべき者を抱えてしまった悲劇。

 それを繰り返してはならぬ。

 その先に起こりうるのは、己の死のみならず、護るべき者達に降りかかる最大級の不運なのだ。

 三界最強の力を誇る麒麟の守護者たるべく、己の感情に惑わされず、全力で以って麒麟を守る。

 それが、守護者が己自身に課した戒めであった。

 一瞬たりとも心に隙を作ってはならぬ。

 例え味方であろうとも、愛しい家族であろうとも、一切を排除しなくてはならぬのだ。

 己の手で麒麟を散らすことだけは赦してはならない。

 主を得た守護者がまず、第一に考えることである。

 だがしかし、今回ばかりはそれが当てはまらない。

 唯一の主は、天位を望まない。

 ならば、狩人達を排除するだけでよい。

 実に簡単な答えを手にしてしまった翡翠にとって、二人の申し出は非常に魅力的であったのだ。

 満足そうに笑みを浮かべた男たちが娘を見つめる。

「人界には、白虎様を始め、四神の皆様結界により、天界の者はその力を人に向けて放つことはできませぬ。そして、天界の約定により、人を傷つけ、命を奪うことも禁忌とされております。もし、この禁を破った者は、その罪の重さと同等の罰を贖わなければなりませぬ。ただ、それは人が持たぬ神力でのみのこと。己の身体を用いての力の行使はこれにはあてはまらぬとされております」

 静かに、穏やかに、娘は言葉を選んでは紡ぐ。

「それとは異なり、人は、人の理の中におけるすべての力を行使することができます」

「つまり?」

 翡翠の言葉を先読みした美丈夫は、にやりと笑う。

「異能の者は、その力を使い放題だということですね? そうして、剣などの得物での命のやり取りも」

「……はい」

「それで、相手の平均的な剣の能力はどれほどなのでございましょうか?」

「人それぞれ、そう申し上げたいところですが、武神将と呼ばれる方以外は、剣を持って戦うなどとは野蛮な行為として、もっぱら神力を用いる者が多いと聞いております」

「……だから、軍師、か……」

 納得したとばかりに嵐泰が頷く。

 三界はそれぞれ独立しており、どの界が優れているという考え方は基本的にはないはずである。

 しかし、神力を生まれつき持つ神族などの天界人は、力を持たぬ、また知識すらない人間を下等な存在として見下す輩もいるのだ。

 それゆえに、下等な人と対等に剣で戦うなど、彼らの矜持が赦さないのだろう。

 もともと、神力以外の能力を持たないものなら、尚更である。

 封じられた神力を使えないのは仕方ないが、人間ごときに剣で対峙するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある、と、そう思うのだ。

 実際のところ、彼らの剣技は大したことなどなのだが、尊大すぎる自尊心のため、実力の差がかなり開いていると錯覚しているようだ。

 わざわざ己の剣を人間ごときの血で汚すこともないと、そう高をくくり、軍師に身をやつそうと画策しているらしい。

 そうして、己の策で何人もの人が死のうとも問題ないと思っているのだ。

 所詮、使い捨ての命である。ならば、我が為に役に立てと愚かしい傲慢さで消耗戦を挑もうとしている。

 燕の時も今回も、誇り高き人々の反抗がすべてを狂わせ、彼らの望まぬ結果を生み出した。

 人を侮りすぎた結果がこれだ。

 それを学習するかどうかは、彼らの自由と言うわけだが。

「獅子は、敵と相対するとき、全力でもって立ち向かうと申します。如何な相手であろうとも、獅子に見習って全力で潰して差し上げましょう」

 嫣然と微笑んだ犀蒼瑛が、優雅な身のこなしで恭しく翡翠に一礼する。

「取るに足りぬ相手であろうとも、情けは無用。それが、戦場で生きる掟というもの。己が預かる命の重さをしかと自覚してもらうとしよう」

 泰然と頷いた嵐泰が低く告げる。

 それは、狩人達にとって、飛び梅以上に恐ろしい相手を敵に回した瞬間であった。

「それはともかく、本陣へ参りましょう。総大将閣下が待ちくたびれて本陣を脱走いたしますよ?」

 できるだけ、彼らに知られず、内々にすべてを済ませてしまおうと決めた娘が何食わぬ表情で促す。

 青年達は、ちらりと視線を絡めると、わずかばかりの仕種で頷きあい、少女のあとを追うように本陣へ向かう。

 南の国境線を越えてくるものがいるという知らせを受けるのは、これから半刻後のことであった。

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