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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 黒く艶やかな髪とまるで宝玉のような翡翠の瞳を持つ若者──綜碧。

 綜家の者は、明るい色の髪を持つ颱の中にあって、比較的暗い色彩を持つ者が多い。

 だからであろうか、有名な綜家の末姫とまったく同じ色彩の若者を前にしても、彼の者が女性であると疑うものは誰一人としていなかった。

 王家に継ぐ血の古さ、そうして一番王族に近しい血統。

 光放つ者が王家なら、陰から支える者は綜家だと、誰もが知っている。

 それゆえ、誰もが綜家との縁を望む。

 綜家との縁を持てば、己の望みが叶うと信じて。

 それは綜本家の者だけに限ってのことであるが、分家筋、または遠縁でもそれが通じると信じる者が多い。


 驚くほどの美貌とは裏腹に、匂い立つような艶と親しみやすさを持つ若者から細長い包みを渡された華姫は、彼が去った戸口を見つめていた。

「春琳、碧は何を贈ったんだ?」

 無邪気な好奇心を覗かせて、立ち去った若者の従兄が興味深そうに問いかける。

「……え?」

「あいつ、本当に趣味が良いからな、きっといいものだな」

 勝手に結論付けた赤紫の髪の若者が杯に口をつけながら、機嫌よく告げる。

「確かに、綜碧殿の趣味は宜しいな」

 皮肉るでもなく納得顔の偉丈夫が大きく頷く。

「願いが叶うお守りなんて、俺が欲しいと言っても絶対にくれないぞ、あいつ。女性には甘いからな」

「女性は愛し、守るべき相手であって、紫苑殿は全然可愛くないから。そう言いそうだ」

「それもあるが、願いは自分で叶えろとか言いそうだぞ」

 男達は消えた若者に対し、好き勝手に言う。

 そこには、彼らしか持ち得ない深い信頼が見え隠れしている。

 男同士の友情には、女は立ち入ることはできない。

 ましてや、生死を共にする相手であれば尚のこそ。

 相手にどれほどの情を注いでも、決して叶うことのできない楼閣の女達は、それをほろ苦く聞く。

 颱に根付く男達は、まるで風そのものだ。

 勝手気ままに吹き抜けて、女達を翻弄する。

 決して留めることができず、手を伸ばしてもすり抜けてしまうのだ。

 どこまでも自由な男達に促され、春琳は包みを開け、中の箱に入れられた贈り物を取り出す。

「……まぁ、なんて……」

 取り出した物は、見事な細工が施された帯止めであった。

 しかも、ただの帯止めではない。

 青玉、紅玉、碧玉、黄玉、金剛石に翡翠と、色とりどりのしかも高価な宝玉が散りばめられ、金鎖で繋ぎ止められた一品だ。

 独特な配置は、意図的であると一目でわかる。

 綜碧がお守りと言ったのは、この配置に意味があるからだと、難なく理解できる。

「……あいつ……」

 春琳が取り出した帯止めに、思いがけず綜紫苑が顔を顰めた。

「紫苑様?」

「よっぽど春琳が気に入ってるんだな、あいつ。最高級の玉ばかりを集めてるぞ……願いが叶うどころか、守り石としても最高の配置だぞ。何をそんなに警戒してるんだ?」

 紫苑の訝しげな言葉に、韓聯音は天井を仰ぐ。

 実に損な自分の役回りについて悟ったせいだ。

「紫苑様。願いが叶うお守りというのは、誠でございますか?」

 震える声で春琳が問いかける。

「碧を疑うのか? あいつは酔狂でこんなものを贈ったりするようなやつではないぞ」

「それは、勿論、存じております。私の、私の願いを申し上げてよいものかと、考えたまでにございます」

 しっかりと帯止めを握り締め、琵琶太夫と呼ばれる少女は震える声でそう告げる。

「絶対に叶うとは断言できぬが、言ってみればいいではないか?」

 不思議そうに、熾闇は問う。

「は、はい。私の願いは取るに足りぬささやかなものにございます。紫苑様は、日が傾くとお戻りになられておしまいになる。ただ一度、一度で構いませぬ。どうか、あさぼらけまでお留まりいただければと……紫苑様に想う御方がいらっしゃらなければ、どうか私の音色を灯明の下でお聴きいただければと願う次第にございます」

 真摯な表情で告げる少女に、熾闇は驚きのあまりに目を瞠る。

 それはできぬと即座に答えるべきであった。

 だが、太夫の一言が思わぬ波及をもたらす。

 想う御方と言われ、思い浮かべたのは黒髪の従妹の顔であった。

 完全に絶句してしまった王子に、聯音はこめかみを指先でかきながら言葉を探す。

「あー……あの、さ。碧殿はああいったけど、本来、俺たちは城住まいで門限があってな」

 困ったように告げる聯音の言葉に、女将は納得したように頷く。

「武官の皆様で、官位の上をお持ちの方々は宮城にお部屋をお持ちだと伺っております」

「そう。郊外の屋敷にも領地に戻るわけにもいかないからさ、城住まいなわけよ。できるだけ、品行方正に過ごしたいわけ」

 韓聯音と品行方正。

 これほど似合わないものはない。

 だがしかし、普段の聯音を彼女達が知るべくもなく、燕から来た武将は主の援護射撃を行う。

 一緒に来ていたのが犀蒼瑛であれば、社会勉強とばかりに王子を唆すだろう。

 一方、王族に列なる嵐泰であれば、問答無用に主を連れ帰るだろう。

 そのどちらでもない聯音は、熾闇がどちらの回答を出すにせよ、臨機応変に対応できる言葉を紡ぐ。

「城住まいも息が詰まるから、息抜きできるのは確かに嬉しいけどな」

 茶目っ気を覗かせて答えながら、男は若者にちらりと視線を送る。

 晩熟すぎる若者は、呆然とした表情で固まっていた。

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