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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 それから三日と空けず、綜紫苑と名乗る若者が春嶺楼に通いだした。

「本当に見事だな、春琳の琵琶は」

 感心したように呟く熾闇の頭は、現在、翡翠の膝の上にある。

 王宮の庭の陰での休憩中だ。

「それはようございました」

 樹の幹を背にし、右膝を立て、左膝に熾闇の頭を乗せた翡翠は、穏やかに微笑む。

「おまえにもまた聞きに来て欲しいといっていたぞ」

「ならば、次回にでもお供いたしましょう」

「うん。ぜひそうしてくれ。女将達は綜碧の虜になっていたぞ。いつおまえが来るのか、そればかりだ」

「それは申し訳ありません」

 くつくつと笑い、翡翠は謝罪する。

「誰もおまえを女だと気付かないのが不思議だな。まぁ、その方が、おまえの良いところを素直に見てもらえるようで、俺も嬉しいけどな」

 無邪気な一言を告げた王子は、眠そうに欠伸をする。

「今度、春琳に土産を持っていこうと思うが、何がいいと思う?」

「そうですね。甘いものや可愛らしい菓子、琵琶の撥などがいいでしょう」

「そうか……おまえ、見立ててやってくれ」

「御意」

「いい天気だなぁ……」

 満足そうに笑った若者の瞼が落ちる。

 気持ち良さそうな寝息が規則的に聞こえ始めた。

「相変わらず寝つきが良いこと」

 笑いを噛み殺し、翡翠は主の眠りを守る。

 彼が守る国が平和で、主が健やかであることが、麒麟の守護者たる彼女の本意だ。

 今のところ、それが保たれていることに、彼女は非常に満足していた。

 そこへさくりと足音が近付く。

 右手を後ろへさりげなく送り、剣の柄を握った翡翠は足音の主の姿を認める。

「……アー……俺、邪魔?」

 困ったように頭を掻き、そう問いかけたのは燕からの新将軍であった。

「上将に御用でしょうか?」

「いや。別に……姿が見えたもんだからさ」

 邪魔ではないと判断したのか、近付いてきた聯音はそのまま草地へ腰を下ろす。

「何か、こーゆー場面って、色っぽい雰囲気が漂うのが普通なんだけどさ、何てゆーか、健全だなぁ」

 呆れたようにボヤく男は、まじまじとふたりの姿を見比べる。

 安心したように眠りにつく王子と、片膝を立て、いつでも起き上がれる体勢を整えて主の眠りを守る従者の図にまったく色気はない。

「ご期待に添えませんで、申し訳ございません」

「んー……それはいいんだけど……前から思ってたんだが、あんた、オヤジだな」

「………………」

 韓聯音のとんでもない発言に、翡翠はしばし微妙な表情を浮かべる。

「どう、捉えるべき発言なのでしょうか……?」

「あ……オヤジってゆーか、父親だ。間違えた」

 相手の微妙すぎる表情に、自分の失言を悟った聯音が言いなおす。

「普通なら、女は大切な人間の傍だと母親の気配を漂わせるんだが、あんたの場合、王子の傍にいるときだけ父親になる。それが前から不思議でな」

「父親、ですか」

「常に見守っているだろう? 直接的に手出しをせずに、本当にぎりぎりのところまで王子の望む通りにさせてるし」

「あぁ、そういえば、そうですね。いずれ私はこの方の傍から旅立たねばならない身ですから、ひとりで立っていただかないと困りますので」

 男の言葉に、かつての記憶が刺激され、翡翠は素直に答える。

 守護者としての生は、麒麟を天帝位に就け、そうして彼が安全であることを確認したときに終わる。

 己の総てを懸け、麒麟が歩む道を切り開き、守りきった後に費えるのだ。

 何度でも、それこそ何度でも繰り返し行ってきた生だ。

 今度も同じ道を歩むのだろう。

 それが態度に出ても不思議ではない。

「こりゃまた、顔に似合わず漢前だな」

 感心したように呟いた聯音は、翡翠の言葉の意味を思い返し、あることに気付く。

「旅立つって、文字通り、あの世に旅立つって意味か!?」

「えぇ、そうですが……当たり前でしょう」

「当たり前じゃないだろう、この馬鹿娘! 最初から自分を死人扱いするんじゃねぇ!」

 頭ごなしに怒られて、翡翠は目を瞠る。

「あんたは今、生きてるんだろうが! 死んだ後のことなんぞ、考える必要なんて、これっぽっちもねぇだろうが。それに、あんたは王子よりも遅く生まれてきたんだ。順当に考えりゃ、王子が先に死ぬ」

「え……」

 瞬きを繰り返した娘は、膝の上で眠る主と自分の手を見比べる。

 以前より遥かに頼りない小さな手。

 しなやかで張りがある若々しい手は、確かに主と同年代のものだ。

「……そうでした。今度は、いつもと違うのでしたね」

 思わず呟いた声は、困ったことに聯音に拾われてしまった。

「あんた、一体、何者だ?」

 不審そうな瞳に問いかけられ、翡翠は言葉に詰まった。

 返す言葉が見つからないと、戸惑うように年上の男を見返すほか術がなかったのだ。

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