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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 片手を上げ、ふたりにやめるように合図をしたのは、第三王子熾闇であった。

 剣を手放し、主に拱手をした美貌の娘達は、そのまま彼に道を譲る。

「韓将軍が力加減してくれているからといって、遠慮なく技を振るうのはどうかと思うぞ、青藍」

 苦笑を浮かべ、白金の髪の娘を窘める。

 青牙と同じ年であるはずなのに、早くから一軍を率いる総大将を務めているせいか、貫禄がある。

 頭ごなしに抑えつけるのではなく、反発心をなくして頭を垂れてしまうような威信がこの若者にはある。

「手加減をするのは、逆に失礼かと思いまして……韓将軍は、私達の力をお知りになりたいのだと」

 ご容赦をと、くすりと笑った青藍が拱手をしたまま頭を垂れる。

 ほんのりと茶目っ気を匂わせた娘に、聯音は破顔する。

「これは参った! 別嬪さんだからと手加減すれば痛い目にあうってことがよくわかったぜ。お嬢さん方が最強の組み合わせだということがよくわかったが、できれば……」

「あら、残念ですね。最強の組み合わせは、私と翡翠殿ではございませんよ。最強とは、翡翠殿と殿下ですもの」

 にっこりと極上の笑みを浮かべて青藍が応じる。

「え?」

「おそらく。ここにいる全員が討ちかかっても、上将と翡翠殿には敵わないことでしょう。ひとりなら、ともかくも」

「へえぇ……」

 聯音の意図を読んだ青藍が、さらに煽る。

 面白そうな表情を浮かべた聯音は、同僚となった男達に視線を流した。

「そりゃ、本当かい?」

「……そういや、どちらかおひとりとは手合わせしたことは確かにあるが、ふたり同時にとは一度も……」

 莱公丙が、思い当たったように小さく呟く。

「確かに。常に一対一の仕合ばかりでお相手していた」

 ぼそりと黒衣の嵐泰も頷く。

「面白そうですな。是非にお相手仕りたいものです」

 にやりとにたりの中間のようなひどく好戦的な笑みを浮かべた美丈夫が、稽古用の剣を手にする。

「……翡翠、どうする!?」

 思わぬ展開になった熾闇は、ぎょっとしたように幼馴染みに問いかける。

「お断り、できぬようですね。仕方ありません」

 小さく笑った翡翠が、諦めに似た表情で首を横に振る。

「仕方、ない、か……」

 翡翠の表情に何を読み取ったのか、肩を落とした若者が、手にしていた稽古用の剣を床に突き立てる。

 ざくりと音を立てて、砂地に立つ剣の柄を彼は逆手に握ったままだ。

「翡翠! 兵法の書で試してみたい戦略があるのだが……」

 周囲を見渡し、ゆったりと笑った熾闇が親友に声をかける。

「それは奇遇でございますね。実は、わたくしもなのですよ」

 穏やかな微笑を浮かべ、翡翠も頷く。

「じゃあ、さくっとやってみようか」

 それは、己の優位を確信しているような勝利宣言にも聞こえた。

 武将達は剣を手にし、王子の動きに意識を合わせる。

 剣の柄から手を放した熾闇は、予備動作もなく人だかりの中心に向かって走り出した。


 いきなり自分達の方へ走り出した主に、武将達は戸惑う。

 得物を手にしない相手に向かって刃を向けるのは、やはり武人としての沽券にかかわる。

 それゆえにどうしても躊躇いが残る。

 その戸惑いが隙に繋がり、行く手を阻むことなくそのまま見送ってしまう。

 彼が目指しているのは、敵ではなく、唯一の味方であった。

「翡翠!」

 熾闇が声をかけると、翡翠も手にしていた剣を手放し、そうして両手を腰の辺りで組み合わせる。

 地を蹴り、跳び上がった若者は、さらに娘の組んだ手の上に爪先を乗せる。

 それを慣れた様子で翡翠は腰を落として全身の力を上手く利用し、両腕を振り上げた。

 ぽーんと宙へ高く舞い上がる若者の姿を唖然と見上げる彼らの傍で、翡翠もまた傍にいた聯音の肩を蹴り上げるようにして宙に身を躍らせる。

 ふたりは後方遠くへとふわりと柔らかく着地する。

「それでは皆様、ごきげんよう」

 右手を左胸に当て、一礼した翡翠が挨拶を述べるや否や、彼らは修練場の外へと飛び出した。

「…………やられた! 三十六計か!?」

 何をするつもりだったのか、思い当たった公丙が思わず叫び、そのまま駆け出す。

 つられたように青牙と成明が後を追いかける。

「あはははは……さすがは軍師殿と上将閣下。皆をお気遣いくださったようだ」

 さらに彼らの意図を悟った犀蒼瑛がげらげらと大爆笑しだす。

「笑い事ではないぞ、蒼瑛! 青藍殿、こうなることをわかって、韓将軍を煽ったな?」

 親友をひと睨みした嵐泰が表情を変え、微苦笑を浮かべて問いかける。

「申し訳ございません、嵐泰殿。韓将軍が皆様を巻き込んでもう一戦、と、望んでいらっしゃったようなので」

「バレたか」

 悪びれもせず聯音が肩をすくめる。

「はい。ですが、ご容赦を。翡翠は連日の執務で疲れておりますゆえ、これ以上はさすがに……私相手では逃げる手を取れないでしょうから、殿下にお出ましいただきました」

 容姿端麗な女将軍の言葉に、男達は深々と溜息を吐く。

「……まったく、女性の結束力には脱帽しますな」

 怒るに怒れない理由を持ち出され、利南黄が苦笑する。

「ご冗談を。殿方の結束力には負けますわ。それに、利将軍や嵐泰殿は殿下に勝ちを譲ろうとなさいますから、それがお嫌で上将はお逃げになられたのですから」

「これは手厳しい。ですが、私は遠慮などいたしませんよ」

 くつくつと笑いながら、蒼瑛が告げる。

「それでも本気でお相手はなさらないでしょう? 私はこれで失礼いたします。逃げた方と追いかけた方の後始末をしないとなりませんので」

 優雅に一礼した青藍は、冷静な表情を崩さずに踵を返す。

 冷静というよりも冷徹な一言に、残された男達は心臓を鷲掴みされたように痛そうな表情を浮かべ、黙って美貌の将軍を見送った。

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