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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
150/201

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 負け戦でありながら、本国の王都へと辿り着いた燕軍だが、待っていたのは熱烈な歓声であった。

「……なんだ、こりゃあ」

 紙吹雪が舞いそうな華やかな雰囲気に、総大将である男は呆れたような声を出す。

「韓将軍と、熾闇王子の一騎打ちが民の噂にのぼっております」

「あぁ、そう……面倒くせぇことになってんな」

 あの嫉妬深く鼻持ちならない王子がこの状況を傍観してくれるはずがないと、聯音はひそかに溜息を吐く。

「やっぱ、鞍替えだなぁ……こりゃ」

「は?」

「なんでもない。それより、解散の命令を出せ。これより招集の命が出るまで自由だ」

 いつも通りの言葉に、副官が眉をひそめる。

「将軍は……」

「負けて帰ったんだ、当然、謹慎、降格だろうな。あの王太子殿下が俺を許すはずねぇわな」

「将軍のおかげで被害は最小限に済んだと言うのに!」

「怒るな、怒るな。俺は俺の仕事をしたまでさ。まぁ、少しばかり悔いは残るがな」

 脳裏に浮かぶのは、突如として気配を変えた敵の王子の姿である。

 あれほどの覇気を放つ者が未だに世継ぎとして認められていないのが不思議であった。

 否、周囲が認めても本人が認めないからこそ、世継ぎにならないのだろう。

「さぁ、解散だ。それと、いいか。俺にどんな沙汰が下っても、皆を抑えこめ。身一つなら、俺自身はどうにでもなるからな」

「承知」

 伝令が走り、隊列を組んでいた兵士達が三々五々と散っていく。

 それに紛れて聯音は己の屋敷へと向かった。


 王都でも郊外に近い閑静な場所に、聯音の住まう屋敷がある。

 屋敷といってもこじんまりした家屋で、使用人も老夫婦が住み込みでいるくらいなのだ。

「今、戻った。留守中、変わりなかったか?」

 迎えに出た老人に、聯音は声をかける。

「何もございません」

「そうか。では、起こるのはこれからということだな」

「またでございますか」

 やんちゃな孫を眺めるように、老人はおっとりと笑う。

「今度は少しというか、かなり厄介でな。もう、ここには戻らぬ」

「では、あちらに?」

「いや。あそこはおまえたちに譲ろう。ここを売り払った金を持ってむこうに移れば、充分に暮らせろう?」

「旦那様は?」

「俺は国を出る。ここにいては、命が危ないからな」

「お供をすることは叶いませぬか……承知いたしました。そのように取り計らいましょう」

「すまん」

 何もかも承知した様子の老人に、聯音は素直に謝る。

「いえいえ。この国は、旦那様には小そうございますからな。この地より、ご武運をお祈り申し上げます」

「息災で暮らせ」

 短い挨拶を交わし、彼らは秘密裏に動き出す。

 土地家屋の売買を家業とする者に家と敷地を売り渡し、その金を老夫婦に渡して彼らを送り出し、そうして聯音自身も王宮へと戻っていった。


 王宮の中に、高級武官達が仮住まいする宿舎がある。

 王からの呼び出しを待つ者たちが寝泊りするために作られたものだ。

 そこに聯音も宿代わりに泊まっていた。

 黒地の武官服を身に纏い、表面上は命令通りに軍師の喪に服しているように見せかけ、恭順な態度を取っている。

 実際はと言うと、屋敷を売り払った事実を隠すためと、暗殺避けのためである。

 王の膝元で血統主義者の王太子が己の手を汚すわけがないと踏んだのだ。

 この狭い王宮内だけが自分の世界のすべてである王太子にとって、自分の神聖な場所を下賎な者の血で汚すことなど耐えられないことだろう。

 そして、王太子にとって都合の良いことに、王の御前で聯音の責任を問い、失墜させる機会が控えているのだ。

 わざわざ手を下すこともないと、王子が思っているのも確かだ。

 己の力で昇り詰めてきた聯音は、他の者に妬まれるという機会に事欠かなかった。

 だからこそ、相手がどういう行動に出るのか、ある程度の予想がつく。

 まったくその通りに行動する王太子に、失笑してしまいたくなるほどだ。

 それゆえに、ささやかな仕返しをしてしまいたくなる。

 とある策を胸に、聯音は王からの呼び出しを待っていた。




「此度はご苦労であった、韓将軍」

 謁見の間に通され、頭上から声をかけられた聯音は、拝跪の姿勢を取り続けた。

「そなたには、色々と聞きたいことがあるゆえ、顔を上げよ」

「……は」

 直接許可を貰い、ゆっくりと顔を上げる。

 だが王を直視することはない。

 玉座に座る愚鈍な王と、その右手に立つ第一王子。

 一段下がったところに第二王子が控えている。

「軍師が滅したというのは、真であるか?」

「は。左様にございます」

「颱の軍師の矢に射抜かれ、灰塵となって消え失せたとあるが?」

「真にございます」

「ふむ」

 疑っているわけではなく、ただ確認しているというような口振りで、王は尋ねてくる。

「では、軍師が魔物であるということか?」

「いえ。私が言えることは、軍師殿は人ではなかったという一点にございます。天仙、魔、人外であるものは、骸を残すことなく消え失せると聞いたことがございます。それゆえ、魔であると判断することはできませぬ」

「なるほど……では、神であったかもしれぬということか」

「御意」

 王の言葉に素直に頷く。

 と、そこへ突然声が割り込んだ。

「神であったなら、尊き貴人を失った罪は重いぞ、韓将軍!」

「神でないかもしれませぬ。人の身には判断できかねます、王太子殿下」

 声高に聯音の罪を論おうとしたが、将軍はそれに左右されることなく冷静に応じる。

「き……」

「ふむ。もっともなことじゃ」

 詭弁だと叫ぼうとした王太子は、父王の同意に言葉を失う。

「颱は神を戴く国じゃ。いかな碧軍師と言えど神殺しを行えようはずもない」

 一般的な考えを元に、王はそう判断する。

「しかし、父上!」

「仙かもしれぬが、魔かもしれぬ。どちらにせよ、燕は選ばれたのであろう。颱を滅するに相応しい国であると」

 生贄に選ばれたのだと思わないのか、のんびりとした口調で悦に入る王に聯音は失笑する。

「そういえば、そなたは先の戦で第三王子に深手を負わせる策を練った英雄でもあったな。それゆえかもしれぬ。此度も聞いておるぞ。第三王子と一騎打ちを果たしたと」

「……は」

「それで、結果はどうであったか」

「引き分けにございます」

 控えめに、控えめに、事実だけを告げる。

「まことか?」

 王は近くにいた文官に声をかけ、仔細を尋ねた。

「御意。ただし、韓将軍は無傷で、颱の第三王子は傷を負っております」

「ほう」

「では、何故、止めを刺さぬ!? 好機を無駄にしておめおめと戻ってきたか!」

「王命にございますれば。王太子殿下」

 ここぞとばかりに責め立てようとした王太子に、聯音は冷静に受け答える。

「王命に従うことこそが、我ら臣の最大の務めにございます。疾く帰還せよとの命を受け、一軍、取って返しました」

「うむ。そなたはまこと、臣下の鑑。余はよい臣を持った」

 聯音の皮肉に気付かずに、王は素直に彼を褒める。

「二度に渡って、あの第三王子に報いたのは他国においてもそなたひとりじゃ。そなたは稀代の英雄かもしれぬな」

 その英雄が仕える自分は王としての器が大きいのだと、燕王は自画自賛をする。

 先程から聯音を失墜させようとしては空回りをしている第一王子は、何とか粗を見つけようと必死である。

「では、英雄殿に伺おうか。この先、颱をどう攻めればよい?」

「取り急ぎ戻ってまいりましたので、現在の颱の動向を掴んではおりませぬ。どなたか説明いただけますかな」

 はぐらかすように問いかけると、文官の一人が王太子府軍の動きを告げる。

 数日の間、戦場近くに構えていた王太子府軍が王都に向かって引き上げを始めたと。

「あの傷ではすぐには動けまい。今、進軍しても王太子府軍は身動きができず、こちらに向かって来るのは緑波軍では?」

 他国の中では、颱軍で怖ろしいのは黒獅子軍、厄介なのは王太子府軍と思われている。

 それ以外の軍は、やや軽視されがちである。

 質も実力も伯仲している事を頭から外してしまうのだ。

 それゆえ、誰もがこれを好機と捉えた。

「では、颱に攻め入るにはこれほどの好機はないと!?」

 第二王子が問いかけてくる。

「好機と言えるかどうかは……」

 言葉を濁し、曖昧な態度を見せる聯音に、王太子が痺れを切らす。

「これほどの好機を逃すと言うのか!」

「颱の第三王子と一騎打ちをし、引き分けたと言えども私は敗軍の将にございます。この責任を負い、将軍職を辞し、退役するつもりにございました」

「臆病風に吹かれたか! いや、確かにこの大役、敗軍の将には荷が勝ちすぎる。ここは私が兵を率い、見事、颱の領土を父上に献上いたしましょう」

 戦場を知らぬ温室育ちの王子が、声高に宣言する。

 顔を伏せ加減にしていた聯音がしてやったりと笑ったのを誰も気付きはしなかった。

「今、この時を以って、そなたを解任する。好きなところに行くがよいぞ、韓聯音」

 王が任じた将軍を、許しも得ずに王太子が解任を命ずる。

 このことに気付いたのは、ごく僅かな者たちだけであった。

「は。御前、失礼いたします」

 王であろうが、王太子であろうが、上位の者に命じられれば従うほかない元将軍は、静かに謁見の間を去っていく。

 奇妙な熱気に囚われた王太子が、自ら将軍を名乗り、軍への招集をかける。

 これが破局へ繋がる道標だとは、誰も想像しなかった。

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