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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 翌早朝、颱の本陣では、すでに燕の動きを察知していた。

「昨日、燕王より帰還命令が出されたようです」

 実に冷静な表情で、翡翠がそう報告する。

 その情報を一体どこから手に入れたのかなど、今更聞く人間はいない。

 確実な内容だからこそ、この場で報告しているのであって、入手経路より信憑性を重んじるべきだと誰もが次の言葉を待つ。

「帰還? いつだ?」

 展開した軍をまとめて引き上げるには時間がかかる。

 いつ帰還するのかと熾闇が問いかける。

「一両日中にも。軍師の喪に服すようにとの王命だとか」

「……はぁ!? 馬鹿か、燕王は?」

 生真面目さを装った翡翠の言葉に、眉をひそめた熾闇は盛大に首を捻る。

 大将軍を失ったならまだしも、異国の軍師を失って一軍挙げて喪に服すような軍は存在しない。

 しかも、それが王命であるというのだから馬鹿げていると、呆れたような表情であらぬ方を見る。

 同じ軍師でも、自国の、しかも右大臣家の娘であり王族の血を引く翡翠なら、一軍挙げて喪に服すことは考えられる。

 いささか嫌な想像であるが。

 そこまで考えた第三王子は、不機嫌そうな表情になる。

「それで? 韓将軍ならどう動く?」

 嫌な想像を消し去ろうと、不機嫌そのものの表情のまま、総大将は副官であり軍師である娘に問いかける。

「間違いなく、仕掛けてくるでしょう。安全な退路を確保したいでしょうし、何よりも王に対しての面目が立ちましょう」

 にっこりと極上の笑みを浮かべて答える翡翠の言葉は、あまりにも不穏だ。

「燕の王太子は、血統主義だとか。間違いなく、今回の責を韓将軍に押し付けて降格させるおつもりでしょう」

「は? どういう意味だ?」

「実力で上り詰めた韓将軍が気に入らないのでしょう、燕の王太子殿下は。王命で引き上げたとしても、負けは負け。誰かが責任を負わねばなりません。その責を韓将軍に押し付けるおつもりなのですよ。気持ち良く厄介払いができます」

「つまり、韓将軍は、今日の戦で何かしらの手柄を立て、王太子の思惑に後砂を掛けてやろうとしているわけですな」

 怪訝そうに問いかける王子に対し、濃やかに説明した軍師の言葉を犀蒼瑛が合点が入ったとばかりに頷く。

「それで、具体的に言うと……まさかと思いますが」

 半ば予想はついているだろうに、はっきりとした回答を口にしたくはないらしい嵐泰が言葉を濁しながら問いかけてくる。

「狙いは、俺、だろうな」

 大将同士の一騎打ちともなれば、勝ち負けにかかわらず名は上がる。

 おそらく、勝負をつけるのではなく、相打ちに留め、勝負がつかずに呼び戻されたという形式を整えるつもりなのだろう。

「ならば、受けて起たねばならぬだろうな、翡翠。今日は出るぞ」

 きっぱりとした口調で宣言した総大将に、副官は苦笑を浮かべる。

「御意。ですが、私もお傍に控えさせていただきます」

「よい、許す。笙成明将軍と嵐泰将軍もついてくれ。犀蒼瑛将軍、利南黄将軍に本隊の指揮を委ねる。頼めるか?」

「承知」

「青牙は遊撃軍を率いよ。狙うのは腹だ。決して背後を突くな」

「はい、兄上」

「莱公丙将軍に後衛を任す。本隊に合流するも、左右翼に移動するも、遊撃軍として動くも、莱将軍の考え次第だ」

「承知」

 てきぱきと指示を出す熾闇に、将軍達は恭順の意を表し、静かに頷く。

「出るぞ!」

 愛用の剣を手にした若者は、昂然と顔を上げ、颯爽と歩き出した。




 その日、草原には奇妙な緊張感と熱気が渦を巻いていた。

 押し寄せる波の如くに攻め込む燕と、それを正面から泰然と受け止める颱。

 両者の動きは対照的だが、それは指揮官の様子からも伺える。

 戦場が一望できる丘の上に馬を立て、戦況を見つめる熾闇の表情には静かな気迫が漲っている。

 ようやく成人の儀を迎えたばかりの若輩者と謗られそうな若者でありながら、その落ち着いた態度には歴戦の戦士の風格がある。

 そうして、そうとわからないほど自然体でありながら、満ち満ちた気迫は彼を若輩者だと侮れさせない王者の威厳すら漂っている。

 静かに戦況を見つめながらも、その口許には笑みが刻まれていた。

 闇色の強い光を宿した眼差しが、一点に据えられる。

「来い、翡翠」

 ちらりと隣に轡を並べた翡翠に視線を投げかけ、声をかけると、総大将である若者は丘を一気に駆け下りる。

 苦笑を浮かべた翡翠は、同じく傍に控えていた嵐泰に頷きかけ、手綱を操る。

 笙成明に先鋒前衛の指揮を委ね、三騎は前線へと身を投じた。


 白と黒、そして翠。

 ひと際鮮やかな色彩を余韻のように残し、疾走する三騎は、颱王家の中でも特に濃い血を持つ者たちだ。

 勇猛果敢な黒衣の戦士が先陣を切り、続いて疾風のごとき速さで白衣の王子が通り過ぎる。

 そうして翠豊かな草原を渡る爽やかな風のように緑衣の戦士が駆け抜けると、その場に血の雨が降り注ぐ。

 目指す場所へと到着した白衣の王子が馬を止め、鞘から剣を抜き放つ。

「我が名は、韓聯音! 燕国将軍である。颱国王子、熾闇殿とお見受けする。一手、手合わせ願おうか」

 華やかな鎧兜の武将が、熾闇に向けて奏上する。

「……面白い。翡翠、手出しするなよ」

 にたりと笑った熾闇は、抜き放った剣を片手に聯音をまっすぐに見つめる。

「ご安心を、三の君様。何人たりともお邪魔をさせませぬ」

 きっぱりと言い切った娘が刀印を切り、燕国兵を足止めする。

「ご存分に」

「おう。では、行かせて貰おうか」

 邪魔が入らないことを確かめた第三王子は、ゆったりと剣を構え、そうして気を高め始めた。

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